NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編 session 21 *Amazing Grace*A 終戦を迎えて世界はようやく元の状態に戻ろうとし始めた。 まだ足並みはそろっていないが今はがむしゃらに地球を変えていくしかない。 その日、解放軍の母艦マグダリアが地球軍の本部軍基地に降りた。 解放軍への攻撃も予想されたが解放軍派の政治家の働きかけが強く、政治的には何の問題もなくマグダリアは二年と数ヶ月ぶりに地球に帰還する。 政治面でもこの事態は予想されておらず、ほとんどの国民が解放軍派であることから身の危険を恐れて雲隠れする政治関係者も後を絶たない。 解放軍は英雄として地球に迎えられることになった。 まだ戦火が燻っているので安全とはいかないが生活は保障されている。 話はまとまっていないが、こうして解放軍は解散となった。 マグダリアを降りてアンジェラはその船体を見ていた。 マグダリア、その名のわりにはごついデザインの母艦である。 仲間たちが次々を艦を下りる中、アンジェラはぼんやりとマグダリアを見上げ続けた。 地球軍のポートはマグダリアが収められるほど大きく、他にもリヴァイアサン級の母艦が数艦並んでいる。 地球軍の艦の中にマグダリア。 おかしな光景だが、もうなんら問題は無い。 地球政府との交渉でマグダリアの面々はここで国際協議会のお偉方と落ち合うことになっている。 だが、そこで、待ち受けていたのは別のものだった。 「お待ちしておりました」 落ち着いた女性の声だった。 物陰から現れた黒髪ショートボブのアジアンの女性は地球軍兵士を従えている。 銃器を構えた兵士たちはマグダリアのクルーに銃口を向け構えた。 「どういうことだ!?」 カルヴィンの大声が彼らを貫くが、そのアジアンの女性は涼しい顔で微笑を湛えた。 「私は地球軍SS隊のチャン・メイシンと申します。おとなしくしてもらえるなら解放軍の方々に危害を加えるつもりはありません。 しかし、我々はただの人間。そこにいる男のように悪魔の力を使うことは出来ないのですから、武器は必要でしょう?」 メイシンの棘のある言葉に卓郎が反応した。 敵意を放った卓郎。一触即発の空気の中。メイシンは余裕綽々な態度で話を続ける。 「私たちはこれから手を取り合わなければならないことはあなた方も承知でしょう。 私たちは子供たちに未来を残さなくてはなりません。これから、皆が統率され導かれる時代なのです。 そして、私たちは偉大な力の持ち主を作り上げた。至上の幸福を与えられる天使の今、ついて行くべきなのです」 「まさか、お前たち……!」 卓郎は珍しく後手に回っていた。 常に先を見越していた切り札の卓郎が苦汁を舐めさせられた事実でマグダリアの面々にさらに緊張が走る。 「そうです。私たち、地球軍の研究施設で天使は養い育てられた。 あなたが故意に見逃した天使を、私たちはもう一度実験にかけ、力を復元させた。 彼はあなたを恨んでいるわ。あなたが彼を助けなかったから。姉の方だけに肩入れして、弟には関心を示さなかった。 彼は孤独で悲しかったでしょうね。でも、そのおかげで彼は天使の力を手に入れたの。私たち地球軍の研究でね」 「彼……?」 後方からアンジェラの呟きが響く。 彼女にはよくわかっていた。 まだ弔いきれていない亡霊がいることを。 「レイジ・マクレーンに何をした。レイジはあのまま静かに死を迎えるはずだった」 「あなたが見殺しにしようとしていた少年を助けただけよ、善行だと思わない?」 「自惚れるな! レイジは死を望んでいた! 諦めた!! 当時のあいつは自分が助からないことを知っていた……。それなのに……。 ……お前たちは自分の理想のために哀れな化け物を生きながらえさせただけだ。壊れた少年を寄って集って操って……。 それが今、災いの”神”を従えてガキのように地団駄踏んでいる。甘やかした俺もお前も善行ぶって自分の行いに言い訳していただけだろう。 善意が人を殺すときもある。悪意が世界を救うときもある。レイジはどこだ。今度は甘やかさない」 「この状況でよくも言うわね。シヴァ、私たちの狙いはレイジを守ること。あなたの力は脅威だわ。 今、レイジと”神”の子供が生まれようとしている。彼らが私たちに導きを下さるのよ!」 「チッ、複製を作って不自由な身体を捨てる気か!」 「あなたの死をもって私たちの地球は再生の道を歩むことが出来る。 ラッセルを歴史に沈めたように、レイジを沈めようとしたように、あなたも沈めばいい!!」 「ッ…………」 「どうしたの? 意見が無いならその首を差し出しなさい。私たちの未来に死神はいらない」 銃口がクルーの全員に向いている限り卓郎は動けない。 このままでは彼らは本気でクルーを傷つけていくだろう。 「…………」 誰一人として簡単には傷つけられない優しすぎる死神はうつろな目を閉じた。 これでゲームオーバーか。 「ちょっと待ちなさいよ」 遠く力強く響く、怒気を帯びながらもそれはまさしく天使の声だった。 「救いだの、未来だの、善行だの、ブッチ切りに理解して無いけど、私はそれほどにバカだけど!」 赤く渦巻く髪を揺らしながらアンジェラがしゃしゃり出た。銃口を向けられようと全く意に介さず卓郎の前まで進む。 「誰かに操られる未来なんて遠慮するわ!」 今までラッセルに翻弄されて、卓郎に保護されて、ソウジに作られてきた未来。 それを葬り去ってカナコも殺したアンジェラ・バロッチェは本当の覚醒を見せていた。 彼女は不死鳥のように生まれ変わる。その炎が燃える限り。 「誰かがどうにかしてくれる、そんな風にしてきたから地球のエネルギーがなくなっちゃったんでしょ!? それをまた誰かが再生させてくれるだなんて本当に夢のような話だわ、いい話ね!! でも所詮、夢だわ」 激昂したメイシンがアンジェラの前に立つ。 「夢では無いわ!」 「夢よ!」 パン、パンと乾いた音が二度響いた。 メイシンの放った平手打ちを受けてアンジェラも強烈な平手を返す。 アンジェラもさることながらメイシンの白い頬はすぐに真っ赤に腫れあがった。 「夢を見るのはもう終わり。現実を見る時間が来たわ。生易しいお遊びの救世ごっこなら……いらない」 アンジェラが何を思って過去を殺したのか。 ただ、彼女は殺した亡骸まで捨てたわけではなかった。 想い出としてその亡骸を胸にしまって、しかし二度と開くことは無い。 目の前には過去よりも現在がある。 過去と戯れて夢を見てばかりはいられない。 生きよう。 そう願う有りの侭の性だった。 「あなたに否定される覚えは無いわ! 撃ちなさい!!」 理想を否定されメイシンの逆鱗に触れたのだろう、彼女はヒステリックに叫んだ。 しかし、動いたものは兵士たちの銃口だけではない。 『せかせかした連中じゃな〜……』 「!?」 マグダリアの重厚な鉄の大砲が遠くから音を立てて狙っていた。 スピーカーから発せられているのはマディソンの声。 マグダリアの主砲を動かしてメイシンたちを狙っているが、その位置で発射すればアンジェラたちも影も残さぬ惨状になるだろう。 だが、卓郎だけは水を得た魚のように饒舌になった。 「これはこれは、派手に粉砕するつもりだな。ああ、やっちまえ。俺は命に代えて仲間を守る。 その意志が”神”を踏破するならあとのことはどうでもいい」 それを聞いてうろたえたのは兵士たちである。 あのマグダリアとの戦いでやっと生き残り、ようやく平和を見ようとしているところで自分だけが死ぬのは恐ろしい。 「う、うわああっぁぁぁっぁぁぁっぁぁ!!」 一人、少年兵だろうか。 甲高い悲鳴を上げながら去ってゆく。そしてさらに一人、もう一人と逃げてゆく中、今度は卓郎自ら動いた。 刀を抜き、その一閃でメイシンが宙を舞う。 砕かれた眼鏡が飛び散り、後頭部から着地するが卓郎はその上を飛び越えて逃げ惑う兵士に襲い掛かる。 四肢を貫き、逃げることも許さない。 しかし、まだ人を殺そうとしないところが彼らしかった。 眼鏡を砕かれたメイシンは刀の背で強力な一撃を喰らったものの致命傷には程遠い。 兵士が全員床に貼り付け状態になってからカルヴィンがやっとハッとして振り返る。 「トリコ、この人を診てやってくれ」 「はいはい」 トリコが小さな救急セットをもってやってくる間に卓郎は刀を収めて彼らの前に戻るとトリコを制してメイシンの横で膝を折った。 「聞きたいことがある。レイジはどこだ」 「言うものですか……! お前はレイジ君を殺しに行く、レイジは私たちの未来を……! 殺させない、お前は死神だ!!」 「そうだ。お前の負けだよ。そうか、そうだったのか。お前が死ぬはずだったレイジを蘇らせた黒幕か。 お前の理想に浸らせてレイジを狂わせた罪は重いぞ。レイジが今、手に入れて得意気になっているのは”神”じゃない。 神だとしてもそれに頼らせるわけに行かない。レイジはどこだ。これ以上彼を人間から遠ざけるつもりか?」 「レイジは私たちを導く天使……私たちの未来を……」 「…………」 もはや彼女は正気ではない。 血まみれの顔に引きつる笑みを浮かべてなにやらぶつぶつと唱え始めた。 どうして彼女がそこまでレイジに入れ込んでいたのだろう。 それは誰にもわからない。しかし、そのレイジという存在が彼女にとっての唯一の希望だったに違いない。 絶望がやってきた、彼女は痙攣を起こしながら笑い続ける。 「頼む」 卓郎が立ち上がると同時に入れ替わり、トリコがメイシンの傍らに座った。 彼女の手際なら貧弱な救急セットでも応急処置くらいは出来るはずだ。 あとは彼女に任せたほうがいい。 「卓郎」 「…………」 アンジェラは疑うように問うた。 「レイジを倒しに行くのね」 「ああ。ここにいるのはわかっている。恐らく研究室だろう」 「私も連れて行って」 「そのつもりだ……」 「…………」 「…………」 アンジェラがじっとりと威圧をかけてくる、 卓郎はその意味を察して頷いた。 [次へ#] [戻る] |