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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
24 *復活/Revive*1
 着席早々、黄色い声と共に登場した字利家に乙姫はつい引きつった笑顔を向けた。

「あの、藤咲さん」

 相変わらず学ランに身を包み、男装を貫くつもりらしいがそれでも彼女の雰囲気には慣れない。
 しかも、女子たちの敵対心のこもった視線が痛いのだ。

「あーっと……。字利家くん、今日はどうしたの?」

「教科書貸して」

「え?」

「きょーかしょ。全部忘れてきちゃった。カバンだと思って持ってきたらツチノコだったんだよね。この辺、多くて困るよね」

「同感しかねます……」

 真面目で冷静な人物かと見直した翌日これだ。
 乙姫が使わない教科書を机から選んでいるうちに、字利家は絹夜の席、そしてチロルの席を見た。
 どちらも空いている。

「二人は?」

「絹夜くんは午前中か午後しかいないの。チロちゃんは……出てきにくいみたい」

 チロルに関して字利家は眉ひとつ動かさず、少し重く息を吐いただけだった。
 使わないあるだけの教科書を字利家に渡し、乙姫はその目を覗き込んだ。

「何?」

「ヨハネはキリストを洗礼する者、でしたよね」

「勉強したのかい?」

 こくりと頷いた乙姫に字利家は悲しそうな笑みを浮かべ、そうか、と答えた。
 どうしてこの人の笑顔はいつも後悔にまみれ、許しを請うようなのだろう。
 乙姫は思いながら、彼女が未だに心からの明るい表情を浮かべたこともないのを改めて知った。

「天使もキリストを助ける存在じゃないんですか?」

 少し冷たい物言いになって、乙姫は気まずくなったが、字利家は少しおどけ、やはり悲しく呟く。

「キリストに関連する新約聖書からはラファエルの名は消去されている」

「消去……?」

「その他もだ。四大天使に数えられるラファエルの名が、聖書にほとんど記述がない。フフ、不自然な話だろう?
 彼らは都合が悪くなると、その存在をデータ上から吹き消す」

「彼ら……って、ヨハネのこと?」

「ああ、”イエス・キリスト”を祝福するものたちだ」

 大きく不特定多数のことを言っているような気がする。
 乙姫は昨晩読み漁った資料の中の聖書に登場する人物たちを思い出した。
 横文字が多くほとんどの名前はもう頭から飛び去っているが、同姓の人間もやたらいたので、ものすごい人数なのだろう。

「藤咲さん」

「あ、はい」

 字利家はいつもの愛想笑いで乙姫を見つめた。
 女性だとわかっていても美人にはかわりなく、しかも静かに字利家のおっかけたちの視線が締まってくる。

「大まかな新約聖書のキリストの話は、歴史の教科書に載ってるよ」

「ふぇえ?」

 その歴史の教科書を掲げて、字利家は背を向ける。
 間抜けな声を上げて乙姫は自分の口元に手を当てながら意地の悪い天使の背中をにらみつけた。
 ふと、その背中にある傷が視界によみがえる。

「…………」

 庵慈は、翼をもがれたみたいだといっていた。
 翼をもがれ、傷だらけの天使。
 一昔前の歌の歌詞のようだが、それが目の前にいても、まったくロマンティックではなかった。
 あらゆる正しい感情を持ちながら、それと釣り合うほどの、勝るほどの悲しみを背負った背中にロマンなど見えるはずもない。


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あきゅろす。
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