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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
2 *受胎告知/return*2
「黒金、しばしば話がある」

 昼休みになった途端、チロルの方から声をかけた。
 いつも絹夜にちょっかいを出している乙姫はというと、他の女子生徒と手作りの弁当を持ち寄る予定があるらしく大勢で屋上に移動していった。
 もちろん、チロルも誘われたのだが、手作り弁当を、ということにプレッシャーを感じて遠慮した。
 万能な彼女が唯一苦手とするのは料理なのだ。

「くだらないことだったら殺すぞ」

「どうせ食事はしないのだろう? ついて来い、一食ぐらい出してやる」

「当然だ」

 嫌味をはきながら重い腰を上げる絹夜。
 交渉次第では話が出来ないやつではない。操作方法さえ覚えてしまえばそこのことどうにでもなるのだ。
 チロルは見事、昼食を餌に絹夜を引き連れた。
 毎度こううまくいってくれるとはさすがに思いはしないがしばらくは使えるだろう。

「私の仲間を紹介しておこうと思ってな」

「ひよこ頭仲間か?」

 廊下を歩きながらの会話、チロルのはねっ返った金髪の襟足を後ろからいじりながら絹夜はぼやいた。
 ハタから見れば仲睦まじいといえるが、チロルは全神経総動員で理性を駆り立て、怒りを抑えた。
 
「誰がひよこ頭だ。話は後でする。それから、不必要に私に触るな」

「怒りっぽいひよこだ……」
 
 絹夜の手を払ってチロルは先を急ぐ。
 向かったのは一階の裏手、ほとんど使われていない客人用入り口のそばにある警備員室だ。
 ノックも無しにチロルが乗り込む。
 そこには灰色のデスクが一式と一団上がったところに狭い居間への入り口があった。
 縁側状態になっている端にはトイレットペーパーが大量に入ったダンボールが投げやりに口を開いていた。
 変哲の無い、訪問者を想定していないだらしの無い空間。
 その奥の居間にチロルが上履きを脱いで上がりこむ。

「卓郎、ちょっと……起きろ!」

「か……艦長、俺が何したって言うんだ……それは、ミサイルの発射ボタンじゃない! 宇宙納豆だ!!」

 終了したはずの宇宙ネタ寝言を吐いて寝ている男が寝返った。
 座布団を二つ折りにしてごろごろとしているところが完全に職務放棄な雰囲気を放っている。

「もう、艦長は俺がいないとだめなんだから〜……」

「た、卓郎?」

 急に笑い出した灰色がかった髪色の青年はくたくたとゆすぶられるがままゆすぶられ、やっと目を覚ます。

「ハッ、敵艦は!?」

 パシン、とチロルの容赦の無い平手が寝ぼけた彼を完全に起こす。
 しばらく挙動不審であたりを見回し、絹夜に気がついて、あー、と声を上げた。

「彼が、例の……」

「…………」

 人当たりが悪いわけではない。しかし、侮れない男だと絹夜は理解した。
 頭はチロルより回る、彼女よりも血なまぐさい空気も背負っている。
 プラスチックの赤渕眼鏡の奥に光っている銀の瞳は獣の目をしていた。
 これは飼い慣らせない。
 ひよこと違って猛獣だ。
 その力を賢明に押さえつけようとしてはいるが、あふれ出ているのがまた嫌味だ。

「祝詞(のりと)はどうした? 今日は連れてないのか?」

「今、風呂で浮いてる」

 仲間内でニ、三言かわしてチロルは絹夜に手招きをした。

「そこで突っ立ってることもないだろう」

 肩をすくめる絹夜。
 畳の床を始めて目にした。
 イタリア生まれで自分でもエセ日本人と語る彼は地べたに座ることが落ち着かない。
 壁に背をもたれて立ったまま腕を組む。
 そうきたか、とチロルは笑いそうになった。

「黒金、彼が私の仲間だ。学園のネットに侵入してロックを解除してもらっている。
 お前も必要なことがあれば話してみろ。暴れるより効率がいい」

「ほう、便利なものを貸してくれるものだな」

 もの扱いされても卓郎は全く嫌な顔をしなかった。
 もの扱い、動物扱い、子ども扱いは慣れている。

「柴卓郎。職業は警備員兼、用務係。その実態は盗賊ネガティヴ・グロリアス、担当ネットジャック。特技はフリーハッキング」

「ネガティヴ・グロリアス?」

「俺らのチーム名。通称NG」

「我々の目的を簡単に言ってしまえば、この学園にある<天使の顎>という秘法を探している。
 それが魔女部の所有物で代々部長が鍵を持ち管理していると聞いている。
 本当は私が魔女部の部長になれればいいんだが、入学早々、それを知らなんだ、魔女部と一戦交えてしまってな。
 詐欺師ではなくやはり盗賊として手に入れなければならない状況につい最近気がついた。
 お前の任務は魔女部殲滅、私たちはその先にある<天使の顎>。これは協力し合って悪い話ではない」

 前向きなチロルの言葉に絹夜はすぐには頷かない。
 しばらく腕を組んだままどこともなく見つめ、またも挑発的な言葉を吐き出した。

「お前らが俺の成果の馬尻に乗るのは構わん。だが、再三言っているように俺のやり方に口出しするな」

「な……まだそんなことを!」

「チーロル」

 卓郎の一言で黙るチロル。
 やはりこいつは仲間に対してもこうなのか、と絹夜は納得する。

「下手になんでも分かつより必要な時に交換条件を出したほうが能率がいい」

「しかし、こいつを野放しにしておくと何が起こるか……!」

「じゃあ、こうしよう。絹夜君は僕たちが妨げになるなら力は貸せないという。ならば僕たちも同じ言を言う権利がある。
 絹夜君が僕たちの妨げになるなら僕たちは君を排除して後はゆっくりとやる。これでどうだ?」

 フェア、ではない。
 むしろ、一気にNGが有利になった。
 絹夜はここにいられるのは二年。その間に魔女を殲滅させなくてはならないとなるとギリギリだ。
 来たばかりで誰が魔女部かわからない状態からではカマのかけようも無い。勲章を目印にしたとて限界があるのは簡単に見えていた。
 一方、NGはハッカー卓郎を抱えている。
 チロルだけでは条件は同じだが、彼がいるなら話は大違いだ。
 私立の学園の警備員だとなると任期もない、こいつはほぼ永久に窓口を開けてチロルの侵入を許すだろう。
 彼らはそんな事態も想定して乗り込んできている。
 そして、卓郎が邪魔に入るとなると、パスポート、国籍、ありとあらゆる個人情報をいじられては法皇庁に召還されかねない。
 卓郎を敵に回すのはよくない。むしろ、あちらから協力をしてくれるというのだ。
 簡単に手を取ってもいい話だ。だが、絹夜は強欲だった。
 さらに噛み付く。

「風見チロルの能力は俺に追いついていないぞ。俺たちが戦って一番に被害こうむるのは風見だろう」

「いたしかたない。屍、越えるまで」

 卓郎の言葉に驚いた絹夜。
 チロルの仲間だけあってお仲間主義かと思われた彼が当然のように言ってのけた。
 このよっぽどの自信はどこから来るのだろう。
 もちろん、卓郎にはそんな経験があった。
 孤独の戦いに打ち勝つ方法を知っている。

「条件の提示をもう一度行おう。協力し合えないと判断すれば、俺たちNGは君を排除する。
 それまでは全力を持って君に力を貸す。君の態度次第でその範囲も調節しよう」

 やられた。
 絹夜はチロルに鬼気を放った。
 彼女がここに連れてきたのは自分に首輪をつけるためだ。
 もちろん、自分のためにもなるが、その行為自体が頭にきた。余計なお節介だ。

「どうかな?」

「…………チッ」

 舌打ちで応答する。
 卓郎はそれに特に感情を抱いた風もなく頷いて奥に引っ込むとすぐにラザニアの載った盆を取り出した。
 三つのうち、一つはやたらめったらタバスコがかかっている。
 それをチロルが我先にと手にとって普段見せない笑顔でさらにタバスコをせがんだ。

「実は、来るって聞いてちょっと張り切ってみたよ。
 最近、やることなくてね。からかう人間もいないことだし」

 流れでうけとりつつ、絹夜は卓郎の顔面に嫌味オーラをぶつける。
 お前は嫌いだ。
 その念を無視して卓郎は自分の分を抱えてテレビの電源を入れた。
 お昼のご長寿番組を見ながら笑いながらラザニアを喰う卓郎。
 背中は丸まっているがしばらくアレには文句を付けられない。

「全く、外見はマシになったがオタクが抜けんやつだ」

「チロルが過保護を抜いたら自然に治るよ」

「過保護じゃない」

 言ってるそばから押入れから座椅子を引っ張りだして絹夜に勧めるチロル。
 自覚が無いのか、かなりの世話焼きだ。
 卓郎も迷惑に思っていることを何故言わない。
 彼女にとってこれが自然の行動だとしたらかなり迷惑だ。

「絹夜君、過保護は病気だから適当に使って。放っておくという気遣いを理解できないらしいから」

「お前、精神的に病んでるんだな。冗談抜きに痛いぞ」

 NGと絹夜の協定。
 それすなわち、絹夜と卓郎のチロルイジメの始まりでもあった。
 笑顔に青筋立てて黙るチロル。

「病気持ちのひよこ。処分されないように気をつけろ」

「ひよこというな! 一番嫌いな言葉だ!」

「フフフフ……」

 含み笑いの絹夜。
 嫌いな言葉と言われて黙る人種ではないことはわかりきっている。

「チロル、ドジ。ぴよぴよ」

 卓郎の追撃にチロルが噴火した。

「ううううううるさい! うるさい! ダーマーレー!!」

 完璧、万能、優等生。
 まったくそうとは思えない泣きそうなチロルを横目に、これを関わらせるのがさらに面倒くさくなる絹夜。
 お節介で、ぎゃーぎゃーとうるさい、一番嫌いなタイプだ。
 そして、この和やかな空気が何より嫌いだ。
 話しながらの食事、団欒の空間、喜怒哀楽。全てを否定したい。
 ラザニアを早々に平らげて絹夜は退散しようと立ち上がった。
 昼休みはまだある。チロル撃退の言葉もわかった。ここで長居しても面白くない。 

「あ、待て、黒金」

 ビン二本分のタバスコのかかったラザニアを口に詰め込んでチロルも絹夜の後を追う。

「これ以上何のようだ。お前に付きまとわれると疲れる」

「お前にとって役に立つスポットはまだある。能率よく攻略を果たせば早くイタリアに帰れるのではないか?
 お前を早くここから追い出すために私は努力をしてやろうというのだ」

「それはありがたいことだ。いいから情報だけ言え。後は一人でどうにかする」

 また難癖つけるのかと思いきや、チロルはあっさりと保健室の場所を教えて今の卓郎の所に戻っていった。
 奥から洗物をする音が聞こえる。
 これ以上、本当に絹夜に付きまとうということは無いようだ。

「わはははははは」

 テレビ番組にむかって笑っている卓郎ももう絹夜に何を言うでも無い。

「ふン」

 絹夜は挨拶も無しに保健室を訪ねることにした。


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あきゅろす。
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