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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
6 *変動/wish*3
「…………。とにかく、返して」

 さらに手を突き出したユマに今度はおとなしくスッテキを返して卓郎は愛想良く笑って見せた。

「次やったら、タダじゃおかないからね……」

 殺気のこもった笑みを浮かべる卓郎にユマはのけぞる。
 ユマの起こした一件で卓郎はただ被害者に終わった。
 それを考えると、卓郎は純粋にユマを懲らしめてやることも出来たが、そうさせなかったのはNGの決定だ。

「え、笑顔で言うなよ、アンタ……」

 本当は笑顔もおまけのようなもので卓郎としてはゲンコツ食らわしてもよかったのだが、祝詞がきつく制している。
 NGでは祝詞の意見は絶対に等しい。
 なぜなら、チロルは必ず祝詞には従う。
 三人しかいないNGのメンバーで実質下っ端の卓郎は口出しをさせてもらえないのだ。
 そのために笑顔にも殺気がこもる。

「卓郎、その辺でよしときな」

 祝詞の言葉に卓郎は叱られたように不機嫌そうに返事をした。 
 いつもはただ穏やかに立っているだけの彼の意外な一面を見て乙姫は驚くが、次の祝詞の言葉にはもっと驚く。

「チロルが来る」

「!」

 卓郎がさっさと乙姫のプチシューの残りをしまう。
 ユマには何のことだかわからないが、ここで話をむし返すほど彼女も無粋ではないようだ。
 何事もなかったように定位置に座って、どうしてか流れに飲まれてユマも居住まいを正す。
 そこに無遠慮にドアが開く音がした。

「おい、卓郎」

 綺麗な声が使う男言葉。
 間違いなくチロルだ。
 その姿を確認しようとする間にチロルが居間に上がりこんできて来客の多さにたじろぐ。
 そして、ユマを見てもっとたじろいだ。

「め、めずらかなる光景だ……」

 こうは予想していなかったのだろう、そのまま立ち尽くして居場所を探し、最終的には卓郎を奥に追いやって腰を落ち着ける。
 だが、チロルは口を開かずに押し黙って両手を膝においた姿勢でうつむいた。
 状況的に彼女の第一声を待っていたほかの面子にとっては拍子抜けするところだ。
 チロルは卓郎に今日の夜の行動範囲を伝えようとしているのだが、この状況で頼むのも何故だか苦しい。

「ま、私、用件済んだし、帰る、ばーいびー」

「あ、ちょっと待った」

「んー?」

 立ち上がろうとしたユマをチロルが引き止めた。
 今度は何事かと一同がまたも視線を投げかける中、今度こそはとチロルが言いにくそうに、口を開く。

「三年の担任の大上祇雄について聞きたい」

「祇雄? なんでまた…………」

 よりにもよって、それかよ!
 そんな感情を体中で表現したユマ。
 三年のユマのことだからチロルたちより祇雄を知っているだろう。
 そして少なくとも反応から祇雄のことを良く思っていないことは良くわかる。
 だが、チロルが聞きたいには祇雄の人気云々ではない。

「ワイルド、なのか? あの先生」

「はぁあ?」

 唐突に聞かれてユマは大きく口を開けてぽかんとする。
 質問の仕方がストレートすぎてわかりづらかった。

「ち、ちー太郎、俺というものがありながらお前は教師に手を出すつもりか!?」

 やかましいペンギンの上下のくちばしをぱかっとつまんで黙らせるとチロルはユマを睨んで答えを待った。
 押されるようにユマも開口する。

「ワ、ワイルドってキャラじゃないよ、絶対。というか、小心者。小物。雑魚キャラ。
 そのくせ自惚れるしお調子者。人間のクズだね。唯一いいところといったら、悪人にも善人にもなりきれないところかな。
 うんにゃ、クズでも生きてるってことかな」

 凄まじい言われようだ。
 ユマのことだから大げさな言い方になっているもかもしれないが、それでもいいところ無しなことは良くわかった。
 チロルは、ううむ、と声を漏らして庵慈の言葉を思い出す。
 確か”なかなか面白い先生”といっていた。

「…………。あれは嫌味だったのか……」

 虚空に向かって答えを出すとさらに眉間の皺を深く刻んだ。
 だとしたら、ワイルドとはなんなのだろう。
 庵慈の男を見る目がずれている。いや、それは無い。あの女に限ってそれはない。
 だとしたら一体、彼女は何を感知したのだろう。

「じゃ、私、今度こそ帰るー」

 ぴょん、と居間からの段差を飛び降りて上履きを履くユマに乙姫が優しく声をかけた。

「毬栗先輩、呪文、ちゃんと覚えました?」

「キェーッ! だーかーらーッ!! 何回言ったら覚えるんだよ! ”毬栗”禁止! ”マロン”!」

「は、はぁ……」

 まだ、でも、なんてことを言いそうな乙姫にユマは唸り声を上げながら後退して去った。
 腕組みまだうんうん唸るチロルと出入り口を見つめてまだ毬栗先輩と呟いている乙姫。
 置いてきぼりにされた卓郎はしばらく観察してから自分に関係が無いと判断し、また教育番組に向かった。


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