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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
14 *天使/Raphael*4
「恐らく、以前から魔女部とは接触のあった人物なのだろう。
 だが、問題なのは、奴が魔女部であることじゃない。奴が現れる前に何人かが”字利家蚕”を認識していたことだ。
 魔女のユマはともかく、いない人間をどうして一般の生徒が把握している?」

 自問自答をしているようで、それでも答えの出ているような表情の卓郎。
 彼にはすでに答えは見えていた。

「”字利家”……大した名を名乗るな」

「おや、さすが神父。ご名答」

 おどけた言葉のわりには、卓郎は鋭い視線でチロルを見つめていた。
 
「字利家くんって……?」

 意外にもそれに答えたのは絹夜だった。
 自分の得意分野で、NGよりも正確な情報を引き出せる自信があったからである。
 知識として頭に入れたというより、牢獄の中で覚えた単語の配列、短い物語だ。

「その名は旧約聖書の外伝、トビト書に登場する。トビアと共に旅をし、それを助けたのがアザリアだ」

「アザリア……」

「そして、アザリアの正体は、大天使ラファエル。四大天使といわれ、その能力は最高権力を持つセラフィムにも勝る一団の一人だ。
 神を否定するNGのいるこの学園で神の使いである大天使を名乗るとは、挑発的だな」

「大天使……」

 言葉を反芻する乙姫に祝詞が陽気に囁いた。

「ダイジョーブ、俺たちの敵は神だぜ? 大天使ごとき、蹴散らすさ」

「で、絹夜君の嫌いなSFの話になるけれど」

 卓郎が絹夜を見上げた。その目には怒気とも懇願とも取れない重たい感情が込められていた。

「字利家は俺たちと同じく、”外側”の人間だろう。こういうことは考えたくなかったが、現状が言っている。
 字利家は俺たちと同じように、この世界に介入している恐れがある。外側のことは祝詞に任せるが、ここでは字利家の力は不確定だ。
 少なくとも、字利家を認識出来た出来ないの相違は奴の能力だろう。字利家は”認識”を操る」

「あの、認識を操るって……私達が信じているものが例えばまったく別のものに変えられてしまうってことなんでしょうか……?」

「まさしく。まあ、俺たちNGの仲間になると、もれなくウィルスバスターがついてきます。
 君達の認識はガードしてあるよ。でも、字利家の力が見えない以上、安心、とは言えないけれどね」

「どいつもこいつも……」

 毒を吐きながら絹夜はまたも鼻で笑う。
 そして、チロルに目を向けた。

「では、風見が何故、字利家に遭遇してからあの調子なのか教えてもらおう」

 字利家がNGと同じように別の場所からやってきたのだとすれば、接点があってもおかしくない。
 チロルには心当たりがあるのではないか。絹夜が言いたいのはその点だった。

「…………」

 卓郎は祝詞に目配せをする。
 卓郎とて、チロルのことを詳しく聞いたことは無い。
 だが、それは祝詞も同じだった。
 当然、チロルが聞かないのでチロルは祝詞のことも知らない。
 なので祝詞も余計な詮索はしなかったのだ。

「なあ、チー」

 かといって回りくどく聞けば口ごもってしまう。
 途端に切り出すペンギンを頼もしく思いながら卓郎は後ろから見守る。

「おい、チロル」

 二回目にしてやっとハッとなったチロル。
 いつもの調子を取り繕うとしているのか思い切り眉間に皺を寄せている。

「字利家蚕、いや、大天使ラファエルを名乗るこいつを知っているのか?」

「…………」

「聞いてんのか!? チロル!!」

「聞いている!!」

 ものすごい剣幕だった。
 その小さな拳を叩きつけられ、卓袱台が軋むような音を立てていた。
 一枚、皮をかぶったような冷静なチロルではない。
 焦っている。動揺している。混乱している。
 いつも彼女が見てきたものが見えなくなってしまったようだった。
 感情的なチロルに乙姫は動けなくなり、からかいそうな卓郎も口を閉ざしたままだった。

「大事なことなんだよ、お前が黙ってたら始まらないだろ」

「これは私の問題だ! 私が片付ける!」

「はぁ?」

 間抜けな声を上げた祝詞。その隙をついたかのようにチロルは立ち上がった。

「お、おい、ちょっと! どこいくんだよ!」

 無言で出て行ってしまうチロル。
 彼女がここまで自分勝手に行動をするとは思えなかった。
 確かに感情的だが、それでも理にかなった行動をしてきた。
 しかし、今の彼女はどういうことか、理不尽だ。

「何だよ、あいつ……」

「祝詞さん、追いかけないの……?」

「俺、こんな足だけど?」

 そういってペンギンが短い足を振り上げる。走ったところで赤ん坊並だ。

「追いかけないの……?」

 同じような言葉のはずなのに乙姫はトーンを落としていた。
 その迫力に絹夜も下まぶたを持ち上げていた。
 言われた当の祝詞はブルリと身体を震わせておとなしく返事をする。

「あ……はい」

 もちろん、ぺたぺたと超低速で動くのだが、それが祝詞の精一杯だ。やっと警備室を出た祝詞。
 姿が見えなくなって卓郎が無理矢理な咳払いをする。

「人生ゲームやろっか」

「やらねぇよ」

 卓郎なりに空気を変えようとしていった冗談も絹夜に両断される。

「しかし、そいつがあの風見のびびる相手だとして、そういうときは誰がどうするんだ?」

「え〜? やだなあ、そういう時の協定って奴ぢゃない〜?」

 おどける卓郎に狙ってるのか悪意は無いのかわからない乙姫の雷が落ちる。

「しり上がりな言葉も似合ってませんよ、卓郎さん」

「…………」

              *                     *                   *

 重いワインレッドのカーテンを開く。
 黒い窓にはよくその姿が映っていた。

「よくぞ戻られた、字利家」

「いえ、少々遅れまして、ご迷惑をかけたようです」

 窓の外を見る字利家。
 だがそこに広がるのは闇ばかりで、とても人間の目にはものが捉えられる明るさではなかった。

 魔女部部室、織姫はいつものソファーに腰をかけ、その眼前の窓で字利家は窓に手をあてた。

「<天使の顎>の守護、ご苦労様です。あなた方には苦労をかけますが、あれをどうあっても開放させてはなりません」

「承知しておる」

「…………。ここは空気が悪い」

 字利家は窓を開く。
 熱風が押し迫った。

「…………」

 目を閉じて、その風を感じる字利家。
 両手を広げ、そのまま翼でも広げてしまいそうな光景。

「そして、私はイヴを捕らえなくてはならない……」





















  <続く>





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あきゅろす。
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