NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
9 *封魔/Seal*3
「おい、ヒヨコ」
「…………」
「無視をするな」
「”ヒヨコ”という名前では該当しませんでした。もう一度検索しなおしてください」
「…………風見チロル」
「なんだ?」
「…………」
こう毎度馬鹿馬鹿しいやり取りをしていると悲しくなってくる。
だが、風見チロルの特性を思い知ってからそれもただの不毛ではないと思えてきた。
其れは不可思議な存在。
此れは究極に近しい生き物。
廊下を歩きながら絹夜はチロルの少し後ろから彼女を観察する。
能力、思考、生態、どれもはっきりしない。
自分は切り札オクルスムンディまで知られているのに彼女は一切の能力を隠している。
フェアじゃない。
「グッズの魔法効力は強力だ。それがお前に解除できるのか?」
お前に何が出来る。
お前は何が出来る。
「黒金……」
「…………」
「私がありがた〜い三本の矢の話を聞かせてやろう」
「いらん。三本集まって折れにくくとも打ち出すときは一本ずつだ……打開策は無いんだな」
はぐらかしているのか?
それとも天然なのだろうか。
NGはチロルの能力を出したがらない。
それに、チロルはただでさえ通常では考えられないほどの運度能力を持っている。
そして、祇雄と戦ったあの時、血を吐き出すほどの怪我を負った彼女は治療を必要としなかった。
自己再生能力でも備わっているのか。
いや、ありえない。物理的な法則を魔女ではない彼女が無視できるはずが無い。
疑わしい。本当にこのまま協定を結ぶべきなのだろうか。
「風見」
「なんだ、さっきから」
「俺に背中を見せるな」
「…………何故?」
「武器がなくともお前の銃を抜いて撃ち殺すことも出来る。
俺はお前を信用したわけではない」
チロルは振り向いて首をかしげた。
少し睨むような笑うような表情を見せて首を振る。
「だが、私は信用している」
「…………」
「お前は性格の悪い、気に喰わない男だ。何にも知らない。何も受け入れようとしない。何も認めようとしない。
だからこそ、私にはお前が良くわかる。心地よい牢獄に沈めぬ鮮やかな魂。私はお前の考えることが良くわかる…………。
…………私は何を言っているのだ……。さあ、行こう。解決策を早く見つけなければ魔女部の標的になる」
良くわかる。
その単語が恐ろしくてならない。
チロルの見せた軽蔑とも挑発ともとれる微笑が絹夜の脳裏に突き刺さった。
コイツは知っている。
本当に孤独な人間は孤独には気がつかない。
不幸を理由に自分を言い訳する温さ。どうせなら、極寒の冷たさでいい。
先を行く風見チロル。
いつの間にかだいぶ間が空いて、絹夜は追いかけるために足早になった。
警備室には例の如くぐうたらな警備員と、ペンギンが卓袱台を囲んでいる。
せんべいをばりばりかじりながら入り口に立っている二人を見て祝詞が騒がしく声を上げた。
「マイ・スウィートハニィ〜! 寂しかったよ〜!」
「…………」
入り口まで飛んで迎えに来たペンギンを抱えてチロルは中に上がりこむ。
「チー?」
いつもの覇気が無いチロルに抱えられた祝詞が呟いた。
「――」
チロルの唇がわずかに動く。
それは祝詞にしか届かず、祝詞も何も答えなかった。
居間の定位置に座った彼女は仕切り直しに、よし、と掛け声をかけてまくしたてるように言う。
「黒金、状況を説明してくれ。私は茶でも淹れてくる」
座ったばかりだというのにまた立ち上がって台所に引っ込むチロル。
ただそれを目で追った絹夜に卓郎はひそひそとした声で絹夜に言った。
「大丈夫、お茶は普通のが淹れられるから」
「…………」
そういわれて彼女の恐ろしい料理下手を思い出した。
違う、自分が思っていたのは――。
言葉が出かかった。だが、その続きが形にならず、声にもならなかった。
何を考えていたんだ。……藪の中。
「…………」
変わりに昼休みの出来事を話してなんだか漠然としている自分に気がつく。
どうしようか、などと祝詞と卓郎が意見を交わす中、絹夜は何も考えられなかった。
思考が疲れている。
他の事を考えたい。
風見チロル、お前は何を知っているというんだ。
いや、チロルについては考えたくない。疲れる。
他の事を考えたい。
「幸野秋水に解除方法は聞いたんだろうな」
盆に載ったお茶を差し出しながらチロルが訊ねる。
当然だといわんばかりに絹夜が頷いた。
「きっぱり無いと言われた。一ヶ月もすれば消えると言われたがそれまでこのままでいるつもりはない。
封魔の魔力そのものをどうにか取り払う方法さえあればいい」
「そんな器用なことできるかっつの」
悪態をついたのは卓郎だった。
魔力を取り払うのはどうにかなるかもしれない。
だが、魔力を取り払えば聖剣2046も解除される可能性が高い。
絹夜にさえその本質が不明な2046は解除されれば一体どうなるのかわからない。
もう一度、絹夜にセットできるのか、または解除と同時に壊れてしまうのか。
わからない以上実行は出来ない。
「では、庵慈先生は?」
「思い当たるものはあるらしいが試作品の精製に三日はかかるそうだ」
「…………」
手づまった。
「三日ねぇ…………」
短いようで長い。
三日間、聖剣なしで絹夜が魔女と張り合えるかというとかなり危険だ。
オクルスムンディも封印状態でお手上げだ。
いまや黒金絹夜は一般人に成り下がったのだ。
これを魔女部が叩かないわけが無い。
しかも――。
「神緋庵慈の魔力が発揮されないなら、この学園を取り巻く結界も無効……か。ウルフマン大量発生ってことだな」
祝詞がまとめた現状に唸っているだけで時間が進む。
こうしている間にも夜は近づいてくる。満月ではないが、今夜も月が丸い。
「おとなしく寮に帰ってもそこを魔女が叩かないという確証も無い。むしろ喜んで襲ってくるだろう。
まだ封魔について魔女部が情報を入手しているかはわからないが保健室の結界がなくなっているのは事実、故に時間の問題だ。……こちらからも攻撃に出る」
NGの頭は大胆だった。
祝詞がくりくりとした目を鋭く細めて絹夜に聞く。
「それでいいな」
「ふン」
反論がなければそれは肯定。
祝詞は話を進めた。
「では、具体的に策を言う。今俺たちは不利な状況だ。これを解除することが出来ない、そうなると出来ることは一つ。
足を引っ張る、それだけだ。運がいいことにまだこの状況は皆が皆知っているわけでは無いだろう。だからこそ、今動く」
「おい、ペンギン。足を引っ張るにも人数からして限界があるだろう」
「君は都合の悪いことは記憶から消去するタイプか?」
「な…………」
「俺たちが大苦戦したお嬢ちゃんがいるだろう?」
「…………! 毬栗ユマ!」
「彼女なら複数人を無差別に注意力を削ぐことが出来る。これが本当の大混戦ってね。
乙姫ちゃんの琴だと相手にバレる。ここはあえてユマを使う。チー、後で拉致ってこい」
「了解」
あっさり答えるチロル。
卓郎に言われれば文句の一つもつけそうだが、相手は祝詞である。
チロルは祝詞には絶対服従だ。
「絹夜君、ここに来る前に教室で乙姫ちゃんにあったか?」
「ああ」
「ならばチロルの判断は正しかったね。ユマちゃんと乙姫ちゃんにはあまり近づかないように。
魔女は封魔の影響を受けると調子を崩す。俺たちは”魔”のシステムとは違う術式で動いている。
だからいいものの、彼女たちにはよくない」
「…………」
人を汚染物質扱いしやがって、と言いかけたところで本当に汚染物質だったことに気がつく。
少なくとも”魔”のシステムで聖剣を操っていた絹夜も封魔を喰らってから冴えなかった。
言いなりになるのはむかつくが、ここは圧倒的に祝詞が正しい。
「卓郎、絹夜の護衛についててやれ」
「ほ〜い」
だるそうな返事をしながらせんべいに手を伸ばす卓郎。
すぐにばりばりと緊張感を感じさせない音を立てた。
「…………うんざりだ」
はき捨てた絹夜の本心。
だが、それも卓郎がせんべいをかじる音にかき消された。
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