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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
12 *夢幻/vision*2
 話に上がった人間ほど見つかりにくいものはなく、絹夜は珍しく美術部に足を向けた。
 NGとの協定がなくなった今、情報源は無料提供の庵慈しかない。
 ユマも捕まえて脅せば何か吐くだろうが、なかなかいい根性をしているため、手間がかかるばかりになるだろう。
 魔女部とも何戦か交え、魔女部の構成や力についてはなんとなく把握した。
 だが、この学園はまだまだ隠し要素が多い。
 美術部も何も手をつけていない状態だ。手足は伸ばしておくに限る。
 四階の隅にある特別教室の前に立つと、中からは女の子の談笑の声が聞こえた。
 美術部といえば静かに絵を描く、というのがイメージだが、実態は女子の溜まり場だ。
 扉を開ければ中には女子三人組、漫画雑誌を枕に机で眠っている男子生徒、携帯ゲームをしている男子二人だ。
 実際に美術部としての活動はしていない。
 教室の真ん中の机に置かれたミニミュージックプレイヤーからはPOP&テクノが垂れ流しだ。
 うるさい。だが、宗教歌よりはずっとマシだ。
 絹夜は仕切りを跨いで中に入る。すると、三人で固まっていた女子の視線が刺さって、そのうちの一人が駆け寄ってきた。

「黒金先輩、ですよね!?」

「……あ?」

 先輩、ということは一年生なのだろう。
 小太りの小さな女子だ。
 その後ろの二人は様子を窺うように動かない。

「私は、黒金先輩派ですから、魔女部なんてけちょんんけちょんにしてくださいね!」

「…………」

 あからさまに嫌な顔をした絹夜だが、女子生徒は笑顔で返事を待っている。
 肩をすくめて話を流す。
 魔女部と対抗している以上、目立つのは周りの避けるような視線から分かってはいたが、こうも堂々と応援されても気が滅入った。
 別に誰かのために戦っているのではない。自分の贖罪のために、当然のこととして。
 そんなものを応援されても嬉しくもなんとも無い。それどころか、見下されているような気がした。

「蚕君がいなくなってから、コレだよ。ミーハー」

「確かに蚕君はジャニ飛び越えて本物のイケメンだったからね。あそこまで美形だと逆に引くけど」

 後ろの二人がちゃかす。
 小太りの女の子はふてくされるように反論した。

「だって、蚕先輩、留学しちゃったじゃないですか! 蚕先輩目当てでこんな学園に来たのに〜……!」

「ってゆーか、蚕君は魔女部だったのにあんた、良くそんなこと言えるわね」

 話が長くなりそうだ。
 絹夜は間合いを計らず、割り込む。

「おい。陣屋、居るか?」

「あ、はい。彼が仮谷衣鶴くんって言う……」

 小太りの女子が漫画雑誌を枕にしている男子を指す。
 よく聞けばテクノのバックにいびきが混じっている。よく眠っているようだ。
 礼も無しにその男子生徒に向かった絹夜に小太りの女子が小声で忠告する。

「あ、仮谷君は寝起きが悪くて……!」

「上等」

 聞いていないように絹夜が男子生徒の机の前に立つ。漫画雑誌の端を掴んで思い切り引っこ抜いた。
 そのまま、彼の頭が机にぶつかるかと思われたが、鈍い音はせずに金属音が鳴る。
 放課後のまどろんだ光の中に鋼が煌めく。
 ドッと、重たい音がした。

「ご挨拶だな」

「ッ」

 刃物を受け止めた漫画雑誌を強引に捻ると、男子生徒が手にしていたナイフが宙を舞う。
 彼の目に狼狽を見て絹夜は漫画雑誌の踵を額に振り下ろし、しかし寸止めする。

「何? 寝起きにご挨拶はそっちじゃん……」

 肩にかかる銀髪の間から起ききっていない目が覗く。鋭いような、鈍いような、曖昧な印象の青年だ。

「お前が寝起きだろうが俺には関係ない。仕事だ、陣屋」

「ったく、偉そうに言っちゃってさぁ〜……」

 漫画雑誌をのけると、衣鶴は伏せていた席につく。両手で頭を支えながら大きく反り返ると、大あくびを一つして問う。

「で、何なの? 言っとくけど、陣屋は魔女部にもそれ以外にも加担しないから。勝手にやってちょうだいね〜」

「小林隆に陣を売ったのはお前か?」

「ん? よくわかんない。でも、ここんとこ、俺くらいしか動いて無いから〜、俺だったかなぁ?」

 ふざけてるのか、本気で忘れたのかも分からない奴であるが、絹夜は話を進める。

「広範囲の結界を探している。単純に言えば、でかい檻だ。作れるな」

「さ〜てね〜」

 とぼける衣鶴の人差し指と親指がくっついた。
 その穴から絹夜を覗き込んで衣鶴はにやりと一笑する。

「広範囲ね〜。直径1メートル一万ってところかな〜。結界の強度にもよりだけどね」

「直径は15メートルほどだ強度は出来る限り。何人たりとも立ち入らせない」

「立ち入らせない〜?」

 ガコン、と派手に椅子を前倒しにして衣鶴はつんのめるように絹夜に向かった。

「何? おたくが檻に閉じ込められるほう? そういう趣味?」

「趣味といったら趣味かもな。サシで戦いたい」

「相手を逃がさないフィールド、だね。いいけど、魔女相手にそれは大掛かりだと思うけど?」

「魔女じゃない」

 絹夜の言葉に衣鶴は眉を上げた。

「白いウルフマンだ」

「…………」

 衣鶴の表情から余裕が消えた。途端に突き放すような顔になって彼は視線をそらす。

「白銀ね…………」

 ウルフマンを白銀と呼んでしばらく歯を食いしばるようにして考えると、仮谷は立ち上がり、絹夜に出口を指し示した。

「白銀は狩らせない。お前の実力云々の問題じゃない。白銀がいなくなればこの学園はおしまいだ。
 帰ってよ、それか他の人に頼んで。でも、お前の狩りに付き合う奴はいないと思うよ」

「はン、金の犬を自称する陣屋がウルフマンに加担するとはな」

「お前に加担するよりもマシなんだよ」

 嫌味たっぷりな言葉をさらっと絹夜に言い放ってその手から漫画雑誌を奪い取ると、仮谷はそれを枕にまた机に伏せた。
 だが、視線だけは、絹夜に向かい邪眼を面と向かって受け止める。

「白銀が破れれは学園の均衡は崩れるよ。黒金絹夜には不利な方向にね」

「ご忠告どうも」

 気だるく言い放つ絹夜はそれでたたらを踏むような男ではない。
 場所が定まらないなら追いかけるまでだ。

「だけど、お前に白銀は狩れない」

 最後の最後にそう断定して衣鶴は目を閉じる。
 肩越しにそれを確認した絹夜はおとなしく引き下がり、廊下に出た。

「…………」

 情報不足だ。
 こんな状態では何も信じられない。
 そして、その原因はNGとの協定を絶ってしまったせいだ。
 あれは信用なら無い。自分を食いつぶそうとしている。そして、己の身も食わせようと差し出してくる。
 気味の悪い連中だ。

「ネガティヴ・グロリアス……」

 その名を反芻して、忌々しく思う。
 運命を捻じ曲げ、”神”に挑む死神たち。
 彼らと力をあわせればここは簡単に落とせるだろう。だが、本当にいいのか?

「…………?」

 自分の考えに恐ろしい推測が浮かび上がって、絹夜は首を振った。
 本当にいいのか?
 この学園を落としても。
 馬鹿馬鹿しい。そんな疑問はなげうって、絹夜は一人屋上に向かう。
 空気が悪い。外の空気でも吸えば少しはマシな考えも出てくるだろう。
 しかし、階段を上るたびに疑問が泡の如く浮き上がる。

「この学園は何故魔女の巣窟と化した……?」

 また一歩。

「<天使の顎>とは、一体何だ?」

 そしてまた一歩。

「何故、法皇庁はここを自分ひとりに任せた……?」

 最後の一段を踏んで、答えがはっきりとした形を持ち始めた。

「俺は、俺自身も疑わなければならないのか……?」

 俺は誰だ。
 その答えにはっきりと答えられない。

「俺は、誰だ…………」

 法皇庁、浄化班、黒金絹夜?
 法皇庁も、浄化班も、名前も、黒金の一族からあてがわれた記号だ。

「…………」

 思い切り扉を開く。
 そこに誰もいないことに少し落胆して絹夜はフェンスに背を預けた。
 見上げれば忌々しく太陽は誇示しているし、対抗するように蝉は短い命を叫ぶ。

「ここにいること自体、夢じゃないのか……?」

 現実を証明するものも、夢じゃないのか。
 夢と現実の境目も幻に思える。
 剣を握る時だけが確かだった。
 呪詛のように、現実が切り取られていた。

「魔女を、狩れ…………か」

 一体、誰の言葉だっただろうか。
 それだけがよりどころで、導きだった。暗闇の中で何度も念じた。

「…………」

 絹夜は素早く十字を切る。
 影から聖剣を引き出して、背後に突きつけた。

「後ろから忍び寄るとは、お前にはお似合いだ」

 背後の影に呼びかけて、それでも顔はフェンスの外の森に向いている。
 邪眼・オクルスムンディが空間を認識しているかぎり、視界は必要ない。

「三流の神父のクセに。僕に話しかけられることを光栄に思いなさい」

 剣先が喉元すれすれに掠めていた。
 それでも、牧原裂は微動だにしなかった。いや、剣先に気がつかなかったのだ。
 高飛車な台詞を吐き出した後に喉元に光る破剣が目に入って、冷や汗をたらす。
 間違えれば自分からブスリ、ということになっていた。

「面白い話を聞きました。黒金絹夜、白銀と戦うそうですね」

「コソコソと……。だからなんだ?」

 ようやく向き合って、それでも一定の距離を保ちながら絹夜と裂はにらみ合う。
 裂の手にした細身の杖、ソウルイーターも怪しげな光を点滅させ、臨戦態勢に入った。

「命がいらないなら命乞いしなくてもいいぞ」

 柄を握りなおして絹夜が構える。答えるように裂のソウルイーターも強い光を放った。
 遠距離攻撃を得意としている裂にとっては不利な状況だ。それでも先攻を仕掛けたのは裂のほうだった。
 振り上げたソウルイーターが日天に煌めき、絹夜の足元に魔法陣を浮かび上がらせた。
 だが、重力の魔道に飲み込まれる前に絹夜が動く。

「二番煎じを飲まそうなんて随分とナメてくれたものだ!」

 一気に迫った絹夜の膝がソウルイーターを持つ手に直撃する。

「いッ……」

 剣先にばかり気をとられていた裂はソウルイーターを手放して数歩下がった。
 追撃に絹夜が再度跳躍する。

「白銀を狩るなら手伝いますよ」

「!?」

 よろけながらの裂の言葉に絹夜の軌道が逸れる。
 失速してそのまま着地をした絹夜だが、ソウルイーターを遠く蹴り飛ばし、裂を睨んだ。

「話を聞く態勢にしては下品なんじゃないですか……?」

「何度も言わせるな。命乞いはお前の勝手だ」

「やれやれ……これだから愚民は。簡単じゃないですか。僕の能力で捕らえれば怪力のウルフマンでも太刀打ちできませんから。
 あなたはそれを身をもって知っているでしょう」

「白銀を倒してお前に何のメリットがある」

「さぁ」

 おちょくった笑みを浮かべた裂。
 だが、絹夜はしばらく裂を睨んでいた。
 そして、2046を手のひらにおいて滑らせる。
 不健康な色の手に、血が湧き出た。

「お前のような小物がでしゃばるな。お前は”魔”にも人間にもなりきれない紛い物だ」

「…………ぁ?」

 身体の異変に気付いた裂。だが、もう遅い。
 オクルスムンディが発動していた。
 動かない手足、動かない思考。
 目の前には自分が思っていた以上のものがいて、それが敵意をもってこちらに近づいてくることだけがはっきりとしていた。

「動きを封じるならば、俺の専門分野だ。だが、それでは意味が無い。結果しか見えないお前には到底分からないだろう」

 動きを止めた裂の前に立ち、絹夜は血濡れた左手で大きく十字を切った。
 裂の額から足先、右肩から左肩までに血飛沫が咲く。

「汝は人の子なるぞ。その誇りを捨てたまうは何事か」

 真っ赤に染まった左手が胸の金十字を握り締める。

「な、何を言う! ”魔”の力なら人間を駆逐できる! 今更人間になんぞなりさがれるか!!」

「……バカな奴だな」

 絹夜の唇が不敵に釣りあがった。
 日々の疑問に萎えしおれていた”魔”が息を吹き返す。

「クックック……お前もか。お前もなのか。お前は浄化に値しない。そのまま杖に食われるのを待てばいい。
 それがお前の信じる”魔”だというなら俺は来るたびに討ち果たすまでだ」

 目の色に狂気が浮かんでいる。
 常闇の瞳に、自分が映っているのが良く見えて、裂は息を詰まらせた。
 寒い。
 そこには自分が今まで確かに感じてきた”魔”の何倍も濃密な力があった。

「黒金、貴様……!!」

「貴様に本当の”魔”の力は分からない……。その痛みも!」

 それは間違いなく、本物だった。
 それは間違いなく、濃密だった。

「よく覚えておけ、牧原裂! お前のからは”魔”を模倣しているに過ぎない! よく見ておけ! ”魔”はこれほどまでに愚かしい!
 この目は狂気を狂気と思えない、苦痛を苦痛と見分けられない、全てを見る力なれば全てを見失う呪いだ!」

 裂の胸倉を掴んで絹夜が咆える。
 その目はやはり黒々と光り、どこか焦点が合っていなかった。

「十字を掲げ、聖剣を振るう……黒金、貴様には似つかわしく無いと思っていましたよ……」

 絹夜が裂を突き飛ばす。呪縛が解け、裂は力なくせせら笑って張り付いた絹夜の血を拭った。

「全く、おかしな事態です……。神父と同時に魔女だなんて……。それが他の魔女を狙うだなんて! これはこれは面白い!」

「何が面白いんだ……」

 ずっしりと、重たいものがあたりを包んだ。太陽が血に濡れた金の十字の滑った赤を撫でる。
 気だるい夏の午後なのに、もうすぐそれも終わりだというのに、空気が落ち着きなかった。

「貴様が共に歩むべきは魔女部ではないですか! 法皇庁だの、ヴァチカンだのはあなたにとって敵なのでしょう?」

「それでも俺は、魔女を狩る」

 そして、空気が軋み始めた。
 まずい。
 本能的に裂はそれを察知して身を翻す。
 ソウルイーターを手にすれば震える足に強引に落ち着いた歩調を演じさせ、出口に向かっていった。
 
「これは、悪夢の続きなのか……?」

 怨念に近い呟きを背中に聞い裂が階段を駆け下りる。やかましく閉ざされた屋上扉が絹夜の溜め息を遮った。


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