NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
16 *煉獄/Purgatorio*3
浅瀬で遊んで、食事をとった後、もう一度浅瀬に繰り出そうというチロルと乙姫。
東海林はというと、アバンチュールな出会いを求めるべく、クラスメイトとその辺をほっつき歩いている。
東海林から奪ったバルーンを抱えたチロルはまだ字利家が気になるのか時折きょろきょろと周りを見回すがその他はいつもと変わりない。
随分調子も取り戻しているようだ。
今日一日は一件落着、といったところだろうか。
そんなことを乙姫が考えた矢先に、浜辺近くの監視所から放送が流れる。
『迷子のお知らせをいたします。十歳前後、ピンク色の水着を着た、お団子頭の女の子にお心当たりのある方は――』
『だから十歳前後でなければ、迷子じゃねぇっつってんだろうがーッ!』
ドンガラガッシャーン。
「…………」
聴き慣れた先輩の声だ。
そうして途絶える迷子の案内。
乙姫は太陽に向かって乾いた笑い声を上げた。
「回収をしに行くか……」
チロルも同じ心境らしく、二人そろって監視所に向かう。
当然というか、あまり予想したくなかった光景というか、ライフセイバーを軒並み引っかき倒し、ユマがボスザルの如く机の上に君臨している。
まだ少々心の覚悟があったためか、チロルも乙姫もひっくり返るということはなかったが、何を言っていいのか散々考えて沈黙した。
「なんだよ、見せもんじゃないんだよ。それでも見物したいなら……」
「毬栗先輩、ちょっと、やりすぎかも……」
ユマの目つきが一変する。
一突きで獲物を仕留める仕事人のように、はたまた、神業の一発で暗殺をする眉毛の太い13のように、劇画くさいオーラを放つ。
「何度言えば分かるんだぁ?」
「はい?」
「”イガグリ”はやめろっつってんだろ!! 今度言ったら一回に付き千円だからな!」
「でも……」
乙姫の肩に納得させるようにチロルが手を置いた。
首を振って諦めろ、と合図したチロル。
そうして乙姫の変わりにユマに呼びかけた。
「カプチーノ先輩」
「それもちげぇだろ」
「カプチー先輩」
「そういう問題じゃない」
「カプ」
「そんなに親しげに呼ばなくてもいい」
「残りは……いつの時代のネタか忘れたが、”ミニマム子”しか残っていないようだ」
字利家の電波に中てられたのか妙なことを言い出すチロル。
断定しきったチロルにユマは頭をかきむしった。
「あー、バカがうつる! バカがうつる!」
「二回も言った……」
「何回でも言ってやるわよ!」
「う、まぁまぁ……!」
間に入った乙姫はまたも毬栗先輩、と呼びかけて口に手をあてた。
「ぬむぅぅぅぅ……! そろいもそろってバカにして!!」
「否定はしない」
「チロちゃん!」
未だに犬猿な仲である。
傍目から言い争っているのを見れば可愛いが、一方は盗賊、一方は魔女だ。
本気になれば可愛い規模で納まらない。
「ここに長居するの、気まずくない……?」
「…………」
乙姫の提案にお互いを見るチロルとユマ。
そこは意見があったのか、同時に乙姫に同意の視線を投げかけた。
「…………。逃げるわよ」
「な、自分でやっておいて!」
いけしゃあしゃあと監視所の戸を駆け抜けていくユマにチロルも同じようについてゆく。
やらかしてくれる先輩と同級生の背中を追いつつ、乙姫は引率の気分になった。
自分が付いていなければ危ない人種がわんさかのこの状況で、どう絹夜と話す機会があるだろう。
それどころか、絹夜の言うとおり、あまり熱心にならないほうが身のためなのだろうか。
三泊四日の一日目にして大打撃だ。
* * *
夕刻になって生徒が皆、宿に戻ると貸切の風呂に移動、押し込められる生活パターンだが、致し方なくチロルたちは動いた。
二人部屋で、チロルがアヒルのおもちゃを片手に問う。
「乙姫は行かないのか?」
「え? うん。なんか、皆でお風呂って苦手だから……」
当然、男女別だが、それでも気が落ち着かない乙姫は最初からそのつもりだった。
それに、部屋についているシャワールームを使えば時間が出来る。
絹夜が団体行動をしているとは思えない。
時間を作るなら今しかない。
「ふーん」
玩具とタオルと石鹸をプラスチックの桶に詰めてチロルは立ち上がってしげしげと乙姫を見つめる。
「な、何?」
「乙姫が郡を外れるのが珍しいと思って」
「あ……」
見事な分析っぷりだ。
「そ、そんなことないよ! ただ、あのね……! ご飯前にお風呂に行くのが習慣付いてないっていうか!」
「そうか。ゆっくりしていてくれ」
弁解する乙姫の様子で結論に至ったのか、チロルはあっさりと追求をやめた。
内心、謝りながらチロルを送り出すと、乙姫は普段の穏やかな動きからは想像も出来ない素早さで行動をする。
鴉の行水も驚きの速さで長い髪を洗い、半渇きのまま持ってきた中で一番のお気に入りの服を着る。
まだ絹夜見つかるとも限らないのは分かっているが、それでも全力でなければ後悔しそうだ。
手鏡に向かって自分にOKサインを出すと乙姫はもう一度心の中でチロルに謝った。
厄介払いをするようなタイミングで申し訳ない。
どうせ絹夜は見つからず、一人相撲に終わるだろうから、気の済むままにやらせてほしい。
それを分かっていてチロルもあんな態度をとったのだろう。
気合を入れて乙姫はドアノブを握った。
捻って廊下に出れば左右確認。人気はない。
まず、自分が行ける所は女子部屋に割り振られている三階と、教師部屋になっている二階。それから一階ロビーと地下遊戯室だ。
そして、その中から絹夜の行動範囲を考えると、ロビーか地下になる。
一階に降りて、乙姫はロビーを見回した。出入り口からすぐのソファーに向かい合って先生を交えて談笑しているグループがいる。
それももうすぐ風呂の時間だからと解散するところだった。
たむろしていると、教師に呼び止められそうなのでそのまま地下に降りる。
生徒全員を飲み込みそうな広い空間は、天井が低く、圧迫感があった。
部屋の端に折りたたみ式の卓球台が三台ほど片されており、風呂上りには盛り上がりそうだ。
だが、ここにも絹夜はいない。
「…………」
探すところは他にもあっただろうか。
思い当たるところがなく、乙姫はやはり無駄だったと引き返す。
先ほど話していた生徒達と教師の姿は見えない。
「…………」
だが、その後ろ姿はあった。
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