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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
5 *誘惑/sexy*1
 結局、午後の授業を逃げおおせた絹夜。
 してやられたとは思いつついつまでも絹夜に構っているのも疲れたチロル。
 今は部活動優先だ。スポーツ推薦という形で入学した以上、部活動をおろそかにしてはいけない。
 タイミング悪く入試の時期に入ってチロルは出席日数と成績の不足分を人間離れした運動神経でカバー、なんとか陰楼学園に潜り込んだのだ。
 なにより、チロルも授業を退屈に思っている。
 本当は身体を動かすほうが楽しい。
 さて、今日もストレス発散代わりに特別メニューを、と思ってユニフォームに着替えて向かった体育館。
 だが、その出入り口で顔なじみの部員達が困った表情をあわせていた。

「あ、チロル」

 向こうから声をかけられて、チロルは首をかしげる。

「どうしたんだ?」

「なんか、良くわかんないけど、体育館先に使われてて…………」

 確かに、中に誰かいるようでオー、だの、アーだの雄叫びが響いている。

「今日は全面使えるはずじゃなかかったのか……?」

 そういって扉を開けると体育館の中は真っ暗で、しかし、舞台だけは七色のライトで照らされていた。
 舞台の上には、一人の女子生徒、その下には大勢の男子生徒が活力の無い声援を上げている。

「な、なんじゃ、これは……」

 舞台の上の女子生徒は小学生並の小さな体型で、お団子頭と先に星のついたステッキがいかにも漫画に出てくる魔法少女そのものだった。
 少々日本人離れした大きな目と栗色の髪が美人というよりかわいい印象がある。
 くるくるとスポットライトが回る中、魔法少女がアニメソングを歌って踊って、それに合わせて舞台下の男子達が合いの手を入れている。
 危険な匂いのする場所だ。

「チロル、どうしよう……」

 部員に意見を求められてチロルは一度戸を閉じる。

「私が話をつけてくる!」

「ま、マヂで!?」

 部員が止める言葉を吐く前にチロルは再び戸を開いて暗がりに乗り込んだ。
 まだ、コンサートは続いているらしく、魔法少女の歌は響いている。
 胸元についた無線マイクを使っているのか、コードは見えない。
 歌は終盤に差し掛かっていた。
 それが終わってから一言言ってやろう、そう考えていたチロルを裏切って、歌が終わった途端、魔法少女がステッキを振り回しチロルに向ける。

「!?」

「みんなー、今日の特別ゲストだよー!」

 舞台上の魔法少女、毬栗ユマの言葉に反応して群れが振り向く。
 がこん、とスポットライトがチロルを照らし出した。

「ッ!」

 急な照明に目がくらんで両腕で目をかばう。
 それでも必死に開いた視界にはゾンビのようにゆらりゆらりとこちらにむかって来る生徒達の群れがあった。
 彼らの意識はユマに操られていてぼんやりとしているのだろう。

「そいつはー、マロンの敵だから、やっつけちゃってー!」

 可愛らしい声でそう告げると生徒達が一気に走り出し、チロルに向かう。

「な、何を言う! いきなり占領されてもこちらの権利が…………!」

 言いかけてチロルは取りやめた。
 ユマは魔女だ。
 自分のわがままのためなら人がどうなろうと構わない。そんな人種なのだ。
 そして、その牙は真っ向から自分に向いている。

「いたしかたあるまい、この場で術を解いてもらう!」

 臨戦態勢になったチロル。
 これといって武器は無いが、親玉であるユマに近づくのには問題は無い。
 一番にチロルに襲い掛かった巨漢に彼女は手のひらを勢い良く当てた。
 カンフー映画のように連続技を叩き込む。
 一発の威力は小さいが同じところに拳が入ると巨漢の背中は丸まった。
 さらに、その脇を回転して反動のエルボーを背中にお見舞いする。
 わずか数秒で一人がノックアウトだ。
 周囲が怯んだところをチロルは駆け抜ける。
 ユマの術で意識朦朧となっている分、反応が鈍い。
 ダンっと両足ジャンプで舞台に上がってユマに手刀を突きつけた。

「覚悟!」

 だが、チロルの腕と交差するようにユマのステッキもチロルの鼻先に突きつけられる。

「ッ」

 時が止まってチロルとユマが睨みあう。
 そして、チロルの後ろからはぞろぞろと目の死んだ連中が迫ってきている。
 
「連中を解放しろ!」

「えぇー? 何のことー? 皆はマロンのファンなんだよー?」

 わざとらしくて鼻につく。
 確信犯だ。

「早く彼らを解放しろ! さもないと…………!」

「さもないと?」

「…………ぅ」

 突然、勢いのよかったはずのチロルが膝をついた。

「ねぇねぇ、さもないとなんなの?」

「…………ぐうぅッ」

 喉を押さえて苦しみ出すチロルをユマは薄笑いで見下した。

「フフフフフフ、苦しいでしょ。呼吸を忘れる香りを嗅がせたのよ、早く呼吸の方法を思い出さないと死んじゃうんだから」

「…………!」

 とうとう床を這うような態勢になったチロル。
 エラー発生、エラー発生。
 脳内で異常事態を咆えるアラートが鳴り響く。

「さぁ、どうしようか。盗賊、風見チロル」

 意識が薄らぐのを強引につなぎとめてチロルは自己再生を図る。
 だが、間に合うのか?
 後ろからはもうゾンビの群れが押し寄せている。
 カン、とか細く、力強い音が届いた。

「…………?」

 カンカン、と三味線が音を紡いでいる。
 チロルが身を捩って振り向くとそこには暗がりに蝶をまとった少女の姿があった。

「…………!」

 乙姫!
 怒気を孕んだおとなしいはずの少女にチロルは崩れた笑みを向ける。
 自分が魔女であることを言いたくなかっただろうに。
 それでもそこにいる事実が嬉しかった。

「私の友達に手をあげるなんて、許しません」

 いつものオロオロした情け無い彼女ではなかった。
 金色のド派手なヘッドホンからジャカジャカとロックミュージックを垂れ流し、三味線を構えている異形中の異形の魔女。
 そして、威嚇に乙姫が三味線を立ててエレキギターでもかき鳴らすかのように歯を食いしばりながら演奏を始める。
 同時に、彼女の周りを舞っていた紫紺の蝶が、蝶とは思えないような素早い動きで青白い粉を撒き散らし始めた。

「!? 拡散の魔術!」

 香りを操るユマと、蝶を操る乙姫の魔術は同じ系統に属していた。
 媒体を拡散させ、効果を広範囲に与える魔術の使い手はなかなか珍しい部類に入る。

「魔女か……!」

 毒づくユマ。
 同じ魔女部といえどほとんどの部員に交流はなく、また、部長の正体を知るものも少ない。
 また、誰もが魔女部の部長に従っているわけではなく、乙姫のように反旗を翻す者もいる。
 それでも魔女部の力は絶大で、学園を圧制している。

「争いごとは嫌いです、引いてください!」

 蝶が舞う。
 音と舞う。
 そのたびに、男子生徒たちの動きはさらに鈍くなり、一人、また一人と床に伏せてぐーぐーと寝息を立てる。

「…………あんた、名前は」

 先の可愛い口調とは打って変わって、ユマは冷たく問うた。

「藤咲乙姫です」

 きりっと名乗りを上げた乙姫に、ユマは憎々しげに鼻で笑う。
 なんてあつらえたかのような名前だ。
 陰楼学園の淡い紫色のセーラーも、彼女の魔術の能力も、その名前の飾り物のようだ。
 …………むかつく。
 表情いっぱいに、現しきれないほどにユマは強烈な対抗意識を燃やす。

「覚えておくわ、藤咲乙姫! ここは面倒だから引いてあげるけど、勘違いすんじゃないわよ。
 私の兵隊はこれだけじゃない、いくらでも増やせるんだから!」

 不穏な捨て台詞を吐いて舞台袖に消えていくユマ。
 だが、乙姫は追いかけずにチロルに駆け寄った。

「チロちゃん、しっかり!」

 ユマが去ってからゲホゲホとむせかえりながらも立ち上がろうとするチロル。
 涙を浮かべた彼女は乙姫の姿を見て安心したのか、がばっと乙姫に抱きついて泣いた。

「ふわぁぁぁぁん、乙姫〜っ!」

 この辺の力関係はハタから見えるのとは逆で、チロルより乙姫のほうが強い。
 表面上は気丈で優等生なチロルだが、少々精神不安定なところがある。
 一方、乙姫はぼんやりしているように見えてなかなか芯が強かった。
 チロルの金髪をすいて撫でると乙姫は何を謝っているのかわからないチロルの言葉にうん、うん、と頷く。

「あんにょ女、じぇったいに泣かす〜ッ!!」

 もう泣かされているチロル。
 だが、彼女が泣いているのは恐怖からではなく、乙姫が駆けつけてくれた嬉しさからだった。
 風見チロル、熱い友情にも激弱。


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あきゅろす。
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