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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
8 *十字架/sin*2
 ここのところ、ずっと雨が降っている。
 その日も、窓の外では雨音が合唱していた。
 退屈な授業で、つい窓の方に目がいってしまう。
 乙姫はその視界に入る光景を奇妙に思った。
 隣には絹夜、その向こうにはチロルが他の生徒と変わりなく虚ろに眼だけを開いている状態だった。
 もっとも、チロルはそれでも綺麗な文字で黒板の文字を写し取り、さらに教師の説明までメモを取っている。
 こうしていれば、ごく普通の高校生の自分と、彼ら。
 一人は法皇庁の神父。
 一人は武装ハッカー集団の戦闘員。
 そして、もう一人は、魔女。
 互いに敵であり、味方である関係で、奇妙な協定が三人のバランスを保っていた。
 それが今は崩れないようにとだけ願う。

「では、今日の授業はここまで。来週の授業の最後にノートの提出をしてもらいます」

 終了時間きっかりに授業を終わらせてベテランの教師は早々、教室を出た。
 チャイムの中で乙姫はチロルに問いかける。

「チロちゃん、今日も警備室でごはん食べるの?」

「ああ。毎日購買でパンを買うと高いだろう?」

「でも、毎日卓郎さんのところに通うのはちょっと…………」

 おかしな噂が立ちかねない。

「卓郎は私の親戚であるのは事実だ。学校管理者としては問題かもしれないが世間体は問題ないだろう」

「え、チロちゃん、卓郎さんと親戚だったの?」

「おかしいか?」

「ううん…………あんまり似てないって思って」

 思い切って正直な感想を言った乙姫にチロルは驚いた様子だった。
 これはまずいことをいったのだろうか。
 乙姫はすぐさま話題を戻す。

「あ、あの、今日は私も一緒に行っていい?」

「ああ、断るまでも無い、私がいなくとも乗り込んでやってくれ。暇な連中だからな」

「あはははは……」

 いつも寝ている卓郎と、いるんだかいないんだかわからないペンギンを思い出して乙姫は苦笑を返した。
 そして、その話を受けたチロルは二人の間の人物に話しかける。

「黒金、お前は今日も午前早退か?」

「悪いか?」

「お前について悪い悪くないを言ったら限無い。祝詞がお前に聞きたいことがあるそうだ。
 ペンギンのヤツは自由にうろつけないからな、できれば出向いて欲しい。
 ちなみに、”できれば”という意味は強制効果が薄いということではなく、祝詞がお前に話したい内容が私にもわからないということだ。
 祝詞からしたら重要なことかもしれない」

「パス」

 バッグを持って立ち上がった絹夜にチロルが小声でさらに言う。

「2046」

「…………」

「お前の剣について、だそうだ」

「…………」

 その声が乙姫には届いておらず、彼女は目を瞬いたまま何が起こったのかわからなかった。
 とにかく、絹夜の足が止まった。
 そして、絹夜もしばし考えると表情を堅くしながら頷く。

「?」

 話の内容はわからなかったが、絹夜も同席するらしい。
 そのまま固まってしまったチロルと絹夜に乙姫は気に障らないようにそっと声をかけた。

「えーっと、じゃあ、いこう?」

 歩き出すと、両者から不穏な空気は消える。
 ふいに、乙姫は自分と二人の距離を感じた。
 それはどれだけ、どの方向であるのだろう。
 二人にしかわからない会話が心地悪い。
 階段を下りて警備室に入るまで、乙姫は先を行く絹夜とチロルの背を睨んだ。
 それを吹き飛ばすのは、毎度のNGメンバーによるドタバタ。
 迎え入れる祝詞と、ぼんやりと宙を見ている卓郎。早々、散らかった部屋を片付けるチロル。
 団欒があった。

「ゴミの分別が出来ていない! どうしてこうも!!」

「あー、うるさい〜!」

 卓郎が寝転びながら枕にしていた座布団を頭にかぶる。
 その座布団をチロルが引っぺがそうと掴みかかったところだった。

「ちー太郎、後は頼むぞー」

 祝詞の一言にチロルの動きが止まる。
 不満げな表情のままおとなしく卓袱台につくと両手を膝の上に置いた。
 卓郎より上の立場のチロル。そして、チロルを一言で止める祝詞。
 つまりはNGのトップは祝詞である。
 そして、その祝詞は愛嬌たっぷりのおしりふりふり歩きで居間を出て、デスクルームの端に行き、半開きの倉庫に入る。
 察して、絹夜もそれを追った。

「じゃー、ごはんにしよっかー!」

 座布団かぶったままの卓郎がほっとした表情で、しかし、チロルをバカにした表情で元気良く一声を上げた。
 うらやましい。
 乙姫はその空気にどこか違和感を感じていた。



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