NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 22 *Agnus Dei*D
マスコミも落ち着いた一週間後だった。
ホテルのアンジェラの部屋のに電話がかかる。
上品な音を忌々しく思いながらも日中まで眠っていたアンジェラははいずり電話にたどり着いて耳に当てた。
「はい……」
今にも死にそうなアンジェラの声にフロントの女性が対抗しているのかやたらハキハキと告げた。
「ロビーにお客様のお知り合いと言う方がお見えになっています」
「あー? ……誰ー……?」
誰といわれても係員にはわからない。アンジェラはそのあとももごもご文句を言って結局はロビーに下りてきた。
地球に知り合いがいる記憶が無い。
そう思ったが、ロビーで派手な緑頭を発見してすぐに事情が読めた。
窓際のソファーに座った彼の正面に座ると、お互いに目を丸くする。
「あれ?」
「お?」
軍服以外の、Tシャツとジーパンという地味なアンジェラと化粧っ気の無い顔に髪を短く刈り上げ完全に男前な翡翠。
互いに指をさして確認しあう。
「オカマちゃんじゃなかったの……?」
「違うわよ、別にどっちでもいいってやつ。あんたこそ、何? その地味なカッコウ」
「この近所で安かったの」
「っかー……所帯じみてきたわね……」
「アタシの人生設計はがっちがちにきついんだから!!」
「それが現実、世間話しに来たんじゃないわ、いくわよ」
「ふぇー、今座ったばっかー……」
文句垂れ流しのアンジェラの首根っこ捕まえて翡翠は引きずった。
これが元解放軍と元地球軍だとは思えない。
むしろ友人のように見えただろう。
玄関に止まっていたカーローフ付きの赤いスポーツカーにアンジェラを突っ込み翡翠は運転席に座る。
アンジェラがまだ後部座席でカエルのようにひっくり返って倒れているのも構わずに車は発進。
「一つ、言っておくけどこれはSS隊とは関係が無いことだからね?」
風除けのサングラスをかけた翡翠がバックミラー越しにアンジェラを睨んだ。
「SS……ラッセルのこと?」
「平たく言うと、そうね」
「私もよくわかんないんだよね〜……」
遠い空は赤茶けたテキサスの山々で区切られていた。
緑の無い乾いた大地に目をやってアンジェラはぼやく。
「わかんないよ……あいつのこと……」
翡翠はその言葉を聴いていないことにする。
そのまま車を走らせ、ついたのは地球軍の病棟だった。
ずんずんと進む翡翠に怯えたネコのように後ろをついてゆくアンジェラ。
ここには自分が傷つけた者たちがいると思うとさすがのアンジェラも廊下の真ん中を堂々と歩けなかった。
翡翠が案内したのは個室で、中に入ると結構な大きさの部屋が広がっている。
奥のベッドには包帯を巻いた片腕の青年が本を開いていた。
「あ、先輩、こんにちわ」
「あんたまた徹夜して本なんか読んでたの?」
そんなごく普通の会話が流れている。アンジェラは入り口に立ち尽くしていた。
あの時の三段笑い青年だ。
「あ、あの人……」
ユーバーの言葉にすくみあがってアンジェラは背を正す。
「こ、こんにちわ」
「こんにちわ」
半分が焼けた顔でそれでも極上の笑顔でユーバーは彼女を迎えた。
「座んな」
翡翠が奥から出した椅子にアンジェラが腰をかけ、彼はさらに奥にゆく。
「アンジェラ・バロッチェ、お茶飲む?」
「え?」
「紅茶と……あれだわ、グリーンティーがある」
奥は台所なのだろうか、あまりにも普通でアンジェラは流されるまま紅茶を頼んだ。
「すいません、先輩、世話焼きだから」
にこにことしているユーバーもあのときのようにネジが外れた男ではない。
「誰が世話焼きよ! 世話焼きたくて焼いてるんじゃないわよ!」
奥から翡翠が顔を出して、アンジェラは笑った。
それにあわせてユーバーも微笑む。
「今は大変そうですね。マスコミが<天使の顎>の正体を突き止めようとしている……。
どうして公表しないんですか?」
「……うーん、追い掛け回されるのは嫌だし、このまま伝説にしちゃってもいいかなって。
それに、<天使の顎>は実際、私一人じゃなかったと思うの」
「?」
「皆とか、そういうのが、全部ひっくるめて<天使の顎>だったと思ってる。だから、私ですって名乗れないよ」
「そう、ですか……」
話が落ち着いたところで翡翠がプレート乗せた紅茶を運んできた。
「いい話じゃない、泣けちゃう」
嘘付け、と思わず突っ込みたくなるくらい彼は淡々と紅茶を配る。
本当は話も聞いていなかっただろう。
高級そうなティーカップに綺麗な色の紅茶が入っている。
それを口にするユーバーの仕草が上品でまるであの放送禁止用語青年だとは思えない。
アンジェラも紅茶を口にして本題に入った。
「それで、用事って何?」
「ああ、それなんですが……」
切り替えしてきたのは翡翠ではなくユーバーだった。
彼は枕元にあるタンスに向かって身を捩り回し棚から一つ、金の大きなロケットを取り出す。
アンジェラにそれを手渡すと、あけてください、と言ったきり見守るだけになった。
ロケットを見て、それがなんなのかよくわからず言われたままに開く。
「…………え、これ……」
三人の男女が笑っていた。
とても幸せそうだった。
ラッセルと、カナコと、レイジだ。
「…………」
涙が溢れる。
カナコとしてではない、アンジェラとして彼らを弔う気持ちが溢れていた。
「総督は……ラッセル先輩は、海に捨ててくれと言ったんです。たぶん、この写真の海のことを言っているんだと思って。
心当たりはありますか?」
「うん、うん……ちょっと、待って……」
涙を拭いながらアンジェラは絶え絶えに言った。
「カリフォルニアの、モントレーにね、大学の跡地があると思うの……。そこに岬があってね……」
「ありがとうございます」
「ううん、ありがとう、ありがとう……」
ラッセルがそんなものを大事にしていたことが嬉しかった。
そこに、三人の大事な時間が詰まっている。
幸せが詰まっている。
運命が砕いた幸せだが、そんな時間があったこと、それをラッセルが大切な思い出としてしまっていたことが嬉しかった。
本当に、彼らは優しかったのだろう。
痛む目頭を押さえてアンジェラはそっとロケットを閉じた。
さようなら、さようなら。
それから、ありがとう。
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