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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
25 *災厄/Calamity*3
 砂利が表面を覆う校庭の土をロッテジュジュの凶弾が抉る。
 水面のように黄土の飛沫を上げ、直線状に溝を作った。

「私と戦うだなんて……酷刑ですこと――滑稽ですこと!」

 一昔前の古いフォルムの怪獣が四方八方に光線を吐くが如く、ジェーンはロッテジュジュを振り回し、月天に、校舎に、地面に弾丸を吐き出す。
 ほとんど狙いを定めていないだけあってか後退している乙姫をユマに弾丸そのものは届かないものの、前衛は攻めることも守ることも出来ない。
 秋水のイーグルフォルテエシモの弾丸だけがジェーンに届くこともあるが、ことごとくかわされた。いや、弾丸の軌道が直前になって反れたのだ。

「あの女、一体どんな能力使ってやがるんだ!?」

「知るか」

 避けるのは簡単だが、前に進めない。もどかしさから絹夜は舌打ちばかりだった。

「見たところ、弾丸背負ってないみたいだが弾切れもしないな……」

「…………。もしかすると、だが、弾切れはないかもしれない」

「んだと?」

「半無限銃だってことだ。魔力が備わり、魔術を行うそれが”魔女”だ。
 だが、あれは真逆同質、聖力が備わり、聖法術を行う――面白くもない言い方だが、あれが”聖女”だ」

「うわ、俺の聖女像丸つぶれ」

 絹夜の仮定を認めるないなや、秋水は遠い目をして笑った。
 目の前の乱発シスターを視界に入れたくはなかったのだろう。

「で、解決策は?」

「一、お前を盾にする。
 二、あそこの字利家の人形を盾にする。
 三、おおよそ半日、あの銃撃戦中毒患者の弾丸を避ける」

「それ、解決策っていわねぇよ!」

 やれやれ、とため息をついて絹夜は四番目の提案をした。

「四、無いに等しいチームワークを発揮する」

 チームワーク。
 その単語を絹夜が知っているとは思わなかった秋水は目を点にした。
 チームワークという同音異義語で、もしかしたら別の意味かもしれない。

「チームワークって、皆で協力するって意味だぞ?」

「ああ、そうだ」

 やはり公共の意味で、絹夜独自の冗談か嫌味かではないようだ。

「患者は一人、俺たちは三人。直線状に放たれる攻撃をかわしながら近づくのは容易い」

 そこまではわかっているのだ。
 だが、問題はひとつ。三人のうち一人に数えられるモブとの意思疎通だ。
 日本語は通じるらしい。しかし、何を考えているのかが全くわからない。

「…………」

 一瞬、顔を見合わせて絹夜と秋水は距離をとった。
 モブを中心の囮役に仕向け、両側から攻め込む。
 左右と正面に散らばった三人を落とそうとロッテジュジュが首を左右させた。

「小ざかしい、ですわ!」

 やはり、距離がありすぎる。
 ほぼ止まずの弾丸、もう少し隙がほしい。

「藤咲!」

「うん!」

 絹夜の呼びかけに素早く答えて乙姫は三味線の弦を弾いた。

「先輩、あのシスターさんに目標となる匂いをつけてもらえます?」

「高いよ〜?」

 冗談だとは思うが、すぐに実行に移すユマ。

「くるくるくるくるカプチーノ!」

 この呪文も板についてきた。

「では、始めます」

 弦を掻く。弦を押さえる指は蜘蛛のように動き、次々に音を作っていた。
 ざわっと、気配がうごめいた。

「む?」

 ジェーンもそれに気がついたようで、ロッテジュジュを休ませることなく耳を澄ます。
 ざわり、ざわりとうごめいていた。
 まるで学園を包む森そのものが、津波になって押し寄せてくるようだ。
 ふと、視界に紫紺の光を放つ蝶が目に入る。
 ふわりふわりと弱ったように眼前を舞っていた。
 一匹、二匹、三匹、四匹。

「目ざわり……ですわ」

 眼前の蝶を打ち砕く。
 それでも蝶は森の闇から浮き出した。
 五匹、六匹、七匹、八匹。
 同時に、かさごそという不気味な音の波も押し寄せていた。
 ジェーンの狂気にシンと静まり返っていた夜が目を覚ます。
 がさごそ、がさごそ。

「なんですの……?」

 黒い波。
 銃弾をぶちまけながら足元を見たジェーンはさすがに顔色を変えた。
 甲冑を着たような人の腕ほどもある大きなムカデやゲジ、蜘蛛がしらずしらずつけられた匂いに集まってきているのだ。
 毒をもっているであろう異常な大きさの蟲が迫ってくる。

「…………」

 だが、ジェーンはそれを無視して絹夜たちに向き直った。
 蟲がどうした。たかが蟲。そして、任務が最優先。それさえ判断できればジェーンにとって支障は無い。

「無駄ですわ!!」

 ロッテジュジュと共にジェーンが咆哮した。
 まさしく、災厄の名を冠るに相応しく荒れ狂った形相で正面を睨む。
 一方で、黒い甲冑の蟲が彼女の足に到達していた。それを避けようとジェーンが一歩下がる。あわせて、蟲も追いかける。さらに、背後からも追い詰める。

「くッ! 所詮……!」

 ロッテジュジュが下がった。
 それを観察していた秋水が眉間に皺を寄せた。

「地面を打ち始めたぞ?」

「幻影に捕まったんだろう」

 そう、幻影。
 全ては幻。実在したのは香りを頼りに乙姫が放った紫紺の蝶だけなのだ。
 その幻影に捕らえられ、ジェーンは注意をそらしている。

「ふん、酷刑だな。そして、滑稽だな」

 犬歯をむき出し悪魔のように笑って絹夜はジェーンの台詞を繰り返した。
 こうなってしまえばロッテジュジュを叩き落すことは容易に出来るだろう。


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