NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
7 *満月/wolf*4
「それが、答えってわけですか……」
疲れた調子で牧原が校庭を見下ろしながら言った。
彼の質問に否定で答えた彼女はどう認識しよう、そう考えているところに久遠寺が苦々しく喋りかけた。
「このようなことになって……。我々は藤咲乙姫を敵として見なければならないのでしょうか」
恭しい態度は牧原のためでは無い。
ずっと前からそこにいるように、しかし、突然に現れた黒髪の女のためだ。
墨をたらしたような艶やかな髪を簪を挿して飾っている。
「慌てるでない。このようなこととなったとて、簡単なことじゃ」
白い肌には似合わない真っ赤な唇でにやりと笑った彼女に久遠寺が頭を垂れる。
「して、いかがなさいますか」
「あれが我らを敵視するならば、我らはあれを敵視するまで。黒金も盗賊どもも消えれば乙姫の機嫌も治ろうて。
しばし、待つのじゃ。それまでは好きにさせい」
「あれれ、随分放任主義なんですね?」
少々驚いた調子で牧原が振り向く。
女は牧原を驚かせたことに満足して微笑んだ。
「そうじゃ」
「俺はてっきり是が非でも乙姫を魔女部に傾けさせると思ってたのに……」
「乙姫は優しい子じゃぞ?」
猫なで声だが、ぞっとするような視線を向ける女。
その目は燃えるように赤い。
「乙姫は妾も守ってくれようぞ。なにせ、血を分けた姉妹なのじゃからの、のう、乙姫…………」
窓の外に向けた視線が月を射抜く。
脅威の存在を認識して久遠寺は思わず呼びかけた。
「織姫部長……」
* * *
「言っておくけど、タダじゃないのよーッ!!」
今夜も千客万来の保健室。
とうとう庵慈が一声上げた。
「全く、散々してくれるわねぇ。どう落とし前つけてくれようかしら!」
とはいっても怪我人は祇雄と卓郎、そしてチロル。
一番重傷のはずのチロルは顔面を洗ってそれで終わりだった。
おかしなことに治療は必要ないという。
特に強がっている風でもなく、ただ、大した怪我でもない卓郎が、痛い痛いと喚いている。
うるさいが今はともかく祇雄の傷が最優先だ。
まだウルフマンの形状をしている祇雄は暴れるとまた危険だが、保健室にいる限り庵慈の結界がその力も押さえつけるだろう。
祇雄の治療に奥に引っ込んだ庵慈。
卓郎の腕を不器用ながら応急処置をするチロル。
そして、絹夜はタイミングを見計らって廊下に出た。
電気のついていない廊下、保健室からの明かりだけが照らしている。
「おい」
その背中に声をかけるために動いたのだ。
その影がびくっと動いて振り返る。
「藤咲」
「…………」
うつむき加減の彼女に絹夜はいきなり首を振った。
そして、小さく、もういい、とだけ呟いた。
「…………絹夜君」
「もういい。もういいんだ……」
「…………私、本当は」
「わかっている」
彼女の意思は十分に理解した。
彼女も無理難題に噛み付いて、わがままに自分を貫く、そんなタイプの人間なのだ。
「わかって、いる」
もう一度告げて今度は頷いた。
理想と現実の折り合いのつけられないガキっぽい考え、そういってしまえばそれまでだ。
しかし、それに強力なバイアスが宿ればそれこそ運命を踏破する。
「そういえば、魔女は入れないんだったな……」
「う、うん。庵慈先生の認証が無いとダメなの。でも、今庵慈先生、忙しいでしょ……?」
「お前もそこでつったってるつもりは無いだろう?」
「…………え」
「俺が話しつける。ちょっと待ってろ」
「…………き、絹夜君?」
本人なのだろうか。
戦闘で頭を痛めたのだろうか。
悪いものでも喰わされそうになったのだろうか。
ぎょっとしては失礼なので乙姫は冷静を装ったが内心は気が気でない。
やはり、打ち所が悪かったのだろうか。
もっと早く決断するべきだったのだろうか。
様々な考えを巡らせているうちに絹夜が戻ってきた。
「入れと」
「う、うん」
歩を進めれば何事もなく穏やかな室内に入場できる。
滅多に入ったことの無い保健室だが、どこか落ち着いた雰囲気だった。
「どうして…………」
「借りを作りたくないだけだ」
「…………」
相変わらず、ではない。
あそこまで協力も干渉も拒んでいた絹夜が貸し借りをやり取りするとは思わなかった。
ちょっと目を丸くして、しかし、その場に自分がいることが嬉しく目を細めて乙姫は大きく頷いた。
<続く>
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