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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
26 *進軍/Legion*1
 綺麗だった想い出ほど、後々膿んでしまうものはない。
 例えば、その人の言葉だったり――。

「なぁ、庵慈。俺は君より先に死ぬだろうからさ」

 その人と交わした約束だったり――。

「だから、一年に一回はチラッと思い出してくれよ」

 その人の強い意志だったり――。

「それだけで、キュンってなってる俺って、すごく可愛いよね」

 おどけた微笑だったり。

              *                    *                   *

 狼の軍勢が迫ってくる。その獣の匂いはだんだんと濃密になっていた。
 歓喜、もしくは絶望の雄叫びが数を増す。
 その度に、それが人だったと思うと少し哀れだ。
 しかし、こうなってしまった以上元に戻ることは無い。永劫の腐敗に終止符を打ってやるべきだ。

「正門に向かってきているわね。他の方向からは来ないみたい」

 保健室で敵の数を地図の上に手を置いて探る庵慈。
 無言でそれを見守る乙姫とユマだったが、一体どんな神経が彼女にそれを教えているのかが理解も出来なかった。
 それが”真性”の魔女の第六感というヤツなのか、庵慈のセンサーは鋭い。
 前衛部隊となりえる、絹夜と字利家、モブ、そして雛彦はすでに森に入っている。
 秋水とジェーンは同じ遠距離方で、お友達ではないと火花を散らしながら、秋水は庵慈の、ジェーンは雛彦の顔を立てるために文句は言わなかった。
 残りは保健室でガードを固める。
 庵慈と衣鶴は結界を張り、乙姫とユマは森に入った三人もろとも効果魔法の毒霧雨嵐だ。
 絹夜に至っては邪眼もあり、雛彦も法皇庁のエージェントとあって、魔術に対する抗体はあるらしい。
 唯一字利家は――何も面白いことが思いつかなかったために――憮然としたりしなかったりではあったが、
 彼女の戦闘能力はちょっと足を引っ張っても有り余る。
 モブ意思疎通不可能なため論外だった。
 保健室そのものの護衛は裂だけにになってしまうが、いざとなれば衣鶴も接近戦が得意だ。
 ここは十分に守られている。鉄壁の守りだといえた。

「殺、機を読み誤ったわね」

 おそらく、NG不調と法皇庁の襲来が重なった今だからこそ織姫もろとも魔女部に関係した人間を排除するつもりだろう。
 今の殺には明確な目的は無い。力を誇示したいのだ。
 そして、万物に認めさせたいのだ。
 歪んで、それでも確かな己を。
 同時に、ダイゴが自分のものであるということを庵慈に見せたいのだ。
 ダイゴで攻めてくるだろう。だからせめて、ここにやってくる前に討ち取ってもらいたい。

「あの、庵慈先生……」

 乙姫が弦の二の糸巻を閉めながら問う。

「卓郎さん、ほっておいていいのかな……?」

 放っておいても問題は無いだろう。まさか、今のうだうだした状態で戦えといってもやる気が出る人種ではないことはわかっている。
 そばに居てぐったりされてもなんだか気がめいった。

「いいよ、ほっといて」

 だが、この危機に動かないヤツだとも思わない。下手に手を出すより自己解決をしてくれたほうが早い。

「え、いい……のかなぁ……」

「いいんだよ、あのヘタレ男は! 少し男らしくなれるように秋水や字利家のツメの垢でも煎じて飲めってんだ!」

 ステッキを振り回して抗議するユマ。確かに字利家は男らしいので乙姫も不自然に思わなかった。
 乙姫とユマの会話がいつも通りで空気が和む。
 庵慈は無理矢理でもそれを笑おうと励んだ。

            *                     *                     *

 校門を出て森に入った途端、字利家が校舎のほうを気にした。

「どうした。宇宙からの電波でも受信したのか?」

「今は違う」

 嫌味のつもりだったが真顔で否定した字利家に絹夜はある意味ぞっとした。

「警備員室に何かを放り投げた記憶はあるんだが、何を放り投げたのかすっかり忘れてしまって」

「忘れるんだ、どうでもいいものなんだろう」

 適当に話を打ち切らせて絹夜は先を歩いた。
 そうか、と意見を飲み込んで字利家も絹夜の後に続いた。

            *                     *                     *

「ぶえーっくしッ! あかん、誰かが俺のこと誉めてる」

 問い:字利家が警備員室に投げ込んでおいて忘れていたもの。
 回答:東海林。

「誉めてるのか?」

 突然転がり込んできた東海林は意識朦朧でずいぶんとはきはきした標準語になっていたが、今はすっかり元通りのエセ関西弁だ。
 ちゃんとボケているのでちゃんとツッコミを返す。

「そうそう、くしゃみがでたらどっかで噂されてるっちゅーやんけ。俺は誉めるところしかないからーって何でや!」

 そこで否定するあたりまだ錯乱しているのだろう。卓郎は何があったのかゆっくりと聞き出したいところだった。
 ところだったが、何故かそうもいかなかった。

「東海林君、先生もその意見には賛成だ!」

 祇雄が東海林にガッツポーズを向けた。
 かくして、警備員室はヘタレの巣窟となっていたのだ。

「誉められるのは一部の人間、縁の下の力持ちって、基本的に頑張るのがデフォルトだから」

 しかも祇雄に至っては何故か調子に乗っている。
 はじめ、帰りそびれたことでおっかないからと警備室にくれば卓郎がこの調子、しばらく茶をしばいていたら東海林が放り込まれる。
 両名ともいつもの自分以上にヘタレているので祇雄が調子に乗るのも無理はない。

「頑張る俺はいいとして、東海林。何でお前、ここにいるんだ?」

 調子に乗った祇雄が教師らしく言った。
 そうそう、と卓郎も視線を東海林に戻す。

「あ〜……。ようわからんのやわ、そこんとこ……外人転校生と字利家がごっつい武器で戦ってる夢を見たような……」

「ひどい夢だな」

 夢ではないのだろう。
 卓郎はわかっていたが、おそらく祇雄の反応からして彼はわかっていないだろう。
 また魔女部との抗争だろうか。いや、実質魔女部の中枢である字利家が魔女部と争う理由がわからない。
 そして、外人転校生。外部からやってきた人間と字利家が戦う。
 ただひとつ、卓郎には思い当たるコミュニティーがあった。

「法皇庁……」

「ん? 警備員はん、鳳凰がなしたって?」

 苦笑を返す。
 だが、内心は一気に不安が膨れ上がっていた。

「祇雄先生、ちょっとお話が」

「へい?」

 立ち上がり、廊下に出ると祇雄はきょろきょろと周りを見回す。
 今のところ静かな廊下だが何故か腹の底を震わすような威圧感があった。
 東海林がそれでも聞き耳を当てていることを考慮して卓郎は小声で話す。

「何か起きてる」

「何かって?」

 素直に問いかける祇雄。周りに警戒してびくびくしているというのに警戒心がここぞと言うときに欠落する男だ。

「何が、とはいえない。でも、この空気はおかしいよ。心配だから庵慈先生のとこに行ってきてくれない?」

「え?」

 庵慈の名前が出て祇雄は顔を輝かせ、だが次の瞬間に曇らせた。

「無理」

 そんな危なっかしい時にひとりじゃ動けない、と返す。
 ひとりでは危険だから警備室に押し入った祇雄に卓郎は肩をすくめて大げさにふるまった。

「せっかく俺が気を利かせているのに……。もういいや。嵐が過ぎるのを待とう。絹夜や字利家だけならまだしも秋水や庵慈がいるなら問題ない」

「じゃあ、自分で行けばいいじゃないかよ」

 もちろん、取り残された祇雄と東海林には防衛の手段はない。
 それでも祇雄は調子にのって今回ばかりは強気に出ていた。

「…………」

 警備室のドアに手をかけて卓郎はしばしうつむいた。

「仲間の資格、ないから」

 ぽつんと呟いた言葉は、祇雄の耳にも自己満足に聞こえた。



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