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NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 21 *Amazing Grace*C
 先を行った仲間たちに追いついて卓郎は何事もなかったように振舞うが、わざわざ隣について走るギオが小突いて笑っているのを見ると非常に嫌な顔をする。

「このこの〜、十分キザなんだから〜」

「そうだといいんだがな……」

 どこがキザに見えたかはともかく、センチだったことは内心認めて諦める。
 まだまだ子供の自覚をして卓郎は頭をかいた。
 ふと、横のギオを見る。
 よくよく考えたら、子供であること、大人であることを全く気にしていない彼こそ本当の意味で人間として成っているのではないか。

「…………」

 ……バカ面だけどな。
 卓郎の鼻笑いに気がついてギオが頭の上に「!」マークを浮かべていた。
 何かの間違いだろう。
 気を取り直してさらに急ぐ。二百年の戦いにやっと終止符が打てるのだ。
 たくさんの出会いの中、今はもういなくなってしまった人たちのために。
 シャッターとスピーカーを利用して誘導してくれるマディソンたちのおかげで、全くといっていいほど関係者には顔をあわせなかった。
 マディソンによればほとんど人はいないらしいがそれでもさすがと言いたい。

『その先がラボじゃが、中に人がいるのう。研究員のようじゃ』

 スピーカーから控えめに聞こえてくる声に応えて手を振る。
 すぐ目の前には清潔そうな白い扉が現れて、それに突進してゆく。軍人がいないらこっちのものだ。
 ドカン、とドアを蹴り飛ばして派手にカルヴィンが登場し、あたりが静まり返って白衣の研究員たちが硬直した。

「手ぇあげろーッ!!」

 走ってきて疲労が溜まったために荒々しくなるカルヴィンだが、効果覿面。
 テロリストの乱入によって研究員たちはモノがたくさん詰まった頭を真っ白にさせた。
 おとなしく両手をあげるが、カルヴィンの後ろからガトリングを背負ったジェラードが出てきては悲鳴を上げる。
 口々に命乞いの言葉を吐き始める研究員たち。
 新手の攻撃かと思うほどに何を言っているのかわからなかった。

「だ・ま・れ!!」

 ドガガガガッっとガトリングが鉛で意見を述べる。

「…………」

 研究員はもちろん、マグダリアの一同も黙らせ、ジェラードは満足したようにばさっと黒髪をかきあげた。

「ここはアタイが押さえとくよ。艦長たちは先にいきな」

「は、はい」

 どすん、と入り口に座り込むその姿がなんとも頼もしい。
 ジェラードにラボを預けて一行は奥の部屋へ進んだ。

「時空間軸にアクセス開始。”イエス”の軌跡を追跡する!」

 卓郎が先頭を行く。
 彼の能力が導いたのは目立たない真っ白なドアあった。
 このドアならいくらでもくぐってきたが、そこから感じる身の毛もよだつ空気は確かに皆が理解していた。
 ここには、いるのだ。

「フラウ、カオ、お前たちはここで見張っていてくれ、誰も通すな」

「了解」

 研究員がここにやってきては困る。
 少なくとも彼らはレイジについては知っているのだろう。
 もし、それを殺そうとしているなど知れたら邪魔が入るに決まっている。
 いや、この緊急事態に邪魔をしに来るものはいくらでもいるだろう。
 最後の防衛線をはって解放軍は敵陣に乗り込んだ。
 ”神”を踏破する戦いだ。
 皆の決意は固まっている。視線を交し合うと、同じように無言の返事が返ってきた。
 戸を勢い良く開くと純白の空間が広がった。眩しい、感じるままに目を細くする。
 薄くぼんやりと霧がかかっているようだった。
 一歩足を踏み入れると湿って生暖かい空気が奥から流れてくる。
 美しい白に似合わない、赤を連想させる血生臭い匂いがしていた。

「うッ……」

 思わず鼻に手を当てる卓郎。だが彼はそのまま突き進む。皆もそれに習って銃を構えて歩をすすめる。
 狭い廊下を進んでいって彼らがみたものは、オーロラに輝く柱とそれによりかかる腹を大きくした竜のような生きものだった。

「……あれは」

 アンジェラが怯えたように一歩さがる。
 獣のうなりと障気を吐きながら分裂した声で彼女はでしゃべった。

「……来たのね……。殺しに来たのね」

「ああ」

 と、卓郎が答えた。
 腹を大きくしたそれは小さな少女の体をしながら、鱗のついた長く痩せた手足と首を持ち、顔は黒髪の美しい女性のものだった。
 鱗の隅からは羽のような綿毛のようなものがけばけばしく出ている。
 足をこちらに投げ出した状態で彼女はぜぇぜぇと苦しそうに息を吐きながら立ち上がる。
 そのまま前につんのめったと思うと、四つんばいになり獅子ともとかげともつかないその体の背についた四枚の薄羽を広げる。
 背後の柱のように美しい真珠色に煌めく羽虫のように薄い翼をはばたかせながらそれは威嚇に吠えた。
 いままでに聴いたことのないような甲高く、悲鳴に似た声に身が強ばる。
 長い首を左右にくねらせ少女の口が呪咀を放った。

「殺してやる……! 私とレイジの世界を壊すおまえらなんか、食い殺してやる! 我が名はアリア・ザ・キリスト!
 神なるものぞ! 私に歯向かうなら皆食い殺してやる!!」

 狂気の恋、そして偽造の神の力。それが合わさったエゴの塊が目の前で敵対していた。
 先の非ではない、内臓を揺るがす咆哮を上げアリアが歌う。
 万物を支配しようという欲望にかられながらも単純一途に守ろうとするものの目は赤黒く光っていた。
 咆哮に耐え凌ぎ卓郎が刀を抜くと同時にその後ろで仲間達が銃を構えた。

「殺してやる! 殺してやるうぅッ!」

 アリアが顎を大きく開いた。顎の間に光が集まる。

「避けろ!」

 卓郎の合図で皆が散り散りになったが、一瞬遅れてそこに放たれたのは床をえぐる光線だった。

「!」

 さらに続け様に放たれる光線に致命傷は免れながらも仲間たちが逃げ切れずに傷ついていく。
 さらに、アリアは背の間に発生した鋼のような二本の触手で応戦し始めた。

「ッ! このーッ!!」

 アンジェラが引き金を引く。
 何発かが触手にさえぎられ、だがその中の一発がアリアの顔面を捉えた。

「ぎやあああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 のた打ち回りながらもアリアは攻撃を緩めない。
 さらに、その柘榴のようになった頭から泡を吹き出しぼこぼこと沸き立つ中、再生してゆく。

「貴様ぁああッ!!」

「!!」

 両の触手が鞭のように撓ってアンジェラを壁までき飛ばす。
 打ち付けられたアンジェラは咳き込みながらすぐに立ち上がった。
 他より彼女が一番頑丈に出来ている。彼女自身もそれを知っていてここで痛いなどと冗談を言っていられない。
 怒りの咆哮を上げ空気を振動させるアリアの攻撃。だが、その間にもモブとカルヴィンは連射を続けた。
 弾丸がアリアの全身を貫く。
 放たれた一発が腹に当たって彼女は悲鳴をあげた。

「ひぃやぁぁぁぁぁッ!!」

 連射の手を緩めてはならない。しかし、弾丸が尽きようとしていた。

「…………。ここで折れるわけにはいかない!!」

 ギオとアンジェラも連射に加わるが腹を傷つけられたアリアの形相は次の攻撃の凄まじさを予告していた。

「許さぬぞーッ!!」

 二本の触手が槍のように降っては持ち上がり皆を狙う。

「!!」

 カルヴィンの真上に触手が振りかぶる逃げようとしてももう一本が狙いを定めていた。
 銃を構えるがすでに弾丸が尽きている。
 リサの顔が脳裏を走る。
 だが、目の前の触手が寸前ではじけた。

「!?」

 モブが煙を吹いた銃を構えている。

「…………。借りは、返した」

 彼が戦闘機で逃げてきたときのことを言っているのだろう。
 彼を解放軍につなぎとめていたあの出来事を彼は借りだというがカルヴィンは当に忘れていたことだった。
 まだ覚えていたのか、と場違いにも苦笑しそうになってカルヴィンは抑える。
 もう一本の触手に卓郎が斬りかかった。
 だが、一方ではアリアの口の光線がギオとアンジェラを狙っている。

「!」

 彼が攻撃を頭に切り替えようと空中で方向転換をしたときだった。

「かかったな」

 ぐるり、とアリアの顔が卓郎に向く。

「!?」

 卓郎の狙っていた触手が彼を捕らえ、さらにそれごと光線が吹っ飛ばした。

「卓郎!!」

 なにやら黒い塊がはじけた。
 ドバっと壁に飛び散った残骸と黒光りする刀、焼け焦げたにおい。
 人一人分の塊だった。

「…………」

 惨状に言葉をなくした中、アリアが酷く嬉しそうに笑った。

「ふふふふふふふ、はははははは!! 死神が消え去りお前たちの望みも消えた!
 もうおとなしく私の腹に収まるがいい!! この子の養分となれば名誉なことよ!」

「……ッ誰が諦めるもんですか!!」

 やっとアンジェラが雄叫びを上げる。

「ではお前から喰ってやろうか」

 アリアがアンジェラに向かってゆっくりとよってくる。
 その前にギオが立ちふさがって銃を向けた。
 もう何発も残っていない銃と知ってアリアは余裕で銃口を見つめ長い舌を出し舐めながらあざ笑う。

「脆弱なものどもだ。私に破剣を向けようとするなど。私とレイジの導きに頭を垂れていればよいものを……」

 ドドッ、と銃声が後ろから響いた。
 だが、モブの抵抗も虚しく、二本の触手が彼とカルヴィンを襲う。

「…………ッ!」

「ぐ!」

 なぎ払われた上に触手が鞭打ち、さらに巻きつき床に叩きつけられる。
 怒り当り散らすようなアリアにギオとアンジェラも応戦するが、いくら頭を、腹を狙おうと泡が吹き出ては再生する。
 壁に追い詰められて今度は触手がギオを巻き取り高々持ち上げ、壁に叩きつける。床にほおり投げられたギオは頭から血を流してきゅうっとうずくまった。
 さらに両手で壁にアンジェラを追い込み、アリアは舌を伸ばした。

「ふ、ぁ……」

 歯を食いしばっても声が震える。

「恐れることは無い、神に逆らうものの運命と知って来たのだろう。誉めてやろう。
 人知を超えた存在が私を作った。その子らがお前らごとき人間に易々と貫けると思ったか!?」

 美しい少女の顔に複眼の目。これが神となって世界を喰らう。
 細い首筋に舌が絡んで頚動脈を撫でた。
 顔面が数センチまで迫ってアリアの唇が大きく開く。

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あきゅろす。
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