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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
17 *流星群/StarRain*1
 絹夜と乙姫が字利家と遭遇していたと同時刻、風呂上りのチロルは百円玉片手に地下遊戯室に向かっていた。
 時間一杯、露天風呂で水球なんかやっていたため、全身の水分が逃げてしまったようだ。
 とにかく、良い子は真似しないように。

「やっぱり風呂上りはコーヒー牛乳だな」

 遊戯室の出入り口にあるビンの自動販売機のボタンを押す。
 国家の勝手な意向によって120円に値上がりした全国自動時販売機だが、風呂上りの牛乳は値段は100円と昔ながらの値段でリーズナブル。
 百円硬貨の代わりに落ちてきたビンのコーヒー牛乳を取り上げて紙の蓋をつまみ上げる。
 ぽこん、と可愛らしい音を上げて缶が口を開いた。

「待ちなさい!」

「?」

 何のことだろうと振り返ったチロル。その眼前には、場違いな白いコートの牧原裂が人差し指を突きつけて参上していた。
 相変わらず、親の形見のようにソウルイーターも一緒だ。

「来てたのか」

 チロルはコーヒー牛乳を口に運ぼうとする。
 だが、牧原は大声を上げた。

「待て、と言ったのです!」

「ああ?」

 目をパチクリさせて素直に待つチロルだが、一体何のことやら理解が出来ない。
 突然の怒涛に卓球台を広げていたグループも、風呂上りのアイスを楽しんでいた女の子グループも二人の方向に目を向けた。

「風見チロル! 振り返ってよく見なさい!」

「?」

 言われるがまま振り返る。
 よく見ろと言われても先ほど自分がコーヒー牛乳を買った何の変哲もないビンの自動販売機があるだけだ。
 缶の自動販売機よりも小柄で、白くまるっこい。コインを入れてボタンを押せばビンが降りてくるという仕組みだ。
 都会ではなかなかお目にかかれないが、田舎の銭湯なんかでは最近導入されて人気を呼んでいる。
 その後ろには白濁色の壁があるだけで特に大したものは目に入らない。

「これが何か……?」

「あなたが買ったコーヒー牛乳のボタンです!」

「…………」

 ”売切”の文字が赤く光っていた。チロルが手にしたコーヒー牛乳が最後だったのだろう。

「それが?」

「最後のコーヒー牛乳は僕のものだぁぁぁぁぁッ!!」

「…………は?」

 裂のメガネが湯気で曇った。恐らくコイツも風呂上りコーヒー牛乳派なのだろう。
 事情を悟ったチロルだが、コーヒー牛乳をかばうようにして裂を睨んだ。

「私が先に買ったのだ。文句を言われる筋合いはない! 社会はこういう小さなところで残酷さを見せるのだ。
 コーヒー牛乳の一つや二つ気にせずにもうちょっとワイルドに生きろ!」

「ワイルドとアバウトの境は紙一重、細かいことに気を使えないの転落への第一歩です。
 そんな大人にはなりたくないのです」

 堅実なのか、ただごねているだけなのかもはっきりしない。

「ネバーランド症候群か?」

「将来有望な僕への嫉妬にしか聞こえませんね、って! あーッ!!」

 腰に手をあてて見事に一気飲み、ぷはーっと口の上に髭を作るチロル。
 完全に裂を無視。

「ぐぬぬぬぬ……! なんという屈辱!」

「別にフルーツ牛乳でもいいじゃないか……」

 迷惑そうな表情だが、口の回りのコーヒー牛乳ヒゲが笑いを誘う。
 本人は気がついていないようで、笑われているのは裂の奇行のせいだと思っているのだろう。

「それはこっちの台詞だぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 正論というか、お互い様というか、裂の心からの叫びに何故か疎らに起こる拍手。
 だが、その後は静寂だった。

「…………」

「…………」

「…………で、終わりか?」

 切り出したチロル。だが、裂はメガネのブリッジを持ち上げてさも意味ありげに呟いた。

「終わりの始まりなのです」

「…………」

 チロルは何事もなかったように殻のビンをビン用ゴミ箱に放り込んだ。

「シカトぶっこくとはさすがです、いい読経です、お坊さんもびっくりです!!
 僕の風呂上りの一杯を横から奪い取っておいてさも”自分は関係ないですよ、試食品だからいっぱいもらってもいいんです”なんて顔はさせませんよ!」

「のぼせたのか?」

「お黙んなさい! 風呂上りの一杯という儀式を邪魔されたことは事実です!
 そう、それは男のロマン!!」

「…………」

「うるさい! ピーチクパーチク言うんじゃありまッせん!」

「あ……ぅ」

 ある意味押されてチロルは言葉を失ってしまった。
 もっと早く退散するべきだったか。
 後悔したチロルは室内を見回して味方を探した。
 クラスメイトもそこそこいたが、魔女部の暴走メガネ牧原裂には対抗できないだろう。
 奥手のテーブルには銀髪をくくった仮谷衣鶴がチョコレートアイスを食いながら教育テレビのクレイアニメを見ている。
 いや、やつは人のために、しかもこんなくだらないことのためには動かないだろう。
 背中から出るオーラはすでに現世との関わりを断ち切っているリラックスっぷりだ。無になる、とはああいうことだろう。

「何とか言ったらどうなんですか、風見チロル!」

 黙れと言い切っていた先とはまた別のことを浴びせかけ裂が怒涛と燃えていた。
 ほとんど聞いてはいなかったがどうせ責任転嫁していただけなのだろう。
 チロルが裂の言う”何とか”の部分を考えていると、甘ったるい声が勢いよく飛び込んできた。

「ハァイ! みんな、夕食は6時からだから、遅れないようにね〜!」

 伝達で回ってきた庵慈だ。
 しめた、と思ってチロルは庵慈に視線を送る。
 視線に気がついた庵慈はパチンとウインクを決めた。
 ちがうって。
 顔の前で手を振ったチロルに庵慈は笑顔のまま首を傾ける。
 込み入っているチロルの隣が裂だと気がついてヒョイヒョイと首を突っ込んできた。

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