NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編 33 *炎上/Flame*5 森を蒸し焼き状態にして3分の1、ユマの操るウルフマンたちの攻撃によって3分の1。 残りをチロル、祇雄、雅菜、秋水、衣鶴で始末してほぼ、零になる。 ――成功すれば。 文字通りの炙り出しにより学園内に攻め込める勢力は殆ど落ちていた。 庵慈の炎は、森全体を焼かないようにと範囲が指定されていたらしく、その中にさえいなければ涼しい夜だった。 校門前、赤い焔の山を見ながら、絹夜は2046をだらりとぶら下げた。 自分を捻じ曲げようとする”ヨハネ”。 そして、あるがまま生きたいと願う自分。 無意味なこの戦いに巻き込まれ、それでも手を貸してくれるという人たちがいる。 自分は何も守れないというのに、傷つけてしまう事だってあるというのに、それでもお節介な連中がいる。 そんな風にしてくれる人がいるのに、自分で自分を拒絶するのがもったいなく思った。 自分はなかなか捨てたもんじゃないと思えた。 「絹夜くん……」 「…………」 背に呼びかけられて、自分がそこで待っていたのに気がつく。 すでに数名、森に入って浄化班との戦いを始めていてもおかしくない。 本来なら、一番に敵に向っていくのが絹夜だったが、今はどうしてもためらっていた。 「もう……いっちゃうんだね」 「ああ」 「…………。戦いに、いっちゃうんだよね」 「ああ」 振り向かずとも彼女がどんな表情をしているのか、想像がついた。 沈黙が重い。 「戦いが終わっても、どこにも、いっちゃわないでね……」 「ああ」 「間違いなく、絹夜くんのままで……帰ってきて……」 「ああ」 そっと、背中に暖かい感触がもたれていた。 両腕の袖を引っ張る指先に力がこもって、それでも止めない彼女の決意を切にありがたく、申し訳なく思う。 かえってこれる保障などないし、己が果たさなければと思えば命を捨てても直進せねばならない。 それを解ってくれない彼女ではない。 「乙姫…………」 「……うん、ごめんね、呼び止めて」 背中から乙姫が離れて、絹夜はやっと振り返った。 両手を祈るように組んで、決して目を合わせないようにうつむいている乙姫。 だが、ちらりと視線を通わせて、組んだ手を前に突き出した。 その手には、小瓶が握られている。 「これ、チロちゃんから預かっていたの。私より、絹夜くんが持っていて」 ”治癒”と書きなぐられた小瓶。 秋水の商品の一つだろうか、見たこともないような小奇麗な小瓶だった。 受け取ってもいいのだろうか。 自分はオフェンスに出るが、むしろ、危険なのは守りの乙姫のほうで、彼女が持っていたほうが可能性があるような気もした。 「…………わかった」 それでも差し出した彼女の気持ちを思うと受け取らざるを得ない。 これは儀式なのだ。 無事を祈る。 そして、健闘を祈る。 絹夜が受け取ると、乙姫は安堵のため息をついて、無理矢理に微笑んだ。 「……いって、らっしゃい」 「ああ」 それから――。 「いって、くる。――帰って、くる」 今は嘘だ。 帰ってこれる保障などないし、己が果たさなければと思えば命を捨てても直進せねばならない。 しかし、これで戻ってくる理由が出来た。 十分だ。 有り余るほどに十分だ。 <続く> [*前へ][次へ#] [戻る] |