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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
13 *兄弟/brother*1
 小動物が絞め殺されてしまいそうな息苦しいほどの気を放ち、絹夜は応接室のソファーについた。
 目の前には穏やかな目をした男。

「何の用か、と聞きたいだろうね」

 その言葉も穏やかで、絹夜の神経を逆なでする。
 腸が煮えくり返るのを実感した。

「絹夜、お前の様子を見に来た、そう括ればいいのかな?」

 一方的に語りかけている代羽。その緑の目を探るように睨んで絹夜は動かない。
 代羽が肩をすくめて首を振って見せた。
 落ち着いた内装の綺麗な部屋に誰もおらず、その周りの人払いもさせてある。
 それでも何も言わない弟の様子を嘲笑して、代羽はだいぶ前に出されたお茶の水面を見て言った。

「いいか、絹夜。お前がここにいる意味を忘れるな。お前は自分のために魔女を狩ればいい」

「…………」

「お前が魔女の仲間では無いことを証明しろ。わかっているだろう。法皇庁の犬であることを証明しろといっているんだ。
 遅すぎるぞ、絹夜」

「まるで俺の行動を知っている言いようだ。どうせ貴様らのことだ。盗み聞きでもしていたんだろう」

「盗み聞きの何が悪い。絹夜、数ヶ月前のお前はもっとおとなしかったぞ? 一体いつからそんなに反抗的になったんだ。
 わきまえろ、お前は死刑囚だ。法皇庁の要人である自分の両親を殺害した、それがお前の罪だ。
 忘れたなんて言わないだろうな」

 言葉を詰まらせ、それでも殺気を絶やさない絹夜。
 握り締めた手に、血の滑る感触が蘇る。

「ここを落とせば晴れてお前も黒金の一族だ。免罪もされよう。自由はプライドを捨てた先にある。
 それともまた私の足にすがって暗闇で生きたいか?」

「ごめんだな」

「何か問題があるならば早急に対処する」

「貴様に何が出来る」

 絹夜の言葉に代羽が微笑んだ。
 そうして、パンパン、と手を鳴らす。それを合図に扉が開いた。
 無駄の無い動きで、細い身体をドアの隙間に滑るこませるように彼女が入室する。
 赤い髪を優雅にかきあげ、陰鬱な表情を灯している。

「彼女は法皇庁の手の者だ。信頼していい」

「…………保健医」

 目を見開いた絹夜は殺気を庵慈にも向け、眉間に皺をよせた。
 彼女が代羽に密告していた監視者だったのだ。

「手の者、とはなんだか納得いかない言い方出ですね、シローさん」

「日本語は難しくてね」

 バカにした誤魔化し方をして代羽は足を組んで姿勢を崩した。

「私はね、絹夜。期待しているんだよ。魔女の血筋に生まれながら、聖者として扱われ、双方の力を手に入れたお前に。
 今はどちらも使いこなせてはいないお前だが、可能性がある。お前はどちらも喰らうことが出来る。
 法皇庁のエージェントとして最強の座に着く可能性をお前は持っている。どの機関にも力を知らしめろ!」

 絹夜の邪眼が開いた。
 そして、飛び掛るように代羽の胸倉を掴んだ絹夜は今にも噛み付きそうな勢いで激昂する。

「貴様らァ! そのために俺の母親を殺して俺をさらってきたのだろう! お前達が先に殺したんだろう!!」

 止めに入ろうとした庵慈は絹夜の言葉を聞いて同じように代羽を睨んだ。

「勘違いするな、絹夜。お前の母親は恐ろしい魔女だった。それを、法皇庁は神の名において、排除した。
 幼いお前は哀れみをかけられて黒金に引き取られたのだ。それを仇で返すとは、さすがは魔女の血統だな」

 涼しい顔をしていた代羽。その態度に絹夜は拳を作る。
 素早く一撃を放ったが、代羽はそれを受け止めて微笑んだ。

「庵慈、少しばかり外に出ていてくれるか? お前にまで怪我をさせる必要は無いだろう」

「…………」

 言うとおりにするのは癪だが、ここで居座っても仕方が無いことは分かっている。
 庵慈はおとなしく廊下に出て、扉を塞ぐように背中を預けた。
 鳴り響く乱闘の音に他の教員が目を丸くする。

「これは、何の音ですか、庵慈先生」

「久々に会った兄弟のじゃれあいです」

 いつもの作り笑いで誤魔化してやり過ごす。
 内心は複雑だった。
 恐ろしい魔女の息子である絹夜。奪い奪われ、飼い慣らされようとしている聖者の絹夜。
 どちらも苦しい道だろう。
 それを開き直れるほど絹夜は大人ではなかった。
 そして、そんな男を知っている。
 一分もいないうちに騒音がやんで庵慈はドアから離れた。
 そこから愛想のいい代羽が顔を出してネクタイを締めなおす。

「先生、後始末お願いできます?」

「…………ええ。しかし、もうお帰りですか?」

「何かあれば飛んできますよ、ピュ〜ンって」

 庵慈の頭に手を乗せて子供をあやすように髪をなでる。
 その手を払って庵慈は応接室に入っていった。
 テーブルの反対側で大の字になって倒れている絹夜。顔面はこっぴどく腫れている。
 額は頭突きでも喰らったのか、血が噴出していた。想像以上に派手にやっていたようだ。
 庵慈は黙って代羽の残していった緑茶を絹夜の顔面にぶちまける。
 しみるのか、顔をゆがめて喚く絹夜。

「起きなさい、転がりたいなら保健室のベッドを提供するわ。それとも、先生におんぶされて運ばれたいの?」

「…………保健医」

「なぁに」 

「どうしてお前が……。前々からこの学園にいたんだろう?」

「そうよ。5年前からこの舞台は用意されていたの……」

「……全て兄貴の計算どおりというわけだ」

 嘲笑も怪我に響いて歯を食いしばる絹夜。見かねて庵慈は手を貸した。

「まさか、本気で私におぶわせるつもり?」

「まさか」

 手すら振り払って立ち上がると、絹夜は庵慈の横を通る。

「黒金絹夜、あなたにも、あの大きな黒十字があるのね」

 背に刻まれた魔女の烙印。身体と魂を分離させてしまいそうな痛み。
 十字を思い出すたびにそれも脳裏を駆け巡った。

「…………ああ」

「そう、あなたも後継者なのね……でも、一体、誰の……。五大魔女は皆、健在のはずよ?
 あなたは母親が殺されたといっていた」

 世界五大魔女、それが真性な魔女だ。魔術の道具を手に入れたり、”魔”に感化され一時的に能力を手に入れた人間とは別の次元の生き物だ。
 それは”魔”そのものなのでもある。
 世界にたった五人の真性の魔女。その一人である”真実の魔女”神緋庵慈。
 そして、十字はその証だ。
 それを持つことは五大魔女に数えられることになる。
 そうして何百年もその名が血と共に受け継がれてきたのだ。

「それも法皇庁の隠ぺい工作だろう。俺の母は”腐敗の魔女”と言われていた」

「腐敗の……」

 庵慈は絹夜の横顔を見つめた。
 反社会的で、暴力的で、他の魔女も恐れた”腐敗の魔女”。
 その息子。その後継者。その血筋。
 もちろん、庵慈が知らないうちに”腐敗の魔女”も何代かにわたって後継されてきたのだろう。
 だが、その皆々が全て反社会的に力を振るってきた。
 最も意外な返答に庵慈は答えられずに黙ってしまった。
 確かに、反社会的に動かなければ法皇庁も滅多に真性の魔女に手を出さない。
 故に”真実の魔女”、”先見の魔女”、”隻眼の魔女”は五人の魔女でも危険視されない。
 しかし、反社会的に力を振るう”機械仕掛けの魔女”、そして”腐敗の魔女”は庵慈も恐れるほどの暴虐ぶりだった。
 その”腐敗の魔女”が法皇庁に討たれ、後継者である絹夜が法皇庁に飼い慣らされようとしている。
 絹夜が法皇庁に傅けば”腐敗の魔女”の血筋は法皇庁のものとなる。
 これは魔女と法王庁間の勢力を丸ごとひっくり返しかねない。
 ただの重罪人の贖罪のためにこの任務を仕ったと思っていた庵慈にとっては衝撃的な事実であった。
 代羽に一杯食わされたのである。

「絹夜君、それでもあなたは魔女を狩るの? あなたはどうして法皇庁を信じるの……? あからさまにあなたを利用しているじゃない!
 NGの方がよっぽどマシだわ! あなたらしくない……!」

 ドアに手をかけた絹夜が静かに、それでも確かに言った。

「それでも、俺が殺した黒金の両親は、優しかったんだ」


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あきゅろす。
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