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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
26 *進軍/Legion*2
 満月に照らし出される聖剣2046。
 聖者の血を吸い、魔性を引きちぎる剣を携え、絹夜は闇を歩いた。
 すでに兄の雛彦、魔剣士字利家、不確定出没モブは量産性狼を相手に虐殺を開始している。
 遠く、絶叫が木霊している。
 だが、絹夜の周りだけは静かだった。まるで、外部からの音が絹夜の周りを避けているように。
 天空には満月が輝いている。不細工な凹凸も肉眼で確認できるほどに眩しい。
 この神聖な夜にお祭り騒ぎなどと、久遠寺殺も粋である。
 冒涜の行進を気配で感じながらそれを嘲笑し、絹夜は2046を構えた。
 そうだ、もはやここで見ているだけではいけない。これは祭りなのだから。

「闇に紛れるのは性に合わない。お互い、そうだろ?」

 呼びかけに答えたのはまず、ため息だった。
 安堵の息だったのかもしれない。

「もう少し、この血の匂いから離れたほうがいいのだけれど、ね」

「あんまり離れていると他の連中に獲物の数を越されてしまうからな。狩猟場から離れないでもらおうか」

 どさっと、絹夜の前に影が落ちた。
 不出来な人形のような、細すぎる体躯、そして釣り合わない長さの月色の剣。
 なんとも奇妙な取り合わせだった。
 凛とした、というには少々鋭すぎるその少女が手にした刀は、うわんうわんと呼吸をするように鳴いている。

「今宵はいい月だ」

 掲げたその剣が、わずかな月の瞬きと連動していた。
 月の呼吸が見える。

            *                     *                    *

「あのバカ共ぐあー!」

 何の線が切れたのか、緊張張り詰めた保健室で突然、庵慈が似つかわしくない雄叫びを上げた。
 何かと衣鶴が視線で聞けば、庵慈は目の前に広がる校内の地図、その校門前を指差す。

「今、ウルフマンの先頭がここまで来ているの」

「え?」

 と、言い返したところで遠くマシンガンが歌い始めた。
 発動しないと高をくくっていた最後の砦がフル活動だ。

「黒金兄弟と字利家御一行は全く防御を考えていないようね」

 絹夜、雛彦、字利家、モブの位置にホワイトボードの磁石をつける庵慈。
 てんでバラバラ、好き勝手に散った前衛部隊にユマが結論付けた。

「人選ミス! 人選ミス! 責任者出せ! 誠意を持って謝らんと国民は納得せんぞ!」

「先生はー、そんな現実みたくなぁーい」

 都合のいい現実逃避である。
 ここにNGが挟まれば少しはチームワームもあったかもしれないが、それを乱す原因を外に放り出したのだ。
 まともに機能するはずがなかった。
 かといって、ウチに残しても役に立たないのが前衛である。
 庵慈は自分の人選が正しかったと言い張ったがもちろん自身も納得しているわけではない。

「ここは、とりあえず秋水さんとジェーンさんをサポートするべきだと思います」

 乙姫の提案に渋々といった調子で衣鶴とユマが頷く。
 ちなみに、裂は、なかなか割り切ったことを言う乙姫に眉間を寄せていた。
 藤咲姉はああ見えて結構、神経が太い。
 藤咲妹はああ見えて結構、辛辣。
 裏を返せば、普段は見たとおりのおとなしそうな女性だがいざとなると状況に厳しい藤咲の女はさすがと言うべきか。
 
「保健室からじゃ届かないわよ。魔力の出入りを極力抑えているわ。廊下から校庭に回りなさい。牧原!」

「この期に及んでまた命令ですか?」

「命令されるの好きなんでしょ?」

「そんな趣味はないですッ!」

 裂の否定を食って庵慈はきりっと眉を吊り上げた。

「アンタが護衛。わかった?」

「…………。部長に何かあったら――」

「いいわよ。一生、金八口調で過ごしてあげる」

「いえ、そこまでしなくてもいいです」

 相当の自信はわかった。
 なんだか無理矢理に納得し、裂はコートを翻す。

「では、ついて――」

「ついて来い、やっるろろろろろーうドゥモーッ!」

 ものすごい巻き舌のユマに台詞を奪われ、それでも失うものは何もない気迫で廊下に飛び出していった裂に衣鶴はさりげなく拳を握る。
 なんだかよくわからないけどガンバレ、と。
 先行したユマに引きずられる乙姫と裂。先導の勢いのある後方支援型というのも難儀だ。
 廊下を通り、先ほどまでジェーンとの戦闘を繰り広げていた昇降口。
 そこからちょっと校庭に顔を出したところですでにウルフマンとの戦いが始まっていた。
 ほとんど足場を崩さずに四方八方に弾丸を、狼の肉片を撒き散らすジェーンのロッテジュジュ。
 その破片を迷惑そうにかわしながら正確に敵を射抜く秋水のイーグルフォルテシモ。

「私、秋水さんを援護します」

「あ、んじゃ私も」

「コラ」

 実も蓋もないユマに裂はソウルイーターを物理的に有効利用してツッコむ。

「いてぇぁにすんだよ!」

 体型と不釣合いな凶暴な口調のユマだが、しっかりと両手で頭を押さえていた。

「時間がないのでボケないでください」

「ボケてねぇよ」

 ぺっと地面につばを吐いたユマ。
 とりあえず乙姫はカラカラと安っぽいおもちゃのように笑った。

「じゃあ、私はジェーンさんの方に――」

「いんや、私は敵の足引っ張るから、アンタは購買員にアホシスターの弾丸が当たらないようにしたほうがいいんじゃない?」

 ジェーン完全シカト支援。
 複雑に思いつつ、乙姫は再度ジェーンと秋水の戦闘を見た。

「…………」 

 無差別攻撃型というのは本当にいい迷惑だ。

「そうですね」

 意見をひっくり返して乙姫は苦笑した。
 ジェーンを援護してその弾丸が秋水に当たったりしたらそれこそ大事だ。

「おっしゃ! そうと決まればカプチーノ! 一丁、カプチたるわ!」

「毬栗、お前、なんか洗脳されてないか?」

 裂の呟きをよそにユマはステッキを振るった。

「くるくるくるくるカプチーノ! モントレオール・カプチーノ!」 

 あれだけ嫌がってた呪文が今では無抵抗だ。
 ここのところ連戦続きで魔法を連発させていたせいか、何かが麻痺したのだろう。
 ユマの魔法ステッキからきらきらと輝く粉が噴出す。同時に、きつい柑橘系の匂いが舞った。

「これでウルフマンに魔力の綱くっつけた。あと引っ張るだけだわ」

 途端、ユマの形相が一気に引き締まる。
 可愛らしいといえた表情に鋭いものが宿った。
 数が多いのだ。いつも余裕を見せていた彼女とてここは正念場だ。

「いが……ユマ先輩……」

「ぼんやりすんじゃねぇよ! さっさとあいつらどうにかしな!」

「あ、は、はい!」

 いつになくかっこよく見える小柄な先輩に負けじと乙姫も弦を爪弾く。

「がめついお前にしては珍しいな、毬栗」

 裂がくくっと含み笑いで言った。

「次”毬栗”言ったらハゲさすぞ!」

「まんざらでもないのなら、見直したぞ」

「――ったく、黙れィ! 二番ダシ!」

 照れか力の使いすぎによる焦りか、必要以上に反論したユマ。
 前者ととって裂は鼻で笑って盛大にソウルイーターを振るう。

「サービスデイならこちらも付き合いましょう」

 ぽうっと、三人を囲むように小さな円が浮き上がる。
 わずかに沈んだ地面には簡素な重力魔法が刻まれていた。

「ウルフマンの脳ならこの程度で十分でしょう」

 魔力効果の罠くらいは見分けるだろう。
 ただ、それを避けるだろうという気休め程度の防衛壁だが、あるとないとでは随分違う。

「私は前に久遠寺のウルフマンを使ったことがある。
 だからなんとなくは操作を邪魔できるだろうけど、主人の久遠寺から操作権を奪うなんて器用なこと出来ないからな!
 さっさとケリつけろよ! 秋水!」

 まるでジェーンが見えていないような物言いだが、言ってもジェーンは聞いていないだろう。
 一方、聞こえたのか、秋水のイーグルフォルテシモが途端に火気を強めた。


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あきゅろす。
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