NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
14 *天使/Raphael*3
警備室、たどり着いてみれば意外な人物が待ち受けていた。
PCを前にキーをやたらめったら打ちまくっている卓郎、その後ろの壁に背を預けている絹夜の姿に乙姫は声を上げそうになった。
午後になると当然のように帰ってしまう絹夜だが、今日はあの後、ここに来ていたのだろう。
卓袱台に乗った祝詞が例の如く喚きたてながら突進してくる。
「寂しかったかい、マイハニー!」
だが、チロルは避けずに突進を喰らって祝詞を抱きとめる。
その視線は床下に向いて、見るからにブルーだった。
「うん……」
返事だったのか、溜め息だったのかチロルは息を漏らして祝詞を居間の床上に置く。
自分も上履きを脱いで上がりこむと、溜め息をついてキッチンに向かった。
ぎょっとした一同だが、棚から茶葉を取り出し、カップを並べたところを見るとお茶でも煎れるらしい。
彼女の料理は上手い下手以前の珍妙且つ殺戮的な腕前だが、お茶は人並みに煎れられる。
「さっきからあの調子なの……」
乙姫が祝詞に耳打ちするように囁く。
チロルが滅多に人目にわかるほど落ち込むような性格ではないことは分かっている。
むしろ、沈んだ時のほうが強情だ。
「おい、チロル」
いきなり呼びかけた祝詞に乙姫はびくっとした。
我関せずの態度であった絹夜もキッチンのチロルに目を向ける。
全く返事が無い。気がついていないのか、酷く疲れたサラリーマンのような生気の無い顔でチロルがカップの載った盆を運んできた。
紅茶を湛えたカップを人数分卓袱台において溜め息。
「…………」
「コラ」
絹夜が足を振り上げてチロルの後頭部を蹴り飛ばすが、全く反応がなかった。
「…………」
「恋煩い?」
思いがけない単語を口にした卓郎。
「卓郎さん、その単語似合わない…………」
控えめに突っ込んだ乙姫の言葉が痛い。
キーを叩く手が止まって卓郎はそばに散らかっていた飴玉をつまみ上げるとチロルに向かって弾き飛ばす。
いつもなら素早く受け取って投げ返すくらいはするだろう。
だが、飴玉はコツン、とチロルの頭にぶつかって床に落ちた。
チロルはそれから気がついたのか、落ちた飴玉を拾い上げ、卓袱台に乗せる。
それから姿勢正しく正座したままで、全く動かない。
「…………」
チロルの後ろにいた絹夜も気味が悪くなったのか、離れて三人のいる方向に立った。
「今日ね、字利家って男の子が来たの。私は知らなかったけれど皆は知ってるみたいで……。
たぶん、魔女部なんだけど、ちょっと変わってるって言うか……。
卓郎さんに近いっていうか……宇宙人っぽいの」
「乙姫ちゃん、俺のこと嫌いなんだろ」
「そんなこと無いですよ」
「字利家……」
話を割って絹夜が呟いた。
「実は俺も、その字利家蚕の情報だったら、ユマちゃんから聞いていたんだ」
卓郎が祝詞と視線を合わせる。何かの許可でも求めていたかのように祝詞が頷くと、卓郎は続きを口にした。
「彼の一年生のころの記録を調べると、いない……んだよね。字利家蚕」
「いない……?」
「在籍していない。ただ、字利家自身、この近くに住んでいた痕跡がある。ほとんどが曖昧にされているが、こいつはここにいたんだろう」
絹夜が卓郎のPCを後ろから覗き込みながら問う。
「在籍していないのに魔女部には入っていたのか……?」
「在籍していないのは”字利家蚕”であって、彼が本当に”字利家蚕”であるとは決定しがたい」
「……何だと?」
「結果からいう。”字利家蚕”はハッカーだ。それもスペシャルな」
鼻で笑った絹夜に対し、乙姫がぽかんとした。
祝詞がそこ横について説明をする。
「ハッカーってのは、プログラムを掻き分けて情報を手に入れる人のことだ。
コンピューターの中の華麗なる怪盗、ってな感じに覚えといてくれよ」
「情報を……ドロボウするの……?」
「そう、できるだけ周りのプログラムを傷つけないように、ばれないように、必要なものだけ見たらあとはしまっておく。
プログラムに穴があったこと、自分がそこに到達したことを示すためにちょっとした印を残してね。
俺たちの情報は基本的にそうやって盗んでくるのさ。情報盗賊、だからね」
まだちんぷんかんぷんなところはあるのだろうが、乙姫はそれ以上は問わなかった。
卓郎が話を続ける。
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