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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
4 *芳香/charm*2
「卓郎! 起きろ、卓郎! 姿勢を正せ、それが礼儀というやつだ」

 例の如く卓郎をひっぱたくチロル。嫌々ながらやっと正座をした卓郎はうーんと伸びをして三人の顔を交互に見た。
 面白い取り合わせだ、だが、今はそんなことは関係が無いようだ。
 そして、お節介チロルがようやく本題に入ったといわんばかりに表情を引き締める。
 どこから持ってきたのか絹夜の例のテストを卓郎に渡して、意味ありげに呟いた。

「どう思う?」

「ふむ。面白い」

 卓郎の目が光を取り戻す。打って変わって爛々と輝いた。

「恐らく」

「いや、本来はもっと」

「アクセス。カルマ」

「キープ」

「セント」

「オープン」

 得体の知れない言葉を交し合ってその相談は行われた。
 それが何か、彼らには理解が出来ているようでお互いに表情を険しくしたり不適に笑ったりして話が終わる。

「セーブ。アクセス完了」

 チロルはそう告げて今度は絹夜たちに向かう。

「今、二人で確認作業をしたところだ。どうやら私の思惑通り、黒金。お前は術をかけられている」

「…………なんだと?」

 鬼気を放った絹夜に卓郎がやんわりと言った。

「本当に瞬間的にだよ。計算の隙に意識を失ってしまうような、その瞬間さえわからないような。
 実は、ここ数週間で怪奇が起きている。傍目にはわからないがデータにすると不思議なものだ」

「怪奇?」

 乙姫が首をかしげたのに卓郎が頷いてハキハキとした動きで押入れを開く。
 そこには布団類に紛れて薄型のPCが6台も入っていた。
 その中の一つを取り出して起動させると、一つのファイルを開いて絹夜達に向ける。
 二つのファイルには名簿が載っており、またそのいくつかの名前には色が付けられていた。

「右側が先週一週間から体調不良を訴えた生徒名簿だ。そして、左側が出来たばっかり、『マロンファンクラブ』のメンバー」

「…………ほぼ、一致…………というわけだな。早速そのご教祖様を泣かして……」

「毬栗ユマは勲章はつけていないが魔女部と見て間違いない。だが、せくな、黒金」

 チロルが割ってはいる。実は先ほどの相談の内容では彼女も結果を出し急いでいた。
 それを卓郎が止めたのだ。状況がまだ定まらない、NGはそう判断した。

「そう、焦りは禁物。罠に関しては絹夜君は小林の件もあるし、それにすでに術にかかった痕跡がある。
 まず庵慈先生のところに行って事情を話そう。それからだ」

 それで賛成する一同。だが、乙姫の顔色は悪くなる。あの場所には自分は入れない。
 チロルは何も言わないが自分の正体をわかっているだろう。
 そして、絹夜はどうなのだろうか。

「…………」

 乙姫の心情を察して卓郎がチロルに持ちかけた。

「チロル、うちの三人目の仲間を紹介しておこう。仲間は多いほうがいい」

「そうだな。場の整っているうちに諸事情を説明をしておこう」

 話がまとまったところで卓郎がまた立ち上がる。
 奥に消えたと思ったら今度は得体の知れない鳴き声が響いた。
 やたら反響していることから風呂場からその奇声が放たれていることはわかるが、一体何が暴れているというんだ。

「ぴぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

「ヒぃでえぇぇぇぇっ! 引っかかれた! ひかかれたーッ!!」

「グワワワワワワワワワァァァァァァッ!」

 卓郎の情け無い絶叫にびびる乙姫。
 呆れた表情のチロルは仕方なく、という風に遠く呼びかける。

「祝詞、私だ」

 次の瞬間、卓郎の消えた方向からどたばたと水しぶきを纏いながら黒い塊がチロルに突進してくる。
 正座を崩してその塊を華麗によけるとチロルは後ろの壁に激突した黒い塊を摘み上げた。

「…………え」

 乙姫が口元に手をあてて驚く。
 絹夜もその非常識さに呆れた。
 チロルが抱えたのはイワトビペンギン。黄色くながい眉が特徴の目つきの鋭いペンギンだ。
 まだ水の滴るペンギンをチロルは身体から離すようにして睨みつける。

「こんなにびしょ濡れではないか……」

 一方ペンギンは短い足をばたつかせて身体をうねらせている。

「あー……本当に、もう……」

 タオルを畳に押し付けながら卓郎が床をはった。
 卓郎がチロルにバスタオルを渡し、自分は床の水溜りを拭きまわる。その様子が慣れたものでいつもこの調子だと思うとNGもなかなか間抜けだ。
 ペンギンをタオルに包んでごしごしとその身体を乱暴に拭きながらチロルが申し訳なさそうに言う。

「これが我々のサポート役、コアブレインの祝詞だ。アホだが判断力だけは高い」

「…………」

「何だ?」

 絹夜の視線がかなり痛いものを見る目になっている。
 それはどう見たってペンギンだ。
 目がそう訴えた。

「よし、祝詞。挨拶をしろ」

 大概拭き終わったのか、バスタオルから解放すると祝詞がヨチヨチと歩き出す。

「うわぁ、カワイイ! 挨拶が出来るんだ〜」

 喜ぶ乙姫に軟派な声がかかる。

「挨拶も出来ればナンパも朝飯前。どうだい、ベイビィ、僕と素敵な家庭を作ろうか」

「――――」

 乙姫の表情が笑顔のまま固まった。
 見れば絹夜もかなり引き気味だ。
 ペンギンが口を開くたびに放つ成人男性の声。それはカワイイといえるものではなかった。
 軟派で、無責任で、下心丸出しの声だ。

「祝詞、出来ればまず普通に話してもらいたかった……」

「んもう、ちーはわがままさんなんだから。そこがちーのカワイイところ・だ・ぞ」

「もう何も言うまい。こういうことだ」

「ハハン、君達、ペンギンは喋らないという常識を捨てたまえ!」

 もう、何がなんだか。
 とりあえず現状をあるがまま飲み込んだ絹夜はいいとして乙姫のほうは偉く傷ついたようだ。
 ペンギンが喋ることがショックなのではない。
 可愛くないことがショックなのだ。

「俺は諌村祝詞。いわば、ちーと卓郎の頼れるおにいちゃん、ってやつか?」

 今度はチロルを憐れむ絹夜と乙姫。
 はっとなったチロルは言い訳がましく早口で反論した。

「このペンギンは仮の姿! 本当は、遠隔操作で元ホストの独身三十路男が操っているのだ!」

「ちー、今のは辛辣だから聞こえなかったことにするぞ!」

「見た目はこうで、性格も、もう第一印象通りで、全くいいところの無いやつなんだが…………!」

 そこでチロルは言葉を失った。
 加速したものの、祝詞を褒める言葉がなかったことを思い出す。

「ッくうぅぅぅぅ……!」

 まるでわさびがしみたように眉間に指をあてて身悶えて、終わりだった。
 フォロー、失敗。

「こら! ちー、俺とのスイーツな日々はなんだったの!? あの愛の言葉は忘れたのッ!? 私とは遊びだったのね!?」

 喚く祝詞はさておき、絹夜が大真面目な顔をしてチロルに視線を投げかけた。

「お前とペンギン三十路元ホストの関係がどうあれ、そのペンギンがどう俺に役立つか教えてもらおう」

「お前に役立つかどうかはわからんが…………」

 チロルが手にしていた濡れタオルを宙にほおり投げる。
 それに祝詞が反応して顔をあげ、口を開いた。

「グファァァァッ!」

「!」

 キラキラと輝く銀糸を含んだブレスをタオルに向かって吐く。
 周囲がぶるっとする寒さに冷え切って、凍りついたタオルがたたみの上に落ち、温度差から煙を上げた。

「ブリザードブレスを吐くのか……」

「ペンギンに見えて、内部構造は聖獣セイントドラゴン同然だ。魔力源としては有益だろう」

「それ以外に使えそうも無い」

 はっきりと結果を言ってのけ、祝詞を見下す。
 絹夜の言葉が終わらぬうちに昼休みの終了を告げるチャイムが鳴っていた。

「まぁいい、結果は出た」

 気だるく立ち上がった絹夜。

「午後の授業には参加するようだな」

「いいや、話がわかったなら俺は保健医のところに行くまでだ」

「お前、それで留年したらどうするんだ」

「くだらん」

 足を引きずるように去っていく絹夜に溜め息が出る。
 危なっかしいから心配をしているのに、本人は気がついていないようだ。

                  *               *              *

「あ〜ら、絹夜君、来てくれたのね! 先生、嬉しいわ〜!」

 と、口では言うが、目が死んでいる。
 充血した目をこすりながら急接近してくる大人の女を睨んで絹夜はふてくされた。

「ヒドイ面だ。それでは外に出られないな」

 嫌味を言ったつもりだったが、逆効果で、庵慈は真剣な眼差しで絹夜の胸に泣きつく。

「うわ〜ん、そうなの、もう調子悪くって、悪くって! お肌はぼろぼろだし、頭は痛いし、絹夜君、助けて〜!」

「…………?」

 調子が悪い。
 その言葉に引っかかる。
 自分と同じだ。
 魔女、毬栗ユマの仕業だろう。しかし庵慈までがこの調子とはどういうことだ。

「いつからなんだ?」

「絹夜君、優しい、心配してくれるのね!」

「お前に興味は無い、聞かれたことに答えろ」

「んもう、恥ずかしがり屋さん。えーっと、一週間くらい前かしら……。あの日はなんだか頭がぼんやりして最悪だったわ」

「…………」

 症状が同じ、時期も同じ。
 そして、原因は毬栗ユマ。
 あのファンクラブの連中はその症状で操られているのだろう、それは想像がつく。
 だが、何故自分と庵慈は中途半端な作用を示した?
 そして、効果の範囲は?
 毬栗ユマも具体的な狙いは?

「…………」

 無言で毒づく絹夜に庵慈が微笑みかける。

「答えは簡単。――邪眼」

「…………貴様、知っていたのか!?」

 オクルスムンディを見破られて絹夜は庵慈から警戒するように距離をとる。

「私に沈黙も嘘も不要よ。なんでもわかっちゃうんだから。それが私の邪眼の力。真実を見る力よ」

「…………」

「邪眼は”魔”に対する強い抵抗力ともなる」

 疲れた顔に余裕の表情を乗せて庵慈は腕を組んだ。

「ならば、何故、邪眼を持たない人間も術にかからなかった?」

「そうねぇ、それははっきりわからないけど、術式発動時に特定の範囲を指定しなければいけないんじゃないの?
 平面的な範囲、ターゲットの条件、時間帯……。魔術は万能では無いわ。様々な誓約の上に成り立っているのよ」

「わかっている、いちいちうるさい」

「怒っちゃ・イ・ヤ」

 絹夜の反応を楽しんでいるような庵慈。
 流そうとする絹夜だが、ねっとりと甘い言葉がまとわりついて苦戦する。

「絹夜君、今度先生が魔術についてたっぷり教えてあげるわね」

「くどいぞ」

「つれないなぁ。まぁいいや、話を進めましょう」

「…………」

「魔女部はあなたを狙っているはずだわ。だから、あなたを中心に魔術を実行した。
 二年の男子を中心に『マロンファンクラブ』は構成されているわ。これは確定的」

「それを何故お前が被害こうむっている」

「ビ・ン・カ・ン・な・の」

「…………。なるほど、それでどうだって言うんだ。本来の狙いは俺を連中のような腑抜けにして討つつもりだったということか。
 中途半端な策だ」

「それが、そうでもないの」

「何?」

「元々、あなたが術にかかるなんてことは考えてなかったでしょう。ただ、かかったら儲けもんだって、そのレベルね。
 そのせいで私にも別途術を集中狙いでかけたみたいだけど、二日酔いのほうが苦しいわ。
 本来の狙いは……絹夜君、大はずれ。――頭数による実力行使よ」

「…………ほう」

 目つきを鋭くした庵慈。
 だが、そこにはまだ愉悦が残っている。

「毬栗ユマは堂々と兵隊さんを集めているけど、あなたはどうするの?」

「悪いがここは千客万来になりそうだな…………」

「えーっ、絹夜君、イジワル〜」

 庵慈が哀れっぽい声を上げて絹夜が気に止めるわけがなく、彼はそのまま出て行ってしまった。
 その背中を見て一変、庵慈は妖艶に、そして冷たく微笑む。

「千客万来……果たしてそううまくいくのかしら?」

 この女も勝手気ままなのを絹夜はまだ知らない。












 <続く>



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