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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
10 *魔喰/MAGU*2
 守護の精神。
 それが己にあっても向けられるとは思わなかった。
 ただ、魔女、魔女、と蔑まれ忌み嫌われてきた庵慈にとってむずがゆい状況だ。
 それでも拒絶するような不快感に襲われないのは今でも痣になってしまっている”彼”のおかげなのだろう。
 まるで、神にでも祈るように両手をしっかり組んで感謝の気持ちを頭の中で言葉にした。
 そして、安心して欲しいとも告げた。
 彼らが守ってくれるという。
 自分には、まだ、そんな人がいる。
 世界にはそんな人たちがいる。

「…………ふぅ」

 長い祈祷の末に庵慈は安堵とも嘲笑ともとれない溜め息を吐き出した。

「祭りが始まる」

 天空の月も雲に見え隠れ。
 怯えているようだ。いや、もったいぶっているのかもしれない。

「あ、庵慈先生……」

 細い声。
 しかし、それが弦のように硬い意志の持ち主で表に出せずに窮屈な思いをしていることはわかっている。
 彼女の隣の光はまぶしい。いつでも隣にいる聖霊。彼女の正体がわからない。
 恐ろしい。
 それを絹夜も感じ取っているようだ。
 ”魔”が”聖”を恐れるように。

「乙姫ちゃん、何かしら〜?」

 出入り口でまごまごしている彼女が子猫のようで愛らしい。
 庵慈はたっぷりの慈愛をこめて、笑顔を見せた。今、この子たちを不安がらせてはいけない。
 封魔の香りをさけているのはわかっているが、疎外感を感じる。

「先生、どうして魔女になっちゃったんですか……」

「…………」

「あ、ごめんなさい」

「いいえ、怒って無いわ。ちょっとどうしてかなって考えていただけよ。特別な理由なんて無いわ。
 昔から、生まれた時から、私は魔女だった…………」

 庵慈には何かが引っかかった。生まれた時から?
 もっと前から、魔女という言葉を知っていた気がする。
 血に染み付いた因果か。それを運命というか。

「とにかく、私は魔女として生まれてきた。でも、その時は自分が魔女だなんて思ってもいなかった。
 単純に、少しだけ、人と違うって思い込もうとしていた。だいぶ、違ったけどね。
 血で契約された魔女は世界に数人しかいないの。それが、”世界五大魔女”。だから、あなた達は、道具を手放せばいつだって人間に戻れるのよ。
 あなたの悩みに私は正確な助言を与えることはできない。でも、魔女であることを誇りに思えないなら、武器を捨ててしまったほうがいい」

「…………」

「あなたは、魔女である自分が好き?」

「…………」

「そうね、答えにくいわよね。今、こんなこと聞くなんて。私、ちょっと調子悪くて、不甲斐無いわ」

「先生……」

「ん?」

「私、皆と仲良くしたいんです。
 でも、出来ないんです、大切な人に、優先順位が出来てしまって、いけないことだと思ってます、わかっています……。
 それでも、私は絹夜君が心配で仕方ないんです。それに、チロちゃんが…………怖くて仕方が無いんです……」

「…………」

 庵慈には見える真実。恋と誤解が混ざり合って彼女に苦悩となって押し寄せている。
 今は解決できない。
 それが答えだ。

「乙姫ちゃん、自分が、好き?」

 今度は、ゆっくりと問う。
 すると、乙姫は激しく首をふった。

「そう、では、荒れなさい、乙姫。今夜は叫ぶ時なのよ。己が力を知らしめなさい。
 この祭りを楽しみなさい」

「…………お祭り……?」

「生をもって祭りとなれば、死をもっても祭りとなる。少なくとも、彼らは狂喜乱舞のために来た」

「彼ら……?」

 脳裏に黒服の二人が思い浮かんだ。
 その黒が示す意味は違えど、目的は同じである。
 肺が鉛のように重たくなった。

「違うわ」

 庵慈が思考をさえぎる。
 乙姫の目に入った彼女の表情は、笑みだった。

「か・れ・ら」

「!」

 途端、響く狼の遠吠え。それに答えるガラスの割れる音。
 近い!
 保健室の出入り口の壁にもたれて転寝していたユマを揺すり起こして乙姫は琴を構えた。
 この場に攻撃型の魔女はいない。
 庵慈も今は無力だ。

「か、風見チロルは何処にいったのよ!」

 ステッキを振り回しながらユマが叫ぶが、今はそれに答える余裕が無い。
 神経を研ぎ澄まし、相手の位置を探る。

「…………ッ」

 多すぎてはっきりしない。
 ただ、絶望的に相手の数が多いことだけはわかった。
 その時、ごく近くから狼の雄叫びが響く。

「あー、もう、もう〜!!」

 いくら不特定多数に有効といえど、姿も見えず、数もわからないとなると魔術を発動できない二人。

「毬栗先輩、気をつけてください!」

「だからーッ! 毬栗って言うなーッ!」

 それでも背中を向かい合わせて身構える。
 非力な魔女にとって、力押しのウルフマンは脅威だ。
 それでも戦わなくてはならない。
 うまくやれば非力でもウルフマンを押さえることが出来るはず。
 彼らには狩りの本能がある。だが、それ以外に知能はほとんど無い。

「いきます!」

 乙姫が弦を振るわせる。
 意を決してユマもアホのようにステッキを振り回した。

「くるくるくるくるカプチーノ! モントレオーネ・カプチーノ!」

 相変わらず、気の抜ける呪文である。
 二人の魔術でウルフマンが最も優れているという五感の、嗅覚と聴覚を叩く。
 それだけで効果は十分なはずだ。

「ったく、風見チロルは何やってんのよーッ!!」

「チロちゃんッ!」

 それでも廊下の両脇から狼たちが迫ってきている。
 遠く、赤い目が煌めいた。
 たくさんの目が浮かび上がってどんどんと近づく。
 もうだめだ!
 数メートルまで迫った獣の影。
 だが、それが勢い良く、砂になって崩れた。

「わきゃッ!」

 飛びのいて砂を避けるユマ。

「な、なんなの!?」

 目を丸くしているユマだが、それはウルフマンも同じらしい。
 ユマと乙姫に近づこうにもたじろいでその場で威嚇し始めた。
 憤怒の狼たちに身がすくむが、乙姫はしっかりと目を見開いて何が起こったのか確かめた。
 ウルフマンが灰と化してしまった方向、そして、その反対側も、乙姫とユマが閉じ込められるかたちで両方に極細のワイヤーが光っている。
 クモの糸のように儚く金色に光るそれに突進したウルフマン細切れになったのだろう。
 だが、ここに来る前にはこんなものなかった。
 だから今ここにユマと乙姫は立っているのだ。
 包囲されている、同時に、守られている。

「まさか、これ……」

 答える声が一方のウルフマンたちの群れの向こうから聞こえた。

「そうだ」

 少女というには精悍で女と言うには幼い声。目を凝らして遠く見えるのは風見チロル。その肩には例のペンギンも備わっていた。
 声に気がついてチロルの方向にいたウルフマンたちが我先にと彼女を狙う。
 チロルは銃を抜かずに無防備な態勢でそれを迎える。
 先を同じように先頭のウルフマンが一瞬で崩れた。

「すまない、囮に使ってしまって……」

「…………チロちゃん……」

 屋上の別れ際、彼女が謝ったのはこのことだったのだろう。

「だったら何で最初から言ってくれなかったのよ!!」

 ユマが喚く。
 乙姫も内心ユマに賛同していた。

「これも戦略、といえば納得かい?」

 冷たく、ひょうきんに祝詞が言い放つ。
 それを取り持つようにチロルが言葉を付け加えた。

「ウルフマンは騙せてもそれを操っている人間を騙せない。ウルフマンが統率されているのは承知。かといって……。
 お前達に黙っていたのは反論しようも無い、本当にすまない。だが、これがNGの決定だ」

「あー、もう! NG、NGって! あんたら本当に性格悪いわ!!」

「悪いが、私達は正義の味方ではない。目的のためなら躊躇しない。
 今回はここを、庵慈先生と二人を守るのが私の最優先事項だ。たとえなんと言われようと目的のためならば私は冷酷にならねばならない」

 彼女の言葉は正しいと理解できるのに納得が出来ない。
 乙姫は小さく拳を握った。
 ならばどうしてこの役に立たない自分を守って、彼女は犠牲になろうとする。
 ならばどうして自分の力を必要とする。
 足手まといなのだろうか。

「私が外側から叩く! それまで補助してくれ!」

「…………ッ」

 納得いかない、納得いかない、納得いかない。
 胸の中の嫌な部分がさらに大きくなった気がした。
 それでも乙姫は弦に手をかける。
 ――荒れなさい。
 庵慈の言葉が優しかった。


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