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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
10 *魔喰/MAGU*3
 何かが暴れているのが遠くからでもわかる。
 そこにいって思う存分暴れてやりたい。
 誰かにこの力を示してやりたい。

「ハハッ」

 目の前の男が笑った。
 柴卓郎。
 コイツはわからない。
 読めない、操れない。
 忌々しく溜め息をついて嘲笑を振り払った。

「そうカリカリするなよ。こういう時期も大切だ。丸くなったとはいえ、君はまだまだだ。
 怯えろ。恐れろ。その上で克服しろ。君は恐怖を知らないから恐れない」 

「貴様に何がわかる」

「何がわかると思う?」

「…………」

 どうせ何もわからないんだろう。だからこそ迂回させて話をはぐらかす。
 コイツにも、なにもわからない。何も理解できない。
 そして、自分も相手を理解してやるなんてまっぴらごめんだ。
 だから、閉ざす。
 差し伸べられた手を振り払う。火の粉は自分ひとりで払えるはずだ、そのはずだった。
 こうして何の力も発揮できないと頭が痛い。
 牢獄の中はたった一人だけの世界だった。
 だがここには良くわからないものが溢れている。

「お客さんだ……」

 卓郎がのらりくらりと立ち上がった。
 黒いシャツ、黒い皮のズボンの上に黒いコートを纏う。これがNGとしての彼の衣装なのだろう。
 腰に携えた一本の刀、両耳に下げた血色のイヤリング。飄々、というにはあまりに乾いた気配を背負う。

「俺はオフェンスだ。早い話が今回は君を守るのが役目ではない。君を劣りにして魔女部の連中をさぐることが目的だ。
 極力カバーはするがが、自分の身は自分で守ってくれ」

「カバーなんているか」

 同じように絹夜が立ち上がる。
 むしろ、守られるよりも逃げるほうがまだマシだった。
 二人が立ち尽くし、何かを探る。

「いたぞ。もう狙いをつけている!」

 卓郎が横とびに部屋を出る。
 それを追って絹夜も飛び出した。
 その直後に部屋いっぱいに赤黒い魔法陣が浮かび上がり、黒い光を放つ。
 複雑な魔法陣は絹夜を追うように浮かんでは消え、彼の影を狙う。
 逃げ出した暗い廊下を駆け抜け、裏口から校庭へと向かう。
 敵が外に居るのはわかっていた。

「!?」

 卓郎が突然、足を止める。
 目の前には腐臭の狼。

「アンデッド・ウルフマン!?」

 苦手だ。
 相性が悪い。
 だが、ここで逃げていては魔法陣が絹夜を狙うだろう。
 とすれば戦うまで。

「絹夜! 抜けろ!」

「……ッ!」

 刀を抜いてアンデッドのウルフマンに斬りかかった卓郎の横を抜ける絹夜。
 名前を呼ばれ慣れない感覚はあったが、それが自分のことだとすぐに気がついた。
 躊躇は無い。
 ここで卓郎のことを考える理由は無い。むしろ、NGは自分を囮につかっているのだ。
 論理的に正しく、人道的に正しくない。是が非でも勝利を奪うNGの基本姿勢は十分に分かっている。
 戦闘の場から抜けても魔法陣の追跡を感じていた。
 追われるのは嫌な気分だ。武器さえあれば何もかも叩き斬ってくれるものを。

「チッ!」

 誰かが見ている。
 こんな情け無い自分を誰かが見て笑っている。
 追いかけまわして笑っている。
 それだけで十分むかっ腹は立っていた。

「いい度胸だ……!!」

 自然と丹田が不快な力をわきあがらせる。
 握られた拳に青筋が浮き出た。
 校庭に出る。月光は爛々と、しかし、雲に隠れ虹色の光をおろしていた。
 方向はわかっている。奴が、いる。
 走りながらその位置を探ろうと神経を研ぎ澄ます。集中力はいつもの半分以下だが十分だ。
 この広い校庭を見ているならばこちらからも見えるはず。
 闇に目を凝らす。
 どんなに集中しようと、オクルスムンディを発動する時のような、スイッチの入った感覚は無い。
 薄ぼんやりと標的が見えた。
 林の影にあるはずの無い白い影。

「貴様かあぁああッ!!」

 咆えるその悪魔のような声だけは変わりなかった。
 何もかもを恨むような響きに白い影が嘲笑し、揺らぐ。

「フン、品の無い。それではウルフマンと変わりないな、黒金」

 随分と上から見下すような口調の男だ。
 白いコートの下に制服を着ているが、そのコートの襟元には臙脂色の勲章が鈍く光った。
 丸メガネの奥の右目の下、そこには星の跡が並んでいる。
 手にした一振りの杖で空中をかき混ぜるたびに絹夜を狙っていた魔法陣が浮かんで消えた。

「ああ、下民のお前には俺のことがわからないでしょうね。いいでしょう、特別に名乗って差し上げます」

「いらん」

「さて、どうかな」

 ちょいっと杖の先が動いた。

「!?」

 地面が鳴いた。
 わずかな振動を感じて絹夜は目線をおろす。
 目には映らないが、魔法陣が足元に浮かび上がる瞬間だった。

「ッ」

 すぐさまそこから飛びのくが、その着地地点にも円形の気配が鳴いていた。

「ッく」

 いくら運動神経が良かろうと、重力には逆らえない。
 魔法陣が浮かんで、そこが敵の手の内をわかりながら絹夜は降りるしかなかった。
 いや、何かがおかしかった。
 着地と同時に絹夜は地面に叩きつけられ、まるで重傷を引きずるかのように立ち上がる。

「無理をしてもどうにもなら無いぞ?」

 白い影はまだあざ笑っている。
 これだけで腹が立つというのに抵抗が出来ない。
 絹夜は下唇をかみ締めながらその狩人を見つめ、自分が獲物に成り下がったことを認めた。
 突っ伏している魔法陣は、うわん、うわんと点滅と同時に鳴いているが、その度、身体が重くなる。
 小林と戦った時のように体力を吸い取られているわけではない。
 これは、重力に縛られているのだ。
 身体が重い。気を抜いただけで地面に押し付けられそうになる。

「いい気味だな、黒金。お似合いですよ」

「…………それはどうも……」

 魔法陣の中では術者でも効果があるのか、白いコートの男子生徒は近づいてこない。
 その手にしている杖を器用にまわして絹夜に突きつけた。

「俺の名は牧原。魔女部経理担当です。以後、よく覚えて置くように」

「自己主張の激しい奴だ」

「口だけは健在なんですか……。やれやれ、まあ、いいでしょう。負け犬のなんとかという言葉もありますし」

 油断しているのか?
 身体が動かなくとも、いや、動けないからこそ絹夜の頭は冴えていた。
 捕らえてさっさとトドメを刺さないのは油断だろうか。
 違う。
 この重力の檻とて、万能なはずが無い。

「何が目的だ」

 絹夜は思ったまま問う。
 意外な返答だったのか、牧原は少しだけ目を丸くして次には微笑んでいた。

「ほんの少しは話がわかるようですね。単刀直入に言わせてもらいます。
 黒金絹夜、貴様の力を魔女部に捧げろ。愚かしく破壊活動なんかしてもらっては我々も、迷惑…………。
 と、言うのが魔女部の意向で俺は単にお前の聖剣、たしか2046と言ったか、それさえ手に入れば目的達成、というところですかね」

「2046……貴様にはもったいない代物だ」

「でかい口叩いていられるようにしたのは平和的に交渉する機会を与えようという配慮だというのに。
 仕方が無い……か」

 牧原がさらに杖をまわす。
 絹夜は顔をあげ、その様子を睨んだ。
 わずかに杖の先が発光している。
 その光は牧原の左胸に繋がっているようだった。
 少しばかり苦悶の表情を浮かべ、牧原は杖を操る。

「……ッム」

 赤黒い光を放つ魔法陣の中でさらに重力が増す。
 今度は完全に地面に這い蹲るような状態になって絹夜は声も上げなかった。

「2046さえ引き出せればそれでいい。無理矢理引き出して再接続できなくなるのはお前だけですからね」

「…………ッ」

 再接続。
 魔法の道具と自分を繋ぐ儀式。
 めぐる脳回路が絹夜に疑問を投げかけた。


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あきゅろす。
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