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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
23 *徘徊/Lost*5
 まるで悪い夢を見ているようだった。
 いつか覚める、そんなくだらないオチがあるんだ。
 言い聞かせるほど信用ならなかった。

「やっぱり、ここにいたんだ」

 呼びかけられても絹夜は振り返ることが出来なかった。
 濃紺の夜空、ちりばめられた星は降らない雪のようだ。

「絹夜くんは、絹夜くんだよ……」

「そうか」

「…………。チロちゃん、だね」

 自分がNGの敵、”イエス・キリスト”だということはまだ実感も無い。
 だが、唯一実感があるのは風見チロルが向けた銃口だった。
 転校してすぐに向けられた銃口が怖いと思ったことなんてなかった。
 だが、あの時だけは怖かった。
 なんて冷たい銃口なんだろう、と。

「そうだよね……、ひどいよね……あんなに絹夜くんと戦ってきてたのに”神”だっていう言葉だけで簡単に傷つけようとするなんて……」

「藤咲……」

「だって、ひどいよ……! ひどいよ、チロちゃん! NGは、冷たすぎる……」

 冷たい。
 そうだ、冷たいとも。
 連中は己を殺し、神を殺す。
 死んでいるんだ。

「藤咲、落ち着け。らしくないぞ」

「…………ごめんなさい」

 説得するように絹夜は乙姫に向かい合った。
 いつもいつも、何故だかそばにいる少女――藤咲乙姫。
 一歩引いて苦笑するだけの存在だと思っていた。だが、彼女が一番”強い”のだ。
 フェンスにもたれかかって制服のポケットに手を突っ込んだまま絹夜が首を傾けた。

「それが、NGだ。今更文句つけようが無い、連中にはそれでもどうにかしなきゃいけない理由がある」

「絹夜くん……」

「藤咲、俺はいい。俺より、風見……てか、チロルを頼む。諌村がいなかったら、あとお前しかいないだろ」

「絹夜、くん……?」

「……わかんだろ。頼むっつってんだよ、信じてやれよ、あいつのこと。お前が言い出したんだろ。
 ったく、お節介の空気感染とはな……」

 いつもの不機嫌な顔にちょっとした自信があった。
 これでいい、と彼はわかっていた。
 だが、乙姫には納得できなかった。

「どうして……、どうして絹夜くん、そんなに平然としていられるの。
 チロちゃんのことも、お兄さんのこともあるのに……」

「俺が? そうでもない。たった今頭がすっきりしたところだ」

 にやり、と絹夜は笑った。
 邪悪だ。しかし、揺ぎ無い。

「あのバカヒヨコ、脳みそが足りない足りないとは思っていたが予想以上だ。俺は兄貴の――”ヨハネ”のいいようにはならない。
 ああ、この舞台、踊ってやるとも――死ぬまでな!」

「絹夜くん……」

 それは転校してきたばかりの彼だ。
 それは変わり続けて最後にたどり着いた彼だ。

「ネガティヴ・グロリアス……。いいじゃないか……気に入った、気に入ったぞNG!」

 静かな、それでも地獄から這い出る悪魔のような声だ。
 そう、これが彼の邪悪、魔性、力だ。
 おびえて一歩引きながら乙姫はそれがたくましく思えた。

「”神”を否定、大いに結構。俺もその考えに乗らせてもらおう!」

「あッ!」

 左手で十字をきる。
 そして影から現れる青白い剣2046。
 正眼に構えてその歪みが消えたことを確かめた。

「俺は”神”ではない。大いに否定してやる。俺は”俺”だ、勝手にやる。
 字利家の力が俺の存在によって兄貴に及ばないなら答えはひとつ。字利家と共に、NGと共に、兄貴をぶっ飛ばすだけだ」

「……そか」

 乙姫は頷く。
 彼は”神”だ、そんなことを認めてはいない、それだけで十分だ。
 失われない、それでも戦い続ける。
 その意志を示すように2046は不気味に輝く。
 なんてことだ。
 乙姫は言葉にはせずにいつものように微笑んだ。
 邪悪の化身に。
 聖なる騎士に。
 まるで、祭りを楽しみにしているような少年に。














  <続く>



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