NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
26 *進軍/Legion*4
進軍が思ったよりも遅れている。
すでに保健室も、魔女部の部室も押さえているはずだった。
狼たちの進軍の最後尾から殺はゆっくりと学園に迫った。
だが、時折見るその兵隊たちの死体の数々は皆、原型をとどめないほど切り刻まれている。
時には、アンデッドウルフマンすら大木の枝に打ち付けられ動くことが出来なくなり情けない声をあげている。
「私の、私の兵隊が……!」
血走った目で肉片を睨み、前を見据える。
彼女のヴィジョンには華麗に進軍して学園を抑える自分と狼たちの姿があった。
その当然の行いを邪魔されただけで無性に腹が立った。
「抵抗さえしなければ楽に死ねたのに……!」
歯を食いしばる。
”素敵”な計画をぶち壊されたあまりの悔しさに血がにじんだ。
「殺」
天から降りた女性の声。
高貴で、穏やかなの主は高台から学園を見ているのだろう。
「はい」
「焦ってもいいことないわよ」
「しかし……! 奴らは! 奴らは私の邪魔をするんです! いいえ、奴らだけじゃない! 皆、私が悪いって勝手に決め付けるんです!」
「焦っても、いいことはないわ」
念を押して天からの声が再度言った。
敬意を払うようだった殺だが、ここは納得いかないようだ。
やりたいようにやってきた殺にとって、ここでとめられる筋合いはない。
興奮と焦りのためか殺は天声を無視した。
「あいつら、皆つるし上げないと気が済まないッ!!」
進軍を! 進軍を! 進軍を!
狼たちに念じる。
最後に笑うのは自分なのだから、ここでどんなに苦しんでもかまうものか。
「あらあら。殺、ジャンヌ・ダルクは引き際を弁えなかった。だから魔女扱いされたのよ?」
天声――ガブリエルがお転婆な娘を叱るように、それでも優しく、反面他人事のように歌う。
「私はああはならない……! 私は勝つもの! 私が勝つもの! 皆が私の味方で、それ以外は居なくなるのよ!」
そうでしょう?
殺が赤くした目を闇に向けた。
白銀の狼が満月を見上げている。
「ダイゴ……」
頷け。
「ダイゴ!」
頷け! 傅くがいい! このまま雪崩れるように全部が平伏すはずだ!
殺の世界に対して一方的な、もはや思い込みを超えた怨念が強大な魔力を生み出し、呪われたウルフマンたちを動かす。
だが、ダイゴには怨念が絶対ではなかった。
彼は時に抵抗したのだ。
彼には――。
「そう……あの女が……」
――神緋庵慈。
彼女がいるのだ。
「なら、消せばいいわ」
くすくすとガブリエルが嘲り笑う。
これだから人間はいとおしい。
「往くわよ、ダイゴ! あの女を消すの! そうすれば、あなたも楽になるはず!」
顔面の筋肉を一瞬引きつらせた白銀。
しかし、殺の前に跪いて最後の忠誠を誓った。
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