[携帯モード] [URL送信]

NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 22 *Agnus Dei*B
 9月3日。
 宇宙空間に身元不明の漂流死体が解放軍戦闘母船マグダリアに発見される。
 フリーズドライでもされたように乾ききった死体は見る影もなく、宇宙服の中でバラバラになっていた。
 ただ、その指は救難信号のボタンを押し続け、そのレーダーが示す位置からもうひとつ、漂流者が見つかった。
 そう見つかるように仕組んだのが卓郎だ。
 漂流者は、カナコ・マクレーン。いや、後のアンジェラ・バロッチェだ。


 白い炎、花咲く岬、海の匂い。
 黄昏、稲妻、鼓動悔恨隕石呪縛上昇迷彩銃声横暴天クウ弱点キボウソウ難サクジョ根テイ豪華マホウチキュウボウソウブンカイイイイいイイいいイイイイイ

 宇宙。


「っハ!」

 怯える吐息が自分のものと理解できるまで時間がかかった。
 酷い夢を見ていた気もするがよく覚えていない。いや、酷いだけの夢ではなかったはずだ。
 両手が操縦桿を握っていた。
 ハッチの外には宇宙が広がっている。
 戦闘機の中だ!
 目覚めてから気づくまで2秒。実際、夢を見たのもほんの数秒だ。いや、数秒か?
 地球軌道Lv5。戦闘機の残骸が列を成している。
 名誉と死が隣り合わせたその場所でまた戦闘機が縺れている。
 ギアを入れなおす。
 操縦桿が撓るほど無理やり戦闘機をバレルロールさせ、標的となる地球連合軍の戦闘機に狙いを定めた。
 司令室につながったモニターから観測員が叫んでいる。

「駄目です!! 近すぎます!!」

 カオが今日もうるさい。わかっている、わかりきっている。
 そう思いながらそれを無視して機体は地球連合軍の戦闘機めがけていく。
 再度忠告をしようとしたカオのヘッドマイクを取り上げ、銀髪の男が代わりに語りかけた。

「やってしまいなさい」

 穏やかで冷たい笑みを浮かべ、銀髪の男はモニター越しに戦闘機のパイロットを見つめる。
 アンジェラ・バロッチェ、それが彼女の名だ。
 淡くグロスを塗った形のいい唇を一舐めして、彼女は眼前のスイッチをピアノを奏でるように叩いていく。
 一番から六番までの光子ミサイルが装填と同時に発射され、機体からは二本のフォトンレーザーがのびる。
 残骸もろとも粉砕し、撃破し、殲滅させながらその戦闘機が<天使の顎>を闊歩する。

「生体反応、ロストしました……」

 カオは震える唇を悟られまいと顔を強張らせながら勝利を告げた。
 帰還してもすぐには機体を降りないのがアンジェラ。三分ほどぼんやりしながら考えた。
 意識を失うなんて彼女らしくなかった。
 だが要因がわからない以上、対処のしようが無い。溜め息をついてアンジェラは機体を降りる。
 降りたところで彼女は違和感を覚えた。

「戦闘機はこんなに多かったか……?」

 十二台の戦闘機のひとつ、牡羊座宮アリエスがアンジェラの愛機だった。いや、アリエスか?
 そんな細かいことは気にしないのが彼女の気性、そのはずだった。
 違う。
 何かが違う。

[アンジェラ一等士官、至急、司令室にお越しください。繰り返します……]

「…………」

 この違和感は拭えないが、ここで立ち止まっていても仕方ない。
 やれやれ、と肩をすくめてアンジェラは司令室に走った。尊敬と好意を抱く悪魔司令官のご命令とあらば黙って歩を進めるしかあるまい。
 好意?
 いや、そんな単純なものだっただろうか。

「…………疲れてるのかな」

 母艦マグダリアの心臓部、司令室はいつもながら陰気である。
 観測員、十名がモニターとにらめっこしているがモニターが何を示しているのかアンジェラには到底わからない。
 その中心の席に腰をすえていたのが銀髪の男、ラッセル。
 気だるい動きで席を立つ。

「ご苦労様。少しお疲れのようですね」

「そう……。そうなの。だから早く話を切り上げてほしいの……」

「顔色が優れないようですね。休みますか?」

「そこまで悪くないよ、大丈夫! ほら、何よ!」

 上官にもこの態度のアンジェラをラッセルは少し笑った。人をおちょくった意地の悪い笑みだ。
 こういう時はあまりいい展開にならないのをアンジェラは身をもって知っている。

「地球支部から数名の候補生が派遣されました。応接室に待たせてあります。ではよろしく」

「はぁ……」

「ご希望通りに話を早々に切り上げましたが、どうしたんですか? 文句のひとつくらい言われると思ったのですが……」

「…………」

 これは嫌がらせなのか彼なりのジョークなのか理解ができない。
 ただ、とてつもなく弱い男だということは知っていた。どうして?

「かなり心配なところもありますが先輩として後輩の面倒をちゃんと見るんですよ、アンジェラ一等教官」

「…………了解」

「…………熱でもあるんじゃないですか?」

「具合悪いかも……」

「じゃあ、お願いしますよ」

「労わってよ!! ……本当に人が悪い」

 いつものように見下した笑顔のラッセル。
 それに対抗してアンジェラも精一杯の笑顔を返した。

「うふふふふ」

「ははははは」

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

「はははははははははははははははははははは」

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
 …………って面白くないわー!!」

「お静かに」

 ラッセルは激昂するアンジェラの喉を手にしたファイルで突く。
 急所に入ったのかアンジェラはむせ返って静かになった。

「じゃ、お願いしますね」

 そういってラッセルはファイルを押し付けると何事も無かったように司令官長の席に戻る。

「…………」

 アンジェラは理不尽を訴える目でラッセルの後頭部を睨んだがしばらくして無駄なことに気がついた。
 どんなに熱い視線を送っても気づかれないのはよくわかっている。
 そういう男なのだ。
 そうだったか?

「…………」

 さらに睨む。
 だが、やはり変わらない。
 変わらないが、彼女はラッセルがそこにいることが不自然に思えた。
 おとなしく任務に使われる。
 灰色の髪の女の子を迎えて、その晩、食堂でグラスを傾ける。
 調子が悪いときはこれに限った。
 今日は泥酔するまで飲んでそのまま寝てやる、彼女はそのつもりで酒瓶をかき集めた。
 テーブルにどっさり酒瓶を集めてさぁ、これからだ、というときに肩をぽんぽんと叩かれた。

「おい」

「あれ?」

 前髪がうざったく顔にかかった灰色の整備服、ダサい眼鏡は久々に見た。
 久々? つい昨日見たばかりじゃないか。

「何やってんだ、こんなところで」

「酒盛り?」

「違ーう、そうじゃないッ」

 おっとりしたテンションはどこへやら、彼は随分と逞しい物言いになっている。
 いつの間にか猫背も解消されていた。

「お前は若干、次元がずれている。ここの次元のアンジェラ・バロッチェではないな?」

「ええと、何?」

「俺に感謝しろ、いや、お前に恩を売るのは不吉な予感がするな……」

「卓郎さん?」

「一体、この時空を何周していたんだ、お前は!! 何度も同じこと繰り返していると元いたところを忘れるぞ!
 ああ〜……、その様子じゃ二桁は同じ宇宙戦争やってぐるぐる回ってたな!?」

「怒られる原因がわかんない……」

 見かねた卓郎がアンジェラの頭に手を当てる。
 前髪をかき乱してポンと突き放す。

「はにゃら〜?」

 よろよろと後ずさりしりもちをついてアンジェラは首をかしげた。
 何か、大切な……。
 大切な……。
 大切……。

「…………。ふあーッ!!」

 何を血迷ったか卓郎の首を絞めるアンジェラ。

「どうして今まで言ってくれなかったのよーッ!!」

「知るか! 今ここで俺がやっと手を貸したならお前は俺によっぽど嫌われるようなことをしたんだろう!!」

「階段から突き落としただけじゃない!!」

「そんなことされるのか、俺! いいから手を離せ!」

 アンジェラの顔面を押しのけて卓郎が強行から身を守る。
 未来においても彼女に進歩が無いのはよくわかった。

「おい、意識をこの次元のアンジェラに返してやれ。そしてお前はどっかいけ。随分的外れだ。いっそ二万年くらい未来に飛べ」

「あんた、その格好で偉そうな口聞かれると腹立つわ……」

「お前の身体はどっかほっぽりだしといてやる」

「お願いですから大切に扱ってください……」

 アンジェラは意識のとばし方を理解していた。
 目を閉じて思い出す、それだけだ。
 床に崩れたアンジェラの身体を引きずって卓郎は酒瓶の並んだテーブルに寝かせる。
 酒の中途半端に入ったグラスでも持たせれば酔っていると思い込むだろう。
 ここにいるべき彼女の意識が戻る前に卓郎は姿を隠す。
 彼の前途多難は始まったばかりだ。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!