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NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 21 *Amazing Grace*B
 トリコに話したよう、彼は疲れた表情で語る。
 別世界からAI”イエス・キリスト”を削除するためにやってきたこと。
 そのためにソウジの研究を待っていたこと、しかしそれが思いがけ無い方向に走ってしまったこと。
 そして……、偶然にもアンジェラの遺伝子異常が幸いして彼女が”フェニックス・フォーチュン”としての力を発生させたこと。

「残酷に聞こえるかもしれないが俺たちはお前がその力を制御しきるまで待つことにした。
 ここでお前たちを救ってしまうとあと何百年待てばいいのかわからない。
 その間に”イエス”が俺たちの力を上回ってしまえば俺たちはこの世界から歪みを取り除くことが出来なくなってしまう。
 お前に懸けるしかなかった。だが、お前はともかく、レイジの受けていた研究は酷かった。
 彼は俺たちが駆けつけたときすでに人間とはいえない存在になっていた。
 だが、俺はトドメを刺せなかった。それが今、罪となったんだろう。今度こそ倒す」

 決意を示した卓郎にアンジェラは肩をすくめた。

「あんたが御神の使いだなんて思ってないよ。完璧にしなくたっていいじゃん。あんた、一人で頑張ったじゃん。
 あんたがラッセルと私たちのために戦ったことは、皆が知ってる。ありがとう」

「……言われ慣れない言葉だな」

「私だって言い慣れて無いわよ。じゃあ、解放軍の最後の戦いだね」

 赤い髪が翻ってアンジェラがカルヴィンに向き直った。

「艦長、命令を」

 皆の視線がカルヴィンに集まって、しかしそれも慣れた様子で彼は全員の目を見つめ返した。
 どうしてかこう流れ着いた結果だが、これで最後だ。
 真の最終決戦となる。

「よし、解放軍、出撃!」

「了解!」

 そろった声は高らかで、勇ましい。
 それが解放軍、最後の出撃だった。

「まずは管制室を押さえよう。もう地球軍は残っていないだろうがレイジを崇拝している研究員などに見つかればことが厄介だ」

 卓郎は倒れた兵士の銃を取り上げ、それをカルヴィンに手渡す。

「艦長、皆を頼む」

「お前は斬り込み隊長ってわけか。いいぜ、でも無理はするな」

「すまんな」

「マディソン、あんたはリサとミリィ、それからトリコで管制室から指示を出してくれ」

 丁度マグダリアから出てきたマディソンに呼びかけると彼は頭をぼりぼりとかきながら答える。

「年寄りは引っ込んどく。面白そうには思えん」

 相変わらず自分の興味に入らないと全くの無気力である。
 天才というのはこういうものなのだろう、とカルヴィンは思い知った。

「その他は銃を持て。身を守るためだ」

 カルヴィンの言葉で兵士の銃を担いだクルーだったがアンジェラとフラウはどうも大きさに問題があるようだ。
 
「お、重い……!」

 早速ふらつくフラウにマグダリアの中からジェラードが手招きする。
 アンジェラとフラウが駆けつけるとジェラードはなにやらアタッシュケースを取り出して含み笑いを不気味にあげた。

「な、なによ。怖いわね」

 アンジェラの嫌味にもう一度不気味に笑ってジェラードはその鈍い銀色の箱を開く。
 ボコっと小さく音を立てて開いた箱の中にはデリンジャーが一丁と宇宙作業用のワイヤーガンを改造した大きな銃だった。
 ジェラードはデリンジャーをフラウに、ワイヤーガンをアンジェラに渡す。
 ごついほうをもらってアンジェラは不服面をしたがジェラードの説明が先だ。

「フラウのは殺傷能力は無いが扱いやすい儀礼用の銃だ」

 金の装飾が手の中で光っている。
 それがまた上品な雰囲気のフラウに似合っていてアンジェラは自分の手にした冗談のように凶悪な黒光りをした銃をくゆらせるように見つめる。
 思いのほか軽いのだが無骨で攻撃的でシャープなデザイン、殺傷以外に何の取り柄も無いと開き直っている様は誰かさんによく似ていて思わず失笑。

「アンジェラ、あんたにはそれが似合ってる」

「あー……そうだと思うよ……」

「言っとくけど、地球軍の兵士が使ってる散弾銃には威力は劣る。でも十分人を殺せる代物だ。気をつけな」

「はい。それで、さっきから気になっているんだけど……」

「ん?」

 アンジェラはジェラードが背負っている巨大な筒を指した。
 この状況下で水筒、というわけがなければバッグ、ということも無い。

「ああ、アタイはこれさ」

 といってジェラードがひょいっと構えたのはガトリングマシンガンだ。
 絶句するアンジェラとフラウをよそに逞しく腕を組んでジェラードが、なんだい、と唇の端を吊り上げる。
 さすが武器商人だ。
 もう何も言うまい。アンジェラとフラウが無言でアイコンタクトをはかる。
 礼だけ言って二人は逃げるようにマグダリアの外で待機していたカルヴィンたちと合流した。
 アンジェラ、フラウの後ろからぬっと出てくるジェラードを見て驚くのは誰だって同じだ。
 だが、ギオのリアクションだけが何故だか違う。

「かーっこいい!!」

「そうだろう?」

 にやり、といたずら坊主のように笑うジェラード。
 ギオも地球軍兵士から取り上げた銃を担いでいたがジェラードほど様にはなっていない。
 野性味溢れて結構。
 だがそれはそれでどうかという視線を浴びようがギオとジェラードは武器についてで盛り上がる。

「……銃器の扱いは大丈夫か?」

「訓練学校以来ですが、大丈夫です」

 艦長の言葉を流してフラウがアンジェラにふった。
 そして、アンジェラは首をかしげる。
 わからないが戦闘機よりも簡単だろう。
 ワイヤーガンは宇宙作業に借り出されると必ず使う用具の一つだ。アンジェラも戦闘機が戦闘不能や故障したときはこれを使っていた。
 安全装置もなく、本物ならすぐにトリガーを引けばワイヤーが飛び出す。
 必要なのは集中力と指一本。シンプルだった。
 ためしに構えて百メートルほど先の時計を定めた。

「?」

 通常ならそれがやっと見えるだろう。
 しかし彼女には見えている。
 超人的な身体能力を見せ付けるが如く彼女がトリガーを引いた直後、遠くガラスの割れる音が盛大に響いた。

「…………」

 視線を返しながら自慢げに肩をすくめるアンジェラ。
 もとより、ワイヤーガンや戦闘機の照準あわせは得意である。

「問題なさそうだな」

 少々呆れた調子でカルヴィンは銃を持っている人数を数えた。
 自分とアンジェラ、フラウ、モブ、ギオ、カオ、そしてジェラード。
 刀を武器としている卓郎も含め、守りきれるのはほんの一部だ。
 マグダリアにもまだ怪我をしている一般人が乗っている。
 それを残った観測員たちに任せてカルヴィン率いる一同は先を急いだ。
 気になるのは地球軍基地の状況だ。
 軍人だらけでは話にならない。
 だが、そうだとして歩みを止めるわけに行かない。
 レイジを逃がすわけには行かないのだ。メイシンはレイジと”神”の子といっていた。
 もしそれが生まれてくればレイジはその身体に意識を移し変えて更なる力を手に入れるだろう。
 ”神”をも利用する少年の復讐劇が加速してしまう。
 彼が誰に恨みを持っているか、考えるだけで恐ろしくなった。
 彼は恨んでいる。世界中を恨んでいる。メイシンの言うと通りに世界を救おうなんてこれっぽっちも思ってはいないだろう。

「子供が生まれてしまったら俺にはもう対処のしようが無い! その前にレイジを討つ!
 アンジェラ、覚悟はいいな。同情している暇は無いぞ!」

「わかってる」

 哀れでもある。今さらどちらが正しいというのは関係ない。
 善行だとか、悪行だとか、そういうことではない。
 そうしなければ、守れない、絶対に譲れないものがある。
 後ろ指差されても、辛い思いをしても守らなければならないものがある。
 今なら、魂さえも投げ出したラッセルの気持ちも理解できただろうが、アンジェラは考えるのをやめた。
 一階の管制室へと餓えた犬のように走る。何も考えずに、ひたすら急ぐ。
 焦る卓郎の一方、怪我をしているトリコを担いだジェラードやマディソンが遅れ始めていた。

「卓郎!」

 卓郎についていたギオが後ろの状況に気がついて呼び止める。

「ッ……」

「焦るな、お前、イレギュラーに弱いマニュアル人間なんだから」

「言ったな」

「言うさ」

「…………」

 まさしくその通りで反論できない卓郎にギオは微笑で返した。

「可能性は二分の一。オール・オア・ナッシング。有るか無いか、是か非かだろ」

「……有るさ。必ず、有る」

「うん、そーそー。俺、お前の口から前向きな言葉が出るの初めて聞いたかも」

「…………」

 照れたのか不機嫌になったのか、卓郎は視線を落とした。
 たった一人で戦おうという決意をしていた男。
 だが、それはとり越し苦労というものだった。
 情けなさと恥ずかしさがこみ上げて卓郎は背を向けるものの仲間のことが気になって聞き耳を立てる。
 全員が息絶え絶えに彼に文句を言い終わる。
 それを苦笑で誤魔化して卓郎は、先を急ごう、とさらに急かした。
 一人で戦おうとした彼がそんな風に自然に振舞えるのは一人での戦いをやめたからだろう。
 彼はもう、孤独ではない。
 さらに走る。
 管制室の場所はわかってもそれですぐに辿りるけるほどの広さではなかった。
 次に列がくずれ始めた頃、やっとその入り口近くにやってくる。
 入り口には特に誰がいるわけでもなく、しかし、ここが本当に放棄されているわけが無い。

「どうするの?」

 アンジェラはただ一つの答えを望むようだった。
 それにカルヴィンが笑いかける。

「ここで引き下がれるかよ!」

 そういって飛び出した彼に後が続いた。
 背をドアにあわせてそっと開く。

「…………?」

 淡い緑の光が漏れているそこは起動しているようだった。
 だが、ドアが開かれ外から差し込んだ蛍光灯の光に何の反応もなく、部屋の中は静かだった。
 そっと前に進むカルヴィンと卓郎。
 その後ろにモブとギオが続き、ドアにアンジェラとフラウがたどり着いたときだった。

「ッ!」

 モブが気配を察し部屋の置くに銃を構える。
 皆が警戒した直後、モブが銃で示した場所から人影か鈍く動く。

「いやあね、そんなもの構えちゃって」

 緑色の光に浮かんだ緑色の軍人、翡翠だ。

「あ、お前!」

 ギオの驚嘆に小さく手を振って返すとそのまま両手を挙げた。

「ちょっと、こっちは丸腰よ、おっかないマネしないでちょうだい」

「SSの軍人はどうにも信用が出来ない」

「ああ、メイシンね。ここから見ていたわ。彼女、働きすぎよね。
 本当は<天使の顎>に用があってここであんたたちの居場所突き止めようと思ったけど待ったほうが楽そうだったから。
 でも待ちくたびれたわ」

 アンジェラが前に出る。
 まるで攻撃性の無い翡翠には銃を向けず、首をかしげた。

「何? 用って」

「あんた、間抜けね。よくわかんないけど急いでるんでしょ。
 コンソール、機動させといたから使いなさいな。あんたたちの用事が終わったら今度はこっちに付き合ってもらうから」

 敵意どころか友好的な態度に戸惑いながら今は疑っても仕方が無い。
 彼の言う通り急がなくては。

「マディソン、頼む」

「ったく、人使いが荒いのう〜……」

 ぶつくさと彼はリサとミリィを引きつれ、正面の機械に向かった。
 一方でカルヴィンがトリコに麻酔銃を渡しながら翡翠を睨みながら陰湿に忠告した。

「あのオカマがナメたマネしたら容赦なく撃っちまえ。致死量ギリギリまで仕込んである」

「了解」

「滅多なこと言うんじゃ無いわよ、あんたたち!」

 翡翠の反応からして正直に協力をしてくれるのだろう。
 だが、何かあったらトリコはやりかねない。
 遠目で翡翠を憐れんだ一同。だが、これ以上足を怪我している彼女を引きずりあるいても仕方が無い。
 ここはトリコに任せるしかないのだ。

「よし、そこから研究室までナビを頼む。他の連中が入れないように区画ごとにシャッターも降ろしてくれ」

「了解、パパ〜」

 リサのほうも早速両手の指を動かしてコンソールに向かった。
 だが、麻酔銃を構えるトリコは視線を虚ろげに卓郎に向けている。
 女の直感だった。
 今生の別れになる。

「先を急ぎましょう」

「……ああ」

「卓郎……!」

 ドアをくぐり去っていこうとした彼をトリコは思わず呼び止めた。
 いや、何を言えばわからないが、とにかく止めなければならないと思った。
 肩越しに振り返った彼の表情は心から驚いた様子で、眉間に皺を寄せっぱなしの彼らしくもない。

「なんだ?」

「…………さよなら」

 意味がわかったのかわからないのか卓郎は憮然とした。

「泣くな、俺はお前が思ってるほどキザでもスマートでもないぞ」

「全然そんな風に思って無いわよ、自惚れんじゃないわよ、能天気!」

 言いながら泣きながらトリコは顔をごしごしこする。
 化粧だって落ちるし赤くこすれてみっともない。それでも何か思っていることを全部ぶつけてやりたかった。
 本当に最後の最後なのだ。

「ふははははは、俺が能天気なのは周知の事実だ、何を今さグフォアッ!!」

 調子に乗った卓郎の顔面にトリコの赤いハイヒールが直撃した。

「うるさい! さっさと往け! 帰ってくるな!!」

 思いを全部ここでぶつけるなんて出来ない。
 そして彼女が最強の死神にぶつけたのはハイヒールと罵声の言葉だった。
 思いのほかすっきりした。

「酷い仕打ちだ……」

 顔面を押さえて卓郎が負け惜しみを吐いてアンジェラたちを追いかける。
 その背が離れていった廊下には赤いハイヒールが一つ、転がっていた。
 彼は去った。
 でも、「さようなら」とは言わなかった。
 いつものように孤高で情けなくて、飄々とした去り際だった。

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