NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
5 *誘惑/sexy*3
バイクで学園の校庭に戻った絹夜と乙姫。
静まり返ったこの空間にこれから嵐がやってくるとは思えない、それほど静寂が確かだった。
バイクを降りて絹夜はあたりをオクルスムンディで確認する。
「出て来い、魔女」
暗がりに向かって絹夜が鬼気を放つ。
昇降口の中から、小さな影が登場した。
「あれぇ? ばれちゃってたんだ。うまく隠れたつもりだったんだけど」
見つかってもたいしたことは無い、そんな態度でユマがにやりと笑う。
「でもあんた達はもう袋のねずみ。このまま私の兵隊さんにやられちゃえ!」
またも振りかざす魔法ステッキ。
絹夜の長剣に比べると頼りない代物だ。
「その前にお前を倒す」
聖剣2046をユマにむけて絹夜はその小さな影に向かった。だが、それをさえぎるように大きな黒い影があわられる。
アンデッドのウルフマンだ。
「ベー、残念賞! あんたはそいつと戦ってなよ!」
ウルフマンはまるでユマには興味を示さない。絹夜だけに殺気を向けてその豪腕を振り上げた。
「チッ、どうなっていやがる」
面倒な相手を押し付けてくれるものである。
通常の鋼では太刀打ちできないウルフマンの豪腕を聖剣2046がバターでも切るようにたやすく胴体から切り離す。
咆えるウルフマンの雄叫びと乙姫の悲鳴が重なった。
「な、いやあぁぁぁッ!」
振り返れば乙姫をアンデッドウルフマンが三体が囲んでいる。
彼女の非戦闘の能力では太刀打ちできない。
「クソッ!」
乙姫を突き飛ばして自らはウルフマンの攻撃を聖剣で受け止める絹夜。
だが、三体同時にかかった攻撃は絹夜を地面に叩きつける。
「ウがッ」
追撃は聖剣を振り回して避けたものの、これでは次でやられる。
乙姫はその絹夜の姿を見て震えた。
絶望的なこの状況で、なお燃えるような黒い目。恐ろしい目。引き込まれるような邪眼。
――発動。
ウルフマンの動きが止まった。
絹夜の邪眼がとらえる亡者の本能。殺意。
にやり、と一笑した絹夜に乙姫は心の底から冷えた。
この男には己の死すら関係ないのか。
この男は彼の死を悲しむことも関係ないのか。
この男は己を尊ぶということを知らないのか。
「クックックック……フハハハハハハッ!!」
悪魔のような笑い声を上げて絹夜が立ち上がる。
そして、悠長に、処刑を行うように、三回、聖剣を振り上げては下ろした。
「ふ、ふ……あ、あ、ぁ」
乙姫は自分の口から漏れ出す声にならない恐怖を止められない。
「あ……あ、あんなの、神父なんかじゃない!」
やっと言葉になったのがそんな言葉だった。
怖い、しかし、同時に絶対的な安心感がある。
悪魔のような男だ。
聖者のような男だ。
奇しくも、両方だ。
「さて、ユマ、どうする。お前一人だ」
「ふふん、またまた残念。私のファンのご到着よ〜」
校門を指すユマ。そこには自我を失った男子生徒達がわらわらと行進して来ていた。
亡者は絹夜の専門だ。だが、生者は面倒だ。殺してはならない。
ならばユマだけを攻撃するしかない。
絹夜がユマに突撃した時、ユマがステッキを振るう。
「バッカじゃないの! あんたは私の術に一度かかってんのよ!」
「ッ」
ステッキがばら撒いた甘い香りに絹夜は意識を失いかけた。
これだ、これがあっては意味が無い。
この匂いのせいで神経がぼんやりとする。
表情を歪ませ、絹夜は減速する。
とうとう、ユマまでの道のりが阻まれ、ゾンビのように押し寄せる男子生徒たちに囲まれた。
「クッ、邪魔だ! どけぃ!」
意識を取りつなぎ、強引に道を開けようとする絹夜だが、次から次へと壁になるべく表情の死んだ生徒達が絹夜に群がる。
そして、痛感神経も鈍っているのか、鼻の骨が折れたであろう攻撃を受けた生徒も起き上がってはユマの前に立って壁となる。
「キャーハハハッハハッハハハハハハッハハッハハハッ!!
皆、本当に私のことが大好きなのね!ハハハハッハハッハ!」
限が無い。
そして、ユマが放っている香りも絹夜の神経を蝕んでいた。
このままループ地獄に落ちるのか。
「黒金絹夜、楽になったら私の下僕にしてあげるわよ!
キャハハハハッハハハッハッ!!」
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