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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
25 *災厄/Calamity*2
 そして、怒涛が鼓膜を振るわせた。
 刹那の出来事だ。
 魔女部の部室に虚空の稲妻が走る。
 反射的に裂は身を弾いて織姫の上に被さったが、それで敵の攻撃が防げるとは思ってもいなかった。

「ぐッ」

 内臓を揺らす爆音に噛み付くように裂は吼える。

「部長! 大丈夫ですか!?」

「ぁ……ぐ」

 元々血の気のないその顔でうめくと、彼女はひどい病でも抱えているのではないかと心配になりそうだが、今はそれどころではない。
 脅威が差し迫っている。
 上半身を起き上がらせ、敵を見据えた。

「魔女は非力で他愛ないですね」

 光差す四角に切り取られた入り口から長身の黒い影が迫ってくる。
 ドアと一緒に裂がバリケードに立てかけたあらゆるものが粉塵となって破壊され、部屋中に散らばっていた。
 埃も舞っている中で、男が見せた歯が白く光る。

「野蛮、よりはマシです」

 半分以上強がりだと内心認めながら裂はソウルイーターを構えた。
 完全に下半身は座ってしまっている。もし、うまく逃げられたとしても自分が避ければ織姫が危険だ。

「少年少女、申し訳ないがこれが僕の仕事だ。僕の生業だ。運が悪かったと素直に諦めてくれ、アーメン」

 男――雛彦が両手に下げた細身の剣が重なった剣先から冷たい音を立てた。
 カン、キン、ギシャン。
 裂は、海外のアニメで、ネコがネズミを追い掛け回し、
 捕まえられたネズミを食べようとするネコが大げさにナイフとフォークを擦り合わせ音を立てるのを思い出した。
 そのアニメではネズミは機転を利かせてネコを騙し、見事皿の上から脱出するのだが、今の自分には何も思いつかないことを再確認させられる。
 窮鼠猫を噛む、か?
 いつの間にか汗ばんでいた右手に構えたソウルイーターに力を込めるが、うまく魔力が流れなかった。思ってもみなかったが震えていたのだ。
 カン、キン、ガシャン。
 ナイフとフォークをネコが掲げる。

「アディーオ、少年少女」

 回避を!
 白い剣、黒い剣が風を切った音の途中、それは降下を止め、床とは水平にはしった。
 剣を眼前で直角に方向転換させ、自らの体も半回転させる雛彦。
 余裕のあった双眼は刹那にその色を失った。

「strega! "veritiero strega"!!」

 そして、思わずその二つ名をイタリア語で叫んだ。
 ギリっと口の端を強く噛んで雛彦は背後に立っていた赤い髪の魔女に剣を向ける。

「ciao reverendo」

 大げさとも言えるニュアンスで、しかし聞いても意味不明な発音で庵慈は返した。

「牧原、部長は健在?」

 いつもの女王様気取りの口調が今だけは頼もしい。
 裂は舌打ちしながらも答えた。

「僕が守っているのですから、当然です!」

「あらあ。言うじゃない。帰っていい?」

「フン、好きにしたらどうですか!」

「あははは〜ん、スネちゃった」

 自分の都合のいいように解釈している庵慈の後ろで、衣鶴がンナイフを構えて毛を逆立てるように身を縮めている。
 本来ならそうなるほど、雛彦の闘気は空気中に染み出していた。
 裂も体が素直に動くならそうしたかった。
 だが、庵慈だけは毒々しく実った胸を見せ付けるようにしっかりと背筋を伸ばしている。

「着任早々、攻撃開始とは……。余程仕事熱心なのね」

「君は一体どういった意向かな? 法皇庁に逆らうなどとあっては的場ダイゴも悲しく思うのではないかな」

 ダイゴの名が出て肩を震わせたのは衣鶴だった。
 しかし、それを知っていて庵慈が口元を歪ませた。

「ダイゴの恨み辛みなら喜んで背負うわ!」

 パチン、と指を鳴らす、と同時に庵慈の顔の前あたりから火の矢が走った。
 糸のような細い光が、魔女部の部室を焼かないために手加減されているものだとは見て取れ、それでは力不足であることも術者である庵慈も承知だった。
 雛彦が容赦なく剣を振るう。それを前に出た衣鶴が両手に構えたナイフで受けた。

「くッ」

 雛彦の片腕の一刀を一歩下がりながら受け止めた衣鶴に彼は微笑みかける。

「君、筋がいいね。訓練を受ければ浄化班でもやっていけるよ」

「俺は訓練、勘弁」

 剣先を思いきり弾いて距離をとったがまるで遊ばれている。
 雛彦が警戒するにたるのは”真性”の魔女である庵慈だけなのだ。

「裏切り行為と見做し、君も排除させてもらおう。法皇庁の命に従えぬなら敵だ」

 ピッと破剣を庵慈に向ける雛彦。庵慈もその不適な笑みを受けて――緊張から――口元が吊りあがった。

「”ヨハネ”の勢力ならば私も容赦はしない」

「!?」

 闇からの声。
 廊下からの光だけが縦長に落ちた魔女部部室の中、濃紺の闇にまぎれて何かが形を作っていた。
 最初は砂塵のように朧に。そして幽かに形を現し、存在を成す。
 現象は裂と雛彦の間で起こっていた。

「すいませんね、力を使わせてしまいました。織姫部長」

 何も無かった闇から構成された字利家は無骨な魔剣を引きずりながら雛彦と対峙する。
 彼女の言葉で、その異変が藤咲織姫の技だと、気がついた裂は織姫の顔を覗き込む。
 織姫は血相の悪い顔をもっと白くして額に汗の珠を作っていたが、確かに字利家に小さくうなずいた。
 裂はその満足げな表情がなんとも悔しく思えたが、その反面今までひた隠しにされていた織姫の力を目の当たりにして驚く。

「ほほう……、これはこれは……」

 雛彦もそれに気がついて感嘆した。

「テレポーテーション……?」

 庵慈のいぶかしみに字利家は小さく首をふり、今はそれどころではないと目で示す。
 そうだ、まだ逆転はしていない。なんせ、字利家の魔剣はここで振り回すには大きすぎる。
 彼女一人ならどうにかするのだろうが、前後に味方が居ては彼女も動きづらいだろう。

「牧原くん、部長をお願いする」 

「そうね、マッキー。ここは私たちが抑えるわ」

 庵慈、字利家に言われ、裂はしかめ面をしながら織姫を抱える。

「部長、しっかりしてください!」

 肩に背負い、顔色を確かめるがまるで重病人のようにぐったりとしていた。
 元々顔色の悪い彼女だからどこまで疲弊しているのかも裂には見当がつかなかった。しかし、それを押して走らせなければならないほどここは危険だ。

「黒金雛彦、覚悟!」

 字利家が魔剣を立てる。
 まさか、と思ったときにはすでに壁となった魔剣が雛彦を廊下に押し出し、戦闘の舞台を移していた。

「牧原! 保健室に! 結界はがら空きにしておいて上げるわ!」

 廊下のはじにある魔女部部室から反対側までもつれた字利家と雛彦の戦闘が激しくなった。
 それに参戦しようと庵慈と衣鶴が走り出し、廊下の先に駆け出す。

「……何を恩着せがましいことを!」

 魔女部が今この状態である以上、保健室に張ってある結界は無意味なものだ。
 保健室の結界を解除して、その分戦闘に力を回したいのは当然庵慈のほうなのだ。
 だが、その嫌味に答えがなく、裂は少し心細く感じた。


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