NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編 14 *天使/Raphael*1 終業式まで残り指折り、気分爽快な朝である。 そのはずだった。 起きれば時計の針が寮の部屋を出る時刻を刺しているというよくある大事件に乙姫は肝を冷やした。 もはや頭がボサボサなのは気にならない。 言い訳は”通学路で革命が起こっていた”で押し通すことを決意し、教科書も手当たり次第詰め込み、ブタ柄の財布をスカートのポケットに詰め込む。 ミニ冷蔵庫を開いて調理用のハムを口に詰め込んでいざ、学園校舎までフルマラソンだ。 すでにHR開始五分前、それに間に合わないのは確定し、一次限目を押さえるべく、乙姫は走る。 それにも遅れれば教師人が校門の前に立ってわざわざ遅刻のチェックを行っている。 普段おっとりしている彼女だが、動けばかなり早いほうなのだ。 いつもの林道を駆け上がる。 すでに他の生徒の影もなく、もちろんいつもの時間なら後姿を見るチロルもいない。 当然、バイクで山道を駆け上がっている絹夜なんて見つかるはすも無い。 心細くなって乙姫は目を閉じて首を振った。 そのまま走ると突然、重力の異変を感じ目を開く。 気がつけばすでに目の前は地面、危険を察知しても遅かった。 「わぎゃう!」 顔面から倒れる乙姫。 虚しくも慣れた調子で起き上がる。 一体何に躓いたのだろう、と身を起こしつつ振り向けば、そこには見覚えのある薄紫の陰楼学園の制服が見えた。 つつじの草むらからにょきっと伸びた二本の足は男子制服を着ている。 何をやっているのか、上半身があろう草むらではガサっと動けば止まり、動けば止まりを繰り返していた。 「…………」 魔女の乙姫も異形のものを見る目になり、一歩、また一歩と下がっていく。 変わった人の多い学園だ。さっさと行こう。 乙姫が立ち上がろうとすると、今度は、ネコの鳴き声か、ミャーと草むらから鳴き声がした。 「こら、待て!」 足がばたばたと動き、草むらからの鳴き声も激しくなる。 目を丸くした乙姫だが、しばらくもしないうちに決着がついたのか、その男子生徒の上半身がだんだんと道端に戻ってきた。 「よし、捕まえたぞ」 バッグを抱え嬉しそうにするその男子生徒。 蠢くバックは未だにミャーミャーと鳴いている。 頭に枝や葉をつけ、制服を土まみれにした男子生徒は乙姫の見慣れない顔だった。 誰彼顔を覚えているわけではないが、彼の容姿なら一目で忘れないだろう。 ギリシャの彫刻が抜け出してきたかのような、非の打ち所の無い顔立ちはかなり昔に見たダビデの青銅像を彷彿させた。 生きているのが不思議なくらいである。 長く瞳を縁取るまつげは女の子もうらやむだろう。伏目が美しく恐ろしく完璧だった。 「あ、大丈夫か?」 バッグを胸に抱えて美貌の青年は乙姫に手を貸す。 「う、すみません……」 目を合わせるのも失礼な気がして乙姫は視線を外しながら答える。 だが、視線を外すと自然に彼の腕の中で動いているバッグに目が行った。 「すまない、だが、額赤い」 「あー……はぁー……」 前髪をいじってそれを隠すと、腕時計が目に入った。 すでにその針は一次限目の開始を指している。 「あー……」 絶望的な声を上げた乙姫に青年は首を大げさにかしげた。 「どうかしたのか?」 「遅刻、です……」 「そっか」 思いのほかリアクションの薄い青年に乙姫は肩を落とした。 もしかしたら学校の単位数で慌てているのは自分だけかもしれない。 黒金絹夜も午後はほとんど消え去っており、風見チロルさえも用事さえあればふらっと消えてしまう。 「僕が何とか言ってみるよ。もしかしたら聞いてくれるかもしれないから」 「本当ですか!?」 思わぬ申し出に声を上げた乙姫だが、一体彼が何をしてくれるというのか。 青年は無機質に頷いて先を行ってしまう。 不信に思いながら乙姫はついて行くのだった。 [次へ#] [戻る] |