NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
8 *十字架/sin*3
ヨチヨチと歩きながら部屋の真ん中に置かれた脚立にたどり着き、今度は器用にジャンプで頂上まで上る。
そこに腰を落ち着けて祝詞は笑うように目を細めた。
「そこ、閉めて」
言われたとおりにドアを閉じ、絹夜は壁に背をもたれる。
「お前がNGの頭でいいんだな」
絹夜の問いに祝詞は激しく首を振った。
「それは違う。俺たちは常に平等であり、常に個人だ。戦闘員が二人、情報操作員が一人。その構成が変わる時だってある。
俺たちはそれぞれの特性と状況を見ているだけだ」
「なら何故、風見も柴もああも簡単にお前の意見を飲み込む」
「人望あるから、俺」
いけしゃあしゃあと”人望”という言葉を口にしたペンギン。
あえてそれは聞かなかったことにして絹夜は腕を組んだ。
「それで、2046についてだが、一体なんだ。くだらないことだったらシャチの餌にするぞ」
「面白い話ではないね。君はあまりにもイレギュラーな存在だ。だから、ちょっとそこのところ確認しておきたくて。
単刀直入に聞こう。君の出生と、その剣の出所が不可解だ」
「…………」
「どうした? 言えないのか?」
絹夜の表情が曇った。
祝詞はそれを見逃すほど甘くは無い。
「君がここで口を割らないなら俺が調べるまでだ。法皇庁の情報を盗み見るなんて俺には朝飯前だぜ?
君のプライバシーが侵害されたら君だって嫌だろう。協定を張った時点で俺は君を敵ではないと思っている。
礼儀知らずなマネはさせないでくれ。君が話せる範囲でいい」
「良くそんな事を言えるな。礼儀知らず? はン、これは脅迫だろう」
「害になるなら俺を斬ればいい」
「…………ッ」
そうだ、NGは死を恐れない。
己の命で答えが出るなら簡単に捧げてしまう狂った連中だ。
命を盾にする、最低な戦術もいとわない。
根底的な部分は恐ろしく冷酷で、卑怯で、目的のためならば悪を悪とも善を善とも思わない。
Negative Glorias――否定の賛歌、神の栄光を声高に否定する者。
神の敵はこうも堂々と誇らしく誇りを捨ててくれる。
「まず、聖剣2046についてだが、それは見るからに”魔”でも”聖”でもない。
”魔”の性質をもってこの世に現れ、”聖”の性質をもって浄化を果たす。簡単に言えば、この世界にありえない効果をもたらしている。
それは何処で手に入れた?」
絹夜は沈黙して祝詞の言葉をゆっくりと考えた。
絹夜とて2046の性質については理解していない。だが、その矛盾には気がついていた。
絹夜は、それが矛盾した力だということをすでに知っていたのだ。
「譲り受けた」
簡潔に答えて相手の様子を探る。
できれば情報を与えたくない。もしもの時のために極力カードは取っておく。
「誰に」
「さぁな」
「いつ」
「良く覚えていない」
「どこで」
「イタリア」
「譲り受けるまでの経緯は?」
「ふいに」
誤魔化しているようでもあり、下手な嘘をついているようでもある返答だったが、祝詞はそれで話を進める。
彼が嘘をついていたとして、それで身を滅ぼすのは彼なのだから。
「では、君は知らない人間からそんなものを突然譲られた、というわけか」
「全く持ってその通りだ」
自分でもそれがおかしな出来事だとは思っている、そう言いたげに絹夜は嘲笑した。
嘘ならそんな言い訳で騙されている祝詞を笑い、真実ならそんな出来事に巻き込まれた自分を笑う。
「2046は法皇庁の所有物ではなかった……か。なるほど、なるほど。それでは今度は君のことについて聞こうか」
何を納得したのか。
ただ、祝詞は小さなくちばしを動かして腹話術のように質問を投げるだけだった。
「君はどういった理由で法皇庁のエージェントとして動いているんだ?」
「兄が浄化班を指揮している」
「君はその家系、といったところか……」
少々残念なニュアンスがあったのは気のせいだろうか。
絹夜はそこに目をつけて質問を投げ返す。
「予想と反していたか?」
「うんにゃ。君が何らかの目的をもって法皇庁に入団したのなら、そこから強請れると思っていたんだけど」
「…………」
先にこれが脅迫であることは認めている祝詞。
正直に答えようと嘘をつこうと、彼らは情報のエキスパートだ。
”人望”だのナメた事を言ったが、間違いなく、祝詞がNGの親玉である。
しかも、情報戦術特化型のメンバーらしく、それは仲間すら騙している。
ここに正義感の強いチロルがいたら絹夜にとって状況は少しでもよくなっていただろう。
だが、祝詞はあえてチロルも卓郎も外した。
祝詞はNGで最も発言権を持ち、最も強欲で、最も結果主義者だ。
こんなペンギンのかっこうなんかしているが、中身はタチが悪いハッカーに変わり無い。
「まあそう膨れるなって。君はその、法皇庁でも重要なポストの血族、というわけだね」
祝詞が話をまとめようとしたところで絹夜が意外な返事をした。
「違う」
「?」
「俺は黒金じゃない」
突然、彼が口にした言葉。
それに今まで冷静にしていた彼が感情のこもった声で呟いた。
「黒金、じゃない?」
「俺は黒金家の者じゃない。先代が気まぐれに拾ったよそのガキだ」
「…………。養子、だったか」
「俺が”黒金”を名乗る事すら煙たがる幹部がぞろぞろいる。血統書つきの兄貴達とは別だからな」
「しかし、少し気になるところがある。君の今回のここへの派遣は当然、君のお兄さんが決めたことだろう」
「ああ」
「不自然だとは思わなかったのか?」
「…………」
絹夜が祝詞を突然睨んだ。
怯えるような目でそれを睨んで絹夜は思わぬうちに左手を胸の十字の上に置く。
「不自然に思ったんだな」
「別に」
「でなければ君はその理由を知っている。その理由は何だ」
だんだんと祝詞の言葉も堅くなってきた。いつも喚いているだけあってまるで別人のようだ。
黙秘すら彼は情報として分析する。
貪欲な情報喰らいだ。
「俺、は…………」
やっと声を絞り出した絹夜が本来の年齢である少年の顔をした。
その癖、いつもの覇気溢れる鋭い表情は憂鬱に全て替わり、だらりと下げた左手には力がこもらない。
観念したのか、絹夜ははっきりしないぼそぼそとした声を放った。
「俺は、仮釈放でここにいる……」
「仮釈放…………? まるで……」
「この任務が成功しなければ俺は死刑だ」
この任務を与えたのは彼の兄だ。
そうなると、任務を取り決めたのも彼の兄だということになる。
獅子が我が子を谷底に突き落とす、それどころでは済まない。優しさの裏返し、そんなものは微塵も感じられなった。
「では、君は…………どうして、そんな刑を科せられているんだ」
「両親」
その単語が聞こえた時点で祝詞が叫んだ。
「いや、いい! 言うな!!」
だが、散々過去を掘り下げた祝詞に復讐するように絹夜は訴える。
雨音は止まない。
「俺が殺した」
背中が痛む。その罪の証として刻まれた背の十字が悲鳴を上げていた。
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