NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 21 *Amazing Grace*D
だが、そのときだ。
「おうわわわわああああぁっぁぁぁぁ!?」
先ほどまで化け物と対峙していたのにまだ驚くことがあろうか、カルヴィンの絶叫が聞こえた。
「何だ?」
アリアがはっとなって振り返る。
その途端、彼女の表情が凍りついたのをアンジェラは見た。
「アクセス終了、データ復元完了……」
死神だ。
「忘れてもらっては困るな」
聞き覚えの有る癖の有るテノール。
「俺もお前たちの父から生まれた」
黒ずんだ虫のような物体がぞろぞろと積みあがってゆく。
「もっとも、お前たちとは違って血肉をわけられた」
人型に積みあがって真っ黒な塊から黒く翼のようにコートが広がる。
「そして俺は産声を上げて生まれてきた!」
最後に足元に落ちていた刀を拾い上げ、突きつける。
「貴様……」
アリアが唸り、しかしはっとなってその名を口にする。
「――破壊と再生のシヴァ!!」
今度はアンジェラを押しのけ、暴走しながら卓郎に突進してゆくアリア。
その触手と光線で対抗するが卓郎とてそれで踏破できない。
もっと粉々に、再生不可能なほどにしてやらなければならない。
「喰ってやる! お前は微塵も残さず丸呑みしてやる!!」
突進をかわして卓郎が振り返りざまに一閃、触手を根元から分断する。
離れても尚、トカゲの尻尾のように動きまわる触手だが、それはもう意志を失っているようだ。
だが、残り一本の触手がまた雨のように降ってきた。
「ッ!」
咄嗟にかわし、アリアが構えた光線も空中で翻りさける。
さらに振った触手の攻撃は刀で応戦するつもりだった。だが、アリアとてそればかりではない。
急に刀には目もくれずに突っ込んでくる。
「!?」
見事に真ん中からさけていった触手が今度は卓郎を巻き込んで再生する。
「ぐあッ!!」
何とか刀を持った右手は巻き込まれなかったものの、彼の身体は胸から下が完全に飲まれている。
「うふふふふふ、これで終わりだ!!」
アリアが近寄ってその刀を持った右手に光線を放った。
咄嗟に卓郎が刀を手から離す。
右手だけとられても再生は不可能だ。
金属音を何度か響かせ、転がる刀。
すでに卓郎に抵抗する術は無い。
「フ、フ、フ、シヴァ、祈りの風見鶏はどうした? お前一人で何が出来る?」
勝ち誇ったアリアの声に卓郎は嘲笑した。
「何がおかしい!!」
「お前の目は何を見ているんだ。俺のどこが一人だって?」
「……?」
にやり、とした卓郎。それを合図にカルヴィンが動いた。
「卓郎!!」
投げられた刀が伸ばした手に納まると、次の瞬間、その束縛を解いていた。
アリアが気がつく前にその顎にモブが残った弾丸を叩き込み光線を封じる。
振り上げられた触手をアンジェラとギオが銃で押さえた。
着地と同時に卓郎が旋風となる。
彼女の視界がぐるん、とまわった。
首が、回った。
赤過ぎる血を吐き出しながら、アリアの首が宙を舞う。
「アーメン、我が兄弟。これがお前の夜明けだ」
「夜明……け……」
朝鳥が鳴いている。でも、それはアリアにしか聞こえなかっただろう。
体が持った修復機能が働いて、首と胴体を完全に両断した。その断面が閉じられて彼女が復活することはない。
「…………」
これで、彼女の狂気の恋も終わった。
息が苦しい。
頭がぼんやりとした。
アンジェラは大きく息を吐いて抜けそうになった腰で踏ん張る。
「レイジを……止めなきゃ」
「ああ、そうだな」
返り血でぬれた卓郎。
彼の顔色も酷いものだった。
真紅の血を髪から滴らせ、彼は虚ろに歩く。
「おい、大丈夫か?」
カルヴィンの支えを拒んで卓郎は自分が再生をさせた場所を指した。
そこにはまだ残骸が残っている。
「まだ、なんか残ってるけど……」
ギオが恐る恐る聞いた。
「内臓」
「…………なんでちゃんと復元しないんだよ!!」
「時間がかかるんだよ、人間は複雑に出来ている。五臓六腑で丸一日かかるぞ」
「外側だって大事なんだぞ!!」
「俺はモツが嫌いだ!!」
珍しく卓郎が逆ギレに走る。未だにその発言ができるあたり天然なのだろう。
カルヴィンも何も言うまい。
「全然意味わかんないけど、負けたよ……」
「そうか。今は最低限のハリボテ状態だ。時間が無い」
「…………」
それはどんな気持ちなのだろう。
彼にはそれが耐えられるほどの精神があったのだろうか。
あの傷つきやすい彼に過酷な運命はどうして訪れたのか。
考えてわかるはずも無いが、彼はそれを受け入れることで抵抗している。
そんな男がいるのだ。
自分はもっと強くなれる。
ギオは新たに決意して彼の横顔を刻みつけた。
卓郎が柱に手を当てる。
「ここから先が彼女の巣のようだ。レイジをここでかくまって自分は俺たちを排除するために残ったのだろう……。
本来、ここは俺がひらくべきだが、プロテクトがかかっている。アンジェラ、頼む。ちょっと手を当ててくれ」
「うん」
そっと手を伸ばす。
アンジェラが触れた途端、そこから波紋のように輪が広がった。
「な、何これ」
「時空間の歪みだ。この柱は俺たちの世界にある<天使の顎>を真似て作ったんだろう。大丈夫だ、一定の座標に固定されている。
しかし、アンジェラ、お前はこのまま扉を開いてもらわなければならない。向こうは次元のずれた空間だ。お前が楔としてそのままでいてもらう」
「…………」
それは、レイジとの対面を許さないことを意味した。
だが、アンジェラは少しほっとした顔で頷く。
「それから、向こうでは意識が分散する。ギオ、お前が一人で行け」
「ほえ?」
「お前が一番精神的に強い。今まで俺は感心していたよ。それにアンジェラともつながりが強い」
「俺が一人で……?」
「……相手は防御手段を持たない。武器となる神も失った。彼に戦う力は残されていないよ。
しかし彼の力は時間と共に神に近くなるだろう。彼の恨みを解放してやれ」
「…………」
手にした銃を担ぎなおし、ギオが無言でアンジェラの手を握る。
「5年前は、俺が守るってデカイ口叩いたのにな……」
”世界から、怖いことを無くすとき、もし、天使さんに怖いことが起きたら俺が助けに行くよ。約束だからね!”
「怖く無いもん」
あっさりと言って笑ったアンジェラ。
一方で目を点にしてギオが口を半開きにする。
「覚えてたのかッ!?」
「さぁね〜」
思い出したのはついさっき、アリアに追い詰められ、ギオが前に飛び出した時だ。
ギリギリだった。
ギリギリ、思い出した。
とはいえ、約束を守られてやっと思い出したのだ、隠しておくのが無難である。
両手を柱につけてアンジェラが送り出すように言った。
「ほら、お願い」
「ああ」
背中を見せて踏ん切りよくギオが柱に呑み込まれてゆく。
アンジェラはその人が無事に逝けるのを祈った。
そして、彼が帰ってくることを願った。
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