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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
14 *天使/Raphael*2
 放課後、乙姫とチロルが向かったのは美術部、こと陣屋本部だった。
 本当は三年のユマに聞いてもよかったのだが、そのたびに金を要求されていてはたまらない。
 断れば断るで劇画タッチな表情をしてすごむのである。迂回は見えていた。
 そして、一度向かったのは保健室だが、足を向けてから庵慈が特に放課後、保健室から出たがらないのを思い出し、
 一度下りた階段をまた上って美術室にたどり着いたのである。
 一歩足を踏み入れるとスラムの溜まり場のようで、誰もキャンパスを前にしていない。
 優雅さのかけらも無い美術部もここまでくると逞しく見える。
 テクノミュージックが垂れ流しになる中、女子三人は談笑をして、奥に男子が一人眠っている。
 その男子生徒の前に乙姫とチロルの二人は立った。

「仮谷衣鶴だな……?」

「んぅ……? あ?」

 机に伏せていた上体を起こして、それでも尚寝たり無い半目で目の前の客人を見る衣鶴。
 女の子とは珍しく、軽く首を捻った。

「なぁに? 妬み嫉み系は受け付けないよ?」

「陣を頼みに来たのではない。見て欲しい陣がある」

「あ〜……?」

 欠伸とも返事ともとれる声を上げて衣鶴は目を閉じた。
 そのまま眠ってしまうのかとも思われたが、数秒後に衣鶴は腰を上げた。

「最近、ちょっと不穏だよね」

 意味ありげな言葉を漏らして衣鶴が背にバッグを負う。
 帰るついでにちょっと寄るだけ、ということなのだろう。

「で、どこに出たの?」

「教室だ」

「人目につかないところなら面倒くさくなくっていいのに……」

 美術部の扉に手をかける衣鶴。

「衣鶴、帰るの?」

 残った女子達の呼びかけに気だるく返事をする。

「あー、鍵、お願いねー」

「はーい」

 女子達も聞いているのか聞いていないのか分からない適当な声を上げた。
 まさにいまどきの、ちゃんと返事の出来ない子たちなのだ。
 廊下に出てから衣鶴は頭をぼりぼりとかく。

「なんだか、最近、物騒じゃない? 嵐の前の静けさ〜、もそろそろ限界が見えてきてるよ」

 学園の雰囲気を敏感に感じ取っているのか、飄々とした態度の裏に緊張が見える。
 顔を見合わせたチロルと乙姫だが、何も言い返さずに衣鶴を2−Bの教室まで引っ張った。
 すでに校舎内の人影は無く、部活動をするために皆が皆、特別教室に移動していた。

「そういえばさ、2−Bは例の黒亀のクラスだったよね」

「……黒金だ」

「そうだった? うろぼえ。あいつ、白銀を狩ろうとしてただろ」

「白銀……?」

 チロルが問うように横を見ても同じように首をかしげる乙姫。
 最終的に二人の視線は衣鶴に向かった。

「ああ、二年は知らないんだっけ? じゃあ、俺が一年の時だったのかなぁ……」

 いつまでも半目でぼんやりとした表情は変わらず、衣鶴は顎に手をあてる。
 そして、数秒窓の外の夕暮れを見て肩をすくめた。

「じゃあ、いい」

「言っておいてそれか?」

「なぁー、だるい話になるもん。面倒くさい」

「…………」

 場所が分かると先行する衣鶴。
 数歩、置いていかれた二人だが、すぐに衣鶴の後を追った。
 2−Bにはすでに人気が無く、黒板には落書きが残されている。
 これだけならば何の代わりもない学園なのだが、やはりチロルの席には赤黒い魔法陣が残っていた。
 吹き零れたような床は多少はふき取ったがやはり跡が残っている。

「これ、か……」

 バッグを近場の机において、衣鶴はその魔法陣の上に手をかざす。
 それを何度かゆらゆらと揺らし、首をふった。

「発動するような魔術は無い。ただ、ちょっと手が込みすぎている」

「内容はどうなんだ?」

「超高級な和紙に落書きがされているようなもんだよ」

 あんな風に、といわんばかりに衣鶴の視線が黒板に向かった。

「で、これを作ったの、誰?」

「字利家くんっていう、転校生なんだけど、前にもこの学園にいたみたいなの……」

「字利家……? わかんね」

 投げやりに返事をした衣鶴だが、バッグを漁って一本のナイフを取り出すと、逆手に持って魔法陣のわきに刃をつきたてた。
 何をするのかと見守ったチロルと乙姫。衣鶴がてこの原理でナイフを倒すとぼろっと魔法陣が浮き上がった。

「え?」

 乙姫が目を見張る中、衣鶴のてに納まった赤黒いリング。
 今まで魔法陣として描かれていたものがそのまま形を成して剥がれたのである。

「ヘルマトロープ。形状を固定させ、半永久的に遺すために使われる魔法固体だ。滅多に手に入らない」

「わざわざそれを使って……何を書いてあるんだ?」

「大したことじゃないよ〜? ”神の熱”ってね」

「それ、だけ……?」

「俺にわかるのは。周囲に装飾もある程度施されているけれど、これも意味のあるものだとは思えないなぁ」

 手に納まった魔法陣のリングをもてあぞびながら衣鶴は唇を吊り上げた。

「報酬として、これ、もらっていい? 蒸留しなおせばまだ使えそうだし」

「…………」

 さすがは美術部である。
 ぼんやりしているようでちゃっかり者だ。
 首を縦に振ったチロルに人懐っこい笑みを浮かべて衣鶴は自分のバッグの薄手の教科書に挟んだ。

「さ、もう用は無いでしょ?」

「うん、ありがとうございます」

 頭を下げた乙姫。だが、その横ではチロルがぼんやりと立ち尽くしている。

「チロちゃん?」

「ッ!」

 ハッとなったチロルも珍しく慌てて衣鶴に礼を述べた。
 そして、また、虚空を見る。

「…………彼女、大丈夫?」

 痛いものを見る目で衣鶴は乙姫に問う。
 乙姫もいつもと様子の違うチロルを気遣うように見入った。

「いつもは、もっときびきびしてるんだけどな……」

「ふぅん……」

 バッグを担いで衣鶴はその場から立ち去りたいのか足だけは廊下側に向かっていた。
 それに気がついて乙姫はまたも礼をする。

「本当に助かりました」

「ううん、悪くない報酬もあったしね」

 くたくたと肩越しに手を振って衣鶴は教室を出る。
 その後姿を見送ったタイミングでチロルが口を開いた。

「字利家……”神の熱”……」

「チロちゃん……?」

「見事にNGはナメられた。あれは我々を愚弄している……!」

「…………」

 あからさまに怒りを見せたチロル。だが、そこにはどこか懐かしむような表情もあった。
 辛そうだった。

「…………。私は卓郎と祝詞に報告しに行くが、乙姫、どうする?」

「ついていく。私はチロちゃんたちの仲間だから」

「…………」

 一瞬、虚ろな顔をして、しかし次の瞬間には柔らかく微笑んでチロルは小さく、ありがとう、と呟いた。


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あきゅろす。
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