NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
24 *復活/Revive*3
乙姫から教科書を奪取した字利家はおとなしく教室に戻った。
教室は自分を囲もうとする女子たちが大勢で疲れるが、特にやることもないときは話し相手をする。
人間が嫌いなわけではない。話が嫌いなわけではない。むしろ、どちらも好きだ。
開いていないと体裁が整わないので一時限目の教科書を机の上に出す。やたらめったら几帳面に書かれたノートもあるが、それは本当に寮に忘れてきた。
「ねぇ、字利家くん。好きな子とか出来たの?」
「え? 唐突だね。僕、変かな?」
わっと女子たちが集まる。
こうなってしまうとどうしても男女の内部分裂が起こってあまりいい気がしない。
実際、字利家は男子諸君とは不仲だった。
顔も頭も性格も良く、ついでに運動もできて音楽の才能もある。
それがつっかかっているのだろう。
「ううん……あのね」
言いにくそうにする茶髪の女生徒。
それを横からすれた感じの声が遮った。
「こいつ、字利家君に惚れ薬使ってたのよ! 最低だと思わない!?」
びくっと茶髪の彼女の身がすくんだ。
ああ、それがまだあったか、と字利家は思うが顔には出さない。
少しでも困った顔をすれば、彼女に火の粉がかかるだろう。
ついでに、効いてないなんて言えば、それを出まわした毬栗ユマに矛先が向く。
うまくフォローするのは慣れている。
惚れ薬を使うことを阻止しようとしていた女子グループの視線が彼女に刺さった。
今にもヒステリックな声を上げそうな彼女たちにと、泣きそうな女子生徒の間で字利家は場違いに笑った。
「そっか。あの騒動はそのためだったんだね。でも、僕、その後友達とふざけあって大怪我してさ、気絶してたんだ。
ごめんね、タイミング悪くて。今度はもっと持続時間が長そうで強烈なヤツで頼むよ」
気絶していたのには変わりない。
ただ、効かなかったのはそうではない。
自分が女性だからだ。それを言ってしまえばこの問題は簡単に収拾がつくが、さらなる問題に発展しかねない。
特に、柴卓郎関係で。彼が女性にコンプレックスを抱いているのはわかる。
だからこそ、思い切り自分をぶん殴れるようにここまでしているのだ。彼同様、他の連中にも女だからとナメてもらっては困る。
フェアじゃないと、自分が困る。
「ほら、先生きたよ」
爆弾発言にしんとなった教室内に無理やり終止符を打つ。
掴み所のない、といえば軽いが、嫌悪感を持つものは得体の知れない、と表現する。
それも仕方ない。
字利家はさまざまな視線を浴びつつ、教科書を開いて目を通す。
朝のHRの時になんとなく見ていれば授業中に不意にあてられてもスマートに対応できる。
だが、担任の第一声に字利家はパタンと教科書を閉じた。
「今日は転入生を紹介するぞー!」
「えー! そんな話なかったのに!」
「へっへっへ、先生、隠すの大変だったからな。たまにはこうしてお前らを驚かせたかったんだ」
「先生の話いーから!」
和やかな笑いが起こる。
字利家は瞬間的に警戒線を張った。
半径数メートルなら何がおきているか手に取るようにわかる。
コウモリが獲物を取るときの特殊な音波を口から放ち様子を窺った。
教師が廊下に転入生を迎えに行く。
すぐに転入生が顔を出した。
しずしずと、そして軽やかな動きで教壇の前まで進む。
おお、と歓声が上がった。
「…………」
嫌な匂いがした。
字利家は敏感にその気配を匂いとして感じ取り息を止める。
不快な匂いだ。
人の命を奪う硝煙の匂いだ。
「チャオですわ、ジャッポネーゼ」
灰褐色の髪を揺らし、直角に腰を曲げた転入生の少女。
大人っぽい雰囲気で、おとなしそうでもある。
ワインレッドに近い目と白い肌、白人の少女に皆目が釘付けだった。
大きな縁なしの眼鏡と、大きく後ろに撫で付けた前髪が目立つ。広く開いた額から早速『デコ』とあだ名付けられそうだ。
「イタリアから留学してまいりました、ジェーン・ディデュカと申します。
日本の生活はまだまだ慣れないこともありますが、どうか皆様、仲良くしてくださいまし」
外国のお嬢様。
そんな彼女の手には大きな筒状のバッグが下げられている。
バット四、五本入りそうな太さだが長さはバットより少し短かった。
「……弁当箱?」
一番ないところから言い当てようとする字利家。
誰の耳にも大ボケが届かなかったのか、彼女の言葉に何の反応もない。もちろん、彼女自身もだ。
字利家の席から離れたところにジェーン嬢が落ち着いて、何事もないように授業が始まる。
字利家の感知内に入った彼女のバッグの中身を音波で探る。
金属だ。
「…………」
硝煙。
筒型。
金属。
思考回路がぶっちぎりに間違っている字利家でもそのバッグの中身が平和に必要ない代物だとわかる。
こうして自分に感知されないままここまで来る相手は今のところひとつしか考えられない。
法皇庁。
このままヨハネの手下と同室する気分にもなれず、字利家は一時間目が終了すると同時に蒸発した。
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