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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
25 *災厄/Calamity*4
 攻撃をほぼ字利家が受け、後ろから庵慈と衣鶴が援護するたおいう形になった戦闘、突然字利家が手を緩め始めた。

「本当に、法皇庁の命令だけで動くのか?」

 何に気がついたのか、そんなことを口走った字利家。
 彼女は、漠然と感じたのだ。

「法皇庁の命は絶対だ」

 雛彦が口にして庵慈もふとその矛盾に気がついた。
 法皇庁の命令は”絹夜の援護”だ。その直線状に確かに魔女部の排除はあるが、絹夜を差し置いていきなり魔女部に襲い掛かるのは命令違反になる。
 それがわからない雛彦ではない。わかっていてこの独断行動を決行したのだ。

「弟の変わりに手を汚すのが目的?」

「…………」

 顔には何も出なかったが、沈黙が肯定を意味していた。

「それとも俺たちが黒金が”キリスト”であることに気がついたから、強制的に洗礼を施しにきたのか?」

 衣鶴が言葉を添える。
 そこで雛彦は双剣を魔剣につきたてながら衣鶴に眼球を向けた。

「”キリスト”……? 洗礼?」

「雛彦、やはりあなたは利用されていたのよ……! 黒金代羽は絹夜を兵器にしようと――」

「そんなことは知れていると言ったはず! それが黒金の一族だ!」

「庵慈先生、ダメだ。こいつ、オモイックソのバカだ」

 話を割り切ったのは衣鶴だった。

「同感だね」

 字利家も言葉尻にくっつく。庵慈は意外に思いながらも、雛彦とは交渉の余地が無いことを知った。
 こいつは絹夜への甘さ故に手が緩いが、どこまでも法皇庁の犬だ。思いはどうあれ敵だ。

「あなたたちが絹夜をたぶらかさなければ、絹夜は黒金の兵器として、聖魔として苦しまずに進化したはずだったのに……」

「人間でなくなることが苦しくないはずが無いだろ」

 搾り出すような衣鶴の言葉は、ダイゴを思ってのことだろう。

「衣鶴ちゃん……」

 ダイゴを失ったダメージは、庵慈よりも衣鶴の方が大きかった。
 長年の苦悩に痛みも擦り切れ始めていた庵慈よりも、多感でしかも人より繊細で瑞々しい衣鶴の方が大きな綻びを作ってしまった。
 だからこそ、人道踏破をしてでも強くなり、戦い続けることを強要する雛彦に明確に反論することができる。
 ”魔”であること、”聖”であること、そして”人間”であること。本来あるべき形であること。その幸福を雛彦という男は知らない。

「お前の両親は絹夜を兵器にするために育て、死んだのではない。己で在らせ給うが為に己に従い愛しみ賜うたのだ。
 お前にわかるか、黒金雛彦。そのままでは可愛い弟まで手にかけるぞ」

 字利家がその目を睨んだ。いや、焦点は合っていない。どこか別のものに怨念でも込めるように瞳孔が開いて白みがかった目を向けていた。
 狂気というには優しい、情念というにはがらんどうな目。
 死人の目。生まれたての赤ん坊の目。純粋潔白な少女の、暗い牢獄の罪人の、自由を歌う詩人の、血河を築く戦士の目。
 ――呑まれる。
 雛彦が気がつくと同時に字利家は目を離す。いや、顔ごと窓の外に向けたのだ。
 隙のできた字利家に攻撃することも無く、雛彦も微かに耳に入った狼たちの歌声に神経を集中させる。

「庵慈先生……」

 衣鶴の声が震えた。
 白銀――ダイゴだ。

「どうやら、漁夫の利を取りに来た意地汚い女が動いたようね……。エージェント雛彦、あなた、一度絹夜本人と話し合ったら?」

 一時休戦を求める庵慈の言葉に雛彦は安堵なのかため息なのかわからない間を空け、そうだね、と同意した。

「ならば校舎の災厄娘も止めてほしい」

「おや、ジェーンがお気に召さないかな?」

 言えば雛彦とも波長が合わないのか字利家は薄ら笑いでとぼけて流した。

「ダイゴ……」

 恐れおののき庵慈は黒い窓の外に目を向け、愛しい名を呟く。
 がたがたと恐怖に窓ガラスが震えていた。

             *                     *                     *

 狼たちが進軍する。
 学園の明かりを食らいに狼たちが進軍する。

「ふっふふふふふ、素敵、素敵! 私が勝つの!」

 殺はその行進を見ながら天を仰いだ。
 針葉樹の隙間から星が瞬く。
 綺麗な夜だ、とてもいい夜だ。

「殺、気を抜かないでね」

 空から優しい声が落ちる。
 木の枝に腰掛け、優雅にその様子を見守っているのだろう。

「わかっております、カブリエル様」

 部長の織姫は自分を認めてはくれたが、自分の思い通りにはならなかった。
 それが無性に腹が立った。
 だが、ガブリエルは違う。認めてくれる。そして、惜しみなく助言をしてくれる。自分の期待を裏切ったりはしない。

「瓜生、戦場は用意した、思う存分やるといいわ」

 月の光を避けるように影に立つ瓜生は返事をせず、歩き出す。

「進軍せよ! 進軍せよ! 私の兵隊! 私の! 私の私の私の私の私の私の!!」

 大きく見開かれた殺の目に、綺麗に満月が煌いていた。
 その真上の木の枝、ガブリエルは微笑む。

「卓郎、私はちゃあんとそばに居てあげるからね……」




















  <続く>





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