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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
26 *進軍/Legion*5
 細い刀身にしては随分と重い剣だ。
 字利家の人をバカにした魔剣のそれほどではないが手数が断然に多かった。
 魔力で補強を重ねながら絹夜は応戦する。
 だが、長期消耗戦になればこちらが不利なのはわかっていた。

「どうした黒金。探ってばかりだぞ?」

 月色の刀を振るう少女は薄い唇から棘のある言葉を吐き出す。
 余裕も見えるが、このタイプが下手に手を抜かないということは絹夜も承知だ。

「お前こそ、本気でやってみろ」

 打開策そのものはある。
 絹夜の魔力が尽きる前に字利家かモブか雛彦のいずれかが応戦すれば話は早い。
 しかし、そんな結果は絹夜は許さなかった。
 だからこそ焦っているのだ。
 こいつは一人で狩り倒す。むしろ、時間がないとすら思えた。
 続く金属音がだんだんと一定になってくる。

「ム……!」

 瓜生だ絹夜の剣を受ける。
 2046の刀身はあまり重くないはずだ。

「…………!」

 距離をとったところ、絹夜は剣を横に薙いだ。
 それをかわすようにして瓜生が左手に動く。
 その動きに絹夜が獲物を手中に陥れた獣の目をしていたのに彼女は気がつかなかった。
 体の筋力を使ってすぐに薙いだ剣先で突く。

「ッ!?」

 かすみ斬りだ。
 避けるまでの時間はない。
 反射的に瓜生は柄で受け止めた。
 だが、その一線にわずかによろけてしまう。
 うわん、うわんと刀が鳴く。

「怪しげな刀だが、貴様がそれを支えきれなければ意味がないぞ」

 見るからに筋力だけは絹夜が勝っていた。
 がりがりといえる瓜生の手足は案山子に布を引っ掛けたように制服でさえ不似合いだ。
 速さはある。刀そのものの攻撃力も申し分ない。
 だが、それを支える彼女の肉体が不安定すぎる。
 付け入るならそこだ。力押しだ。瓜生は卓郎や字利家のような力押しの剣士ではない。
 問題はこれまでにないスピードだ。
 考えをまとめるうちに瓜生が次の一閃を放つ。

「その前にお前を討つまで!」

 その瞬間、絹夜の体は自然に動いていた。

「生温い!」

 突撃だった。
 瓜生が両手で構えた柄――いや、刀身の根元を絹夜の左手が押さえる

「な!?」

 人差し指と親指の間は見事に裂けて血が溢れるが、絹夜は一笑し、瓜生は思わぬ戦法に目を丸くした。
 剣先は大きく振りかぶり、上から下に移動するが、瓜生を中心にして弧を描いている以上、手元の方に近づけば近づくほど動きが小さくなる。
 かといって、それが微弱というわけではない。
 最も弱くとも、手は裂け、血が吹いた。
 だが、黒金絹夜にとって、勝負は傷つかないことではない。
 勝ちをもぎ取り掲げることだ。

「もらったあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 2046を返し、剣先を彼女の眉間にぴたりと当てる。
 しかし、瓜生の表情に怯えはなかった。むしろ、闘気に満ちていた。

「ぬぅん!」

 眉間を当てる剣先を無視して絹夜に掴まれた刀を抜く。
 さらに激しく彼の手からは血が噴出したが、絹夜がその刀を手放したのは痛みからではなく、滑る血からであった。
 そして、瓜生も眉間から左目の上を切る。
 血が降りた左目を閉じながら上段の構えを見せた。
 晩夏の月夜が涼しげな月光で照らす。
 また、うわん、うわんと不気味に剣が鳴いていた。

「くっくくくくく……」

 抑えるように歯を食いしばりながらも不適に絹夜は吹き出す。
 邪眼を見開き、それでも絹夜は瓜生を直視しなかった。

「そうか、お前もか! 誇りに憑かれたのは俺だけではなかったか!」

 傷ついてでも勝利を、プライドを生かす闘い方は同じだ。
 絹夜の言葉によって瓜生の意見もまとまった。
 そうだ。同属だ。

「あたしは闘えればいい。黒金絹夜、覚悟!」

「容赦はしねぇッ!」

 再度、仕切りなおす。だが、互いに勝負が一瞬であることはわかっていた。
 剣戟を跳ね飛ばしあっても決着はつかない。だとすれば、出力戦だ。
 満月と同じ呼吸をしているその刀が月の力を借りているであろうことはわかっている。今夜は満月だ。最高の状態に違いない。
 だからこそ、戦う意味がある。
 魔力を集中する。彼我の差を比較する。その結果が自動的に動く。
 両者の咆哮が重なり、剣が交差した。
 ガチィン、と派手な金属音を立てた剣二本。
 上から振りかぶった瓜生の一刀を、2046が支えながら刃を滑る。

「!」

 刹那、絹夜は逆手に構えていた2046を捻った。
 クンっと、瓜生の刀が持ち上がる。
 その一瞬の力の分散に付け込んで、2046がさらに押し上げた。
 背と刃となって一枚構造になっている刀はシンプルなだけあって力を込めやすい代物だ。
 一方、絹夜の洋刀、聖剣2046は左右に二枚の刃が組み合わさって剣先側から見たらひし形になっている。
 その形の違いを利用したのだ。
 剣同士ならば同じように面を合わせられると力も押しにくいが、刀が相手だと両刃が強みになる。
 後は、単純な筋力の差で押し切る。
 刀の剣先が瓜生の横を掠めてぐるんと一回転した。
 彼女の手から抜けたのだ。

「…………」

 カシン。
 刀が地面に突き刺さった音だろうか。
 それを確認せずに瓜生は何が起きたのか悟った。
 すぐ目の前には月を食らう夜闇色の目をした少年。
 剣で剣を殴りつけたのだ。

「卑怯な……」

 瓜生の口からは理性でそう紡がれたが、どうにも本能でため息混じりに呟く。

「しかし、見事だ」

 納得はいかない、いくはずもない。
 だが、見事な負けっぷりだと自分でも思えて瓜生は自然に微笑む。もちろん、少女らしい柔らかな微笑のはずがなかった。

「久遠寺のくだらない計画に加担してみれば面白いものに出会えたな。一興、ということにしておこう」

「偉そうな口を叩くな」

 そういいながら剣を下ろす絹夜。
 見上げればやはりいい月夜だ。

「ここはもう、お開きだ。じゃあな」
















  <続く>







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