NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
15 *御神/tirol*4
神に傅いてはならない。自らの力と努力そのものが奇跡だ。
そう表してきた友人チロルの変貌は乙姫にとっても痛ましい。
だからこそ、彼女の言うとおり、動かなければ。
警備室にチロルを引きずって入った乙姫だが、そこに卓郎の姿は無く、祝詞が部屋の隅でちょこんと座っている。
普段は逆のことが多かったのに、今日に限って祝詞が待ち構えていたようだ。
「入っておいで」
まるで分かりきっていっている祝詞。
乙姫は気まずいながらありったけの勇気を振り絞った。
「あの、夏休みはNGの皆さん、どうするんですか?」
思った以上にペンギンの目は鋭いもので、乙姫は引け腰になる。
「そうだね、魔女部の勢力を拡大させないためにも遊んではいられないね」
やはり、活動は休みなし、か。
乙姫が肩を落とそうとした時、祝詞が声を低くする。
「でも、チロルはいい」
「え?」
それは、遊んできてもいい、そんな優しい響きではなかった。
「使えない」
祝詞のその言葉に乙姫は驚愕した。
本当に祝詞なのだろうか、別人が操っているのではないか、そう思えたほどだ。
「使えないって……そんな言い方……!」
「じゃあ、そんな状態のチロルを戦闘に出して危険だとは思わないのかい?」
「…………」
そうか、と思えた。
使えない、というのはチロルへのあてつけである。
乙姫に向かってはやんわりと優しく祝詞は話す。
「実際、俺たちはチロルのことをよく知らない。俺は信じたい。でも、ここで妥協しては目的が見えなくなる。
チロルの考えは大体わかるさ。付き合いは長い。でも、チロルは戦う以上、勇気を持ってもらわなければならない。
いざとなったら、俺たちを切り落とす勇気を」
「!?」
チロルの体がびくんと大きく痙攣をした。
まるで見透かされていたのだろう、チロルが呻くように彼を呼ぶ。
「祝詞……」
「お前はいいよ、いらないよ。俺たちがどうにかする。どうにかなるかは分からないけど、字利家を調べる。
お前が字利家と戦えないなら、俺たちがやるしかないからな」
「…………」
厳しい祝詞の言葉だが、チロルも乙姫も否定する術がない。
「祝詞……」
同じように呼びかけたチロルの言葉は衝撃的だった。
「死ぬぞ。字利家が本気になったら、死ぬぞ。お前の世界が、丸ごと」
だが、その脅迫めいた言葉に祝詞は目を細めた。
「ほう。ならば交渉の余地があるということか」
「何を言っている、祝詞! アレは、私以上だ! 何重にも次元を武装した化け物だ! ヘタに刺激しないで欲しい!
これは私の問題だ! 私がヤツと話をつけるといったはず!」
「お前を危険な目に合わせるのが俺の役目じゃない! チロル、俺たちまでかばわなくていい!」
「…………ッ」
「……頭を冷やして来い」
「祝詞…………」
「チロル、お前が信用できないほど、俺たちは無力なのか?」
「…………」
追い詰められたチロル。
どこかいらだった様な彼女は、視線を左右させ、しかし自分の迷いを振り払うように首をふって叫んだ。
「信じて救われないから、私達は戦っているのだろう!! それがリアルだろう!?」
「……ッチロちゃん」
チロルらしくない言い分だ。そして、それは祝詞を黙らせる威力を持っていた。
思いがけない逆転をしてしまったチロルもどこかいづらそうになり、乙姫の影に隠れるように後退りする。
「ごめん、祝詞。私は……少し、前線から引く。こんな私じゃ、お前の指示に従えそうもない……」
そうして、また出て行ってしまう。
さすがに今度は乙姫も祝詞には追いかけろとは言わなかった。
覚悟を決めたチロルの目は青く澄んでいた。
そして、どこか苦しそうだった。
「チロちゃんは、私達に任せてください。NGの皆さんに比べたら無力かもしれないけれど」
「いいや。俺は、信じているさ。俺のきれるカードは、それだけだからな」
NG――ネガティヴ・グロリアス。
神を否定し、世界から弾かれた仲間達。
否定の道をどうして彼らは選んだのだろう。
「期待に答えて見せます」
「…………乙姫ちゃん」
意外な決意を見せた乙姫。
その双眸はしっかりと見開かれていた。
以前は右往左往するばかりだった少女。
少女が大人になるときの、特別な気高さが宿っていた。
黒髪が水平に弧を描いて翻る。
「頼んだぜ」
祝詞は小さく、信じてもいない神に祈るように呟いた。
しばしの別れ、夏の午後。
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