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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
26 *進軍/Legion*3
 あからさまに不穏な音がこだましている。
 マシンガンがガリガリと回る音、狼たちのたけり声、そして――。

「た、たは、は、たッはのしいですわーッ!!」 

 かなりキている女の絶叫。
 ただでさえ鬱蒼としていた警備室の空気がさらに鬱蒼とした。

「あかんねんて。色々」

 膝を抱えた東海林が世界丸ごとないがしろにしたぼやきを吐く。

「東海林くん。ミジンコや祇雄まで立派に生きてるんだ。君も頑張れ」

 ミジンコと同列でも全く違和感ないのか祇雄は、そうだ、と付け加えた。

「ぶっとくて重い系の銃声が聞こえる……。モンスターのうなり声が聞こえる……。ジェーン嬢のイカレ声が聞こえる……」

「悪い夢だよ、幻聴だよ」

 卓郎がやんわりと慰めた。

「祇雄先生もおる……」

「幻覚だよ」

 卓郎がやんわりと慰めた。

「幻ジャネイヨー」

 派手に外国人なまりで否定する祇雄。もうこの扱いに慣れているあたり、本物だ。

「でもさ、コレここまできたらやばくないか? コレ相当やばくないか?」

 何事もなかったような調子で切り替えした祇雄に卓郎はゆるく肩をすくめた。

「どうしろと?」

「バッカ、お前、バッカ! 庵慈先生がピンチの時に俺、おにょうまれもよ!」

「?」

「通訳不能のッ……溢れ出すッ……思いッ!?」

「あ……あッ?」

 またわけのわからないことを言い始める祇雄。
 卓郎は判ったふりをして、あーあー、と声を上げて頷いておいた。
 こんなんでよくも国語の、しかも日本語の基盤である古典文学の教師をやっている。

「庵慈先生のピンチに俺は何もできないのかー!?」

 言うだけは簡単、とよく言ったものだ。
 ふと、銃声が強くなる。このまま戦闘は激しくなっていくのか。
 ピンチに何もできない。
 そう思うだけマシなのかもしれない。自分は、どうにかなることだけを祈っていた。神なんか、大嫌いなくせに。

「…………」

 なんだか不安になってきた。
 これ以上、何を失うというんだ。
 思い出すら脳に収められない自分に、過去も未来も無関係な自分に。

「無力な俺が恨めしいーッ!」

 無力なんかじゃないだろ。
 祇雄の苦悩する声に嫌気が差した。
 守る力がある。守られるべき人たちが居る。その延長線上に母親である高杉真理子がいた。
 だから今まではそうして言い聞かせてきた。
 しかし、字利家が、あの嫌な大天使が自分の心を除き見るようなことをするからだ。
 『孤独の王カイン』――そんなふうに呼ばれてから何かが弾けてしまった。
 所詮、高杉真理子は母親で、理解しようとしてくれたが最終的には手を伸ばした手を引っ込めてしまった。
 NGは必要としてくれるが理解はしてくれないし、出来もしない。
 自分は孤独だ。今更何も守る必要はない。
 孤独に耐えかね、前線を引くと今度は、自分への後悔に苛まれる。
 無力なんかじゃないだろ。
 守る力がある。守られるべき人たちが居る。
 とりあえず、字利家にはそこんところを見せ付けなくてはいけない。
 『孤独の王カイン』なんかではない、と。

「祇雄先生」

 すっと立ち上がって祇雄の胸倉を掴む。
 突然銀色の瞳に見据えられて祇雄はおとなしくなった。

「はい……」

「とてもいい方法があります」

 それは卓郎の精神衛生上もカバーする案だった。
 己の不甲斐なさを祇雄に投影する。

「はい……?」

 祇雄が返事を言うか言うまいかの次の瞬間、情けないにしろ立派な成人男性ひとり分の体がふわりと浮いた。

「お前は満月浴びて変身しとけーッ!」

 窓に向かって投げる。
 襖、窓、網戸をふっとばし、ガラスの破片を撒き散らしながら祇雄が校庭に放り出された。

「あ、流れ星や」

 割れた窓の隙間から見えたのだろうか、東海林がささやかに呟く。


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