NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
24 *復活/Revive*4
昼になってやっと教室に顔を出した絹夜だが、他人が近づけないほど悪いオーラを放っていた。
その場で弁当を広げようとしていた乙姫は隣にどかっとそんな絹夜が座って目を丸くする。
「ど、どうしたの?」
「どうしたもこうしたも……」
何か嫌なことだったのか、絹夜は頭を抱えて机に伏せた。
よく見れば制服はところどころ破れているし、彼の頭にはしおれた雑草がついている。
ウルフマンと戦ったにしては様子がおかしい。
「絹夜くん、ご飯食べた?」
「…………」
まるで遭難者のような散々ぼろぼろな絹夜。
無視、ということはかかわらないでほしいということか。乙姫は十分に絹夜の扱いを覚えていた。
しかし、何をそんなに傷ついているのかわからない。
「いただきます……」
ほうっておこう。
乙姫が箸を構えて両手を合わせた途端、絹夜の腹の虫が素直に鳴いた。
「…………」
「…………」
「警備室でダメ人間にたかってくる」
「まずいよ、柴さん、今落ち込んでるのに……!」
「そのほかにあいつの利用価値があるか?」
「…………。あるよ!」
ひどく間を置いて賢明に否定するあたりもういっぱいいっぱいな乙姫。
どこが、と聞いても乙姫を黙らせるだけなので絹夜は背を向けた。
「陰気なオーラ放ってたら近寄らない。陰気が感染したら嫌だからな」
「十分陰気やがな」
東海林が通り過ぎざま言うが、もはや叩きのめしはしない。
十分叩きのめしたが東海林の突っ込みは治らなかったのだ。
「待って、私も行く!」
ばたばたとする乙姫を待たずに絹夜は先に警備員室に歩き出す。
「あー、仲のよろしいこってー。ええなぁ、黒金」
ぼやいた東海林の声に赤くなりながら乙姫も彼の後を追いかけた。
やはり、チロルがいないと間が持たないのである。
警備室に到着する前に絹夜と合流し、乙姫は忠告する。
「ええと、開けて見て、ちょっとでもダメだったら話しかけられても無視して逃げるからね」
「お前、柴には結構シビアなこと言うな」
口調がかわいらしい分、本人以外にはさらっと聞き流せるかもしれないが、随分と棘のある言葉だ。
一瞬、乙姫は間をおいたが、聞こえなかったふりをして警備室の扉に手をかけ、そっと引いた。
「ん?」
いいにおいがする。
何かを炒める音も聞こえた。
「柴、すでに復活か?」
絹夜が乙姫を抜いて居間にまで侵入、しかし、そこで砂嵐のテレビ画面に向かって体育すわりをしている卓郎を発見した。
目に見えるダークな空気の放ちっぷりだ。
では料理をしているのは……。
「引き返せ、風見かもしれない」
「チロちゃん、朝からいなかったよ? それに、チロちゃんがこんなにいいにおいの料理作れるとは思えない……」
それもそうだ。
特に後半の言い分はもっともだ。
さらに奥を覗き込もうとすると、火の音に加え、鼻歌が聞こえる。
しかも全然楽しそうではない単調な鼻歌だ。
諌村祝詞……な、わけがない。第一、キッチンに立てるペンギンではない。
上がりこんでのれんの先に立つ足元を確認した。
男子制服?
「何してるんだい?」
推測する前にのれんをわけて字利家が顔を出す。
片手には大きめな皿が乗っていた。
「あ、字利家くん……何……やってるの?」
「保護」
そう言って、卓袱台に皿を置く字利家。
シャツの上に着たフリルのエプロンがなんとも笑えない。
女でもここまでエプロンというものが似合わない人種もいるもんだと乙姫は痛感した。
そして、字利家はキッチンからフライパンを持ってきてそのまま中身を皿に盛り付けた。
湯気の立つ野菜のペペロンチーノだ。
しかも、色合いが見事で、乙姫は自分の料理とのグレードの違いに驚く。
段違いに高い。
アスパラガスなんかは綺麗な切れ目細工がされ、扇子のように広がっている。
「ほ、本当になんでも出来るんですね!」
「うん。掃除嫌いだけどね」
またも無表情だがそれが自信ありげに見えた。
「ほら、卓郎。食事くらいしろ。お前はチロルのようにうまくは出来ていないんだ」
「い」
いらない、もしくはいい、と断ろうとしたのだろう。
だが、一文字聞いただけで字利家はまだ火からはずしたばかりのフライパンの側面を卓郎の後頭部に当てた。
「イチャーッ!!」
じゅっという小さな音と共にころが回る卓郎。
いくらなんでも無表情でそれをやると怖い。
表情が見えないだけ、普段滅多に怒らないだけ恐ろしい。
「食わないなら作っているときに言ってくれないと困る」
「…………」
正論だが、まず熱したフライパンを押し当てたのは間違いだ。
後頭部を抑えながら字利家を睨む卓郎。
彼が言いたいことは良くわかるが、巻き込まれたくないので絹夜も乙姫も無言のままだった。
「二人とも、昼食がまだだったらこれ、片付けないか?」
「あ、私はあるけど……絹夜くんが」
言い終える前に字利家がちゃっちゃと動く。
盛り付け、振る舞い、笑顔(作り笑い)。
「…………」
「そんなに見つめられても……。ああ、お茶? お茶は〜……」
一度座ったと思ったらふらっと立ち上がってまたキッチンに戻る字利家。
意外な一面が発覚したというか、また謎が深まったというか。
「字利家君って、所帯じみてるね……」
乙姫はそういうが、絹夜にとっては目の前の食事が食える代物であればいいのか次から次へと口に運んでいた。
「…………」
ただ口を動かすだけの絹夜に乙姫は冷たい視線を送る。
字利家がお茶を出して自分の家のごとくくつろいでいるのを卓郎は怨念のこもった視線で突き刺した。
対して字利家は、ずずずと湯飲みを傾けた。
「あ、そうそう」
卓郎を無視して字利家がいつもよりいくばくか高い声で話をする。
「黒金、法皇庁のエージェントが追加参戦したぞ。今朝、うちのクラスに転入生があってな。かなり胡散臭い感じの女だった」
「お前より胡散臭い女か?」
「ああ」
嫌味も涼しい顔で受け止める。
もしかしたら字利家は本当にどこまでも天然で、気がついていないのかもしれない。
「武器を持ち込んでいる。今夜は覚悟しておけ、私もこいつ等と魔女部をガードしなければならない」
こいつ等というのはNGのことだろう。
敵対視されながらそれを守らなければならないとは、難儀な立場だ。
「さて、例のごとく皆々様に召集かけるのか?」
「俺は勝手にやる」
「…………」
黙ってむっとなったのは乙姫だ。
勝手にやられてはたまったものではない。
多分、自分が駆けずり回って裂やユマ、衣鶴などを呼ばなければならないのだ。
NGがそれとなく行っていた情報操作だが、やはりNGが動かないとつらいものがある。
「私、皆に声かけます」
「ふむ。では、私は連中の動きを見させてもらうよ。ここにはどうやらいい設備がそろっているようだからね」
本当はそっちが目当てだったのかもしれない。
字利家は入ったばかりの警備室の中を自分の知ったところと言わんばかりに動いている。
ずうずうしいを通り越して気味が悪かった。
「さて、大方の話は終わったか?」
絹夜が突然に切り出す。
「ああ、終わったよ」
字利家がにっこりと作り笑いを浮かべた。
「では、ちょっと聞こうか。字利家、貴様、今朝俺に何を嗾けた? 魔道生物ではないな。2046が通用しなかった」
「…………」
乙姫は内心呆れた。
絹夜が遅れていたのは字利家の仕業だったと判明すると、よくもいけしゃあしゃあと教科書を借りに来れたものだ。
そして、またも字利家はいけしゃあしゃあと言ってのける。
「え、黒金……チュパカブラを知らないのか?」
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