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NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 3 *STAND BY ME*A
銀髪の青年、赤毛の姉弟、燃え落ちた大学の研究所、死んだ遺伝子工学の権威。
そして、”カナコ”。

最初の”死”との接触はラッセルが解放軍に来てすぐだった。
”死”はいつから彼に目をつけていたのだろうか、着任した当日の契約資料に紛れ込ませた電子メールで接触してきた。
 コミック調の動物のキャラクターがチェーンソーやら大槌やらを振り回し面白おかしいBGMの中殺しあっている趣味の悪いアニメが再生され、
 中央にメッセージが表示された。

 ”慈善家たちの棺 マグダリアへようこそ!
  おめでとうございます。あなたは最初で最後の生け贄です。戦争終結のための生け贄です。
  最後に願いを叶えてあげましょう。”

「何だ、これは…………」

 ラッセルが読み終えたのを確認したかのように艦内放送で”星に願いを”が流れた。それは正規のものではなくどこか不気味に音程がずれている。
 いたずらにしては手が込んでいた。

 電子メールの中で血まみれになった猫だか犬だかわからないキャラクターが「にしし」と笑うと、パソコンの電源が強制的にカットされる。
 黒くなった液晶が自分と、その後ろの影を映し出した。猫だか犬だかわからないキャラクターの着ぐるみが立っている。
 着ぐるみは崩れた敬礼をすると肩を揺らした。
 苛立ちと不気味さから勢い良く振り向くとそこには誰もいなかった。

 ”死”は度々暗闇からラッセルを襲撃した。
 そして、その襲撃の意味をようやく理解した。
 アンジェラとの必要以上の接触だ。
 あれは警告に過ぎない。何故、と問う間も無しにラッセルには理解ができた。
 自分のためを思って、”死”は警告を放っているのだと。
 アンジェラのためを思って”死”は戒めるのだと。
 どこまで過去を知るのだろう、どこまで未来を見通すのだろう、その優しい”死神”は。


                   *            *            *

 それからアンジェラは毎日同じ夢を見た。

 真っ白な天井が見える。
 何本ものコードが体につながっていた。
 喉の奥にまでチューブが入れられている。
 何か聞こえた。

 …………テロメアが減少していない。ネオテロメラーゼが作用しているようだ。
 私の研究は成功した。私は間違ってはいなかった。
 ”フェニックス・フォーチュン”の誕生だ。

 全身が焼けるように熱い。
 皮膚が酸素に焼けている。
 また、別の声がする。

 …………助けて、父さん。

 か細い悲鳴はすぐ隣から聞こえて、激しい絶望を呼んだ。
 とても悲しい。
 とても苦しい。
 とても恐ろしい。
 とても愛しい。
 とても嬉しい。
 とても、死にたい。

「…………」

 目覚めはいつもながら最悪で朝食が喉を通らない。
 かといって部屋にこもるのは不健康なので艦内デッキに足を向けた。整備士たちが働きアリの様にちょこまかと動いている。
 アンジェラは整備士を横目にアリエスの影にうずくまってぼんやりとしていた。すると寒くもないのに身が震える。
 両手が冷たい。調子が悪いわけでもなく、気分が特別暗いわけでもない。

「ラッセル……」

 彼はすでにいつものように激務をこなしている。
 いつものつまらないジョークを吐きながら、冷たいと誤解される涼しい表情をしながら。

「大切、なんだなぁ……」

 彼の手を握り続けた時の感情が驚くほど強く燃えるようでアンジェラ自身、戸惑った。
 今でも燻るその想いが膿んでいるように痛む。痛むが心地よい。心地よいが不安になった。
 失う。彼を失う、それだけは恐ろしい。

「でも、私には力がある……」

 アンジェラは自分に言い聞かせて顔をビシャビシャと叩いた。
 守ろう。
 操縦桿を握ろう。光子ミサイルを装填し、軌道にぶちまけよう。
 フォトンレーザーを伸ばしどんな敵もむかえ討とう。
 そうしたら生きて帰ろう。つまらないことをいいあってたくさんじゃれ合おう。
 いつもと同じことがこんなに大切だとは思いもしなかった。
 同時に、肩の荷が半分になったようだった。
 調子はどうだい?
 そう訊ねるように警戒警報が鳴る。

「フン、舐めてくれんじゃない」

 いつも穏やかなグリーンの瞳がギラついた。
 紅く点灯するライトの中、彼女の瞳だけは最高級のエメラルドと同じ煌きを放ち、射るように正面を見据える。
 生き生きとしているというには激しすぎ、猛々しいというには少女のようで、可愛らしいというには強すぎる女だ。
 彼女の背中を卓郎が見つめていた。
 天使というには汚らわしく、魔女というには素直過ぎて、女神というには垢抜けている女だ。
 影もなく、光も持たない。無色と言うには色鮮やかで、精彩と言うには澱んだ女だ。
 じっとりとした目で彼女を見つめる。
 ”戦い続けろ”
 卓郎は静かに念じた。
 ”休むことはお前には辛すぎる”


                       *            *            *

 48時間前。
 地球の兵器企業マックスウェル社、特別応接室。
 木目の広い部屋には禿げて小太りなスーツの白人と、体格のいい青年が背の低いガラス製のテーブルを挟んで座っていた。
  スーツの男はともかく青年の成りは一企業のとは言いがたく、まるで、いや、まさしく”戦士”だった。
 鮮やかな刺繍の入ったウエスタンブーツ、レザーのジャケットとズボン、暖色系の長いバンダナ、どこかの民族のアクセサリー。
 浅黒い精悍な顔立ちは退屈そうにまどろんでいる。

「常々噂は耳にしているよ。よい噂ではないけどね。しかし、第2デブリベースをねぐらにしている連中はみな腕がいい。特に君は」

 白人はワインの注がれたグラスを傾ける。
 その指にはビー玉のような悪趣味に大きな石をはめ込んだ指輪、その手首には金の腕時計が光っていた。
 体格のいい青年はぼんやりとしながら部屋の隅にある観葉植物に目を向けた。
 簡素で落ち着いたいい部屋だが、部屋の主がこう不快だと意味がないそう。いった分析は終わってとりあえず目を合わせないという結果は出た。

「資料は見たかね?」

 長いうんちくの後に白人は本題に乗り出す。
 数日前、このマックスウェル社から青年当てにメールが届いた。
 内密に、回りくどく送られてきたメールには資料が付属され、その中身の事だろう。

「あー」

 青年は生返事をした。
 見たには見た。
 しかし、目を通したというほどではない。

「なら話は早い」

 YESと受け取ったらしくにこにことうなづくと白人の中年はグラスを置き組んだ短い足に両手をおいた。

「<天使の顎>を狩ってくれるか」

「?」

 読めない。
 状況が読めない。
 資料には新型戦闘機”秋水”のテストだと記載されていたはずだ。

「そんなこと、書いてあったか?」

 素直に訊ねると素直に返事が返ってきた。

「ええ。我が社の新商品のテストを兼ねた<天使の顎>討伐と」

 後半はまるっきし見ていない。
 ふーん。
 その程度に思い直して青年は肩をすくめ、<天使の顎>について知っていることを頭からひねり出す。
 <天使の顎>、宇宙解放軍に突如参加した女パイロット。
 見たこともない華奢な戦闘機アリエスに乗り、Lv5軌道を我が物顔で飛び回るという。
 聞いた話では、相当な美人らしいが噂の一人歩きの結果だろう。一方で魔女だとか猛々しいとかも聞く。
 何より驚異的なのはその集中力だ。あの宇宙ゴミだらけの軌道を軽やかに駆けるのは人間業ではない。
 その空間認識能力は本来人間が生まれつきに持っているレベルを遥かに凌駕していた。
 反射能力、判断力、どれをとっても普通じゃない。有り得ない。
 それだけその戦闘機が優れているのか、パイロットが優れているのか、どちらにせよ興味はある。
 青年は面白そうに何度もうなづいた。

「<天使の顎>には賞金もかけられているそうじゃないか。金と”秋水”は君の好きにするといい。我が社が欲しいのは、
 我が社の商品が<天使の顎>を粉砕したという事実だけ。未来永劫残ることだ、カルヴィン君」

 青年は名を呼ばれ鼻で笑って返事にする。
 カルヴィン・シェスタニエ=幸野が彼の名だ。

「魔女狩りってか。面白そうだ」

 カルヴィンは顔を歪めた。
 今までに傭兵として金次第でいいこと悪いこと、やってきたがこれは笑えた。
 <天使の顎>撃破は、今日の宇宙戦争を解決させる行為だ。
 結果、宇宙戦争を止めるヒーローになれ、そういわれているも同じだ。

「この俺が?」

 つい口をついてでた言葉は聞こえなかったらしく白人の男は握手を求めた。

「商談成立というわけか」

「…………。まぁな」

 契約……。
 重たいな。
 カルヴィンは握手をせずに立ち上がる。
 Lv5軌道……。
 気が重い。だが、<天使の顎>と戦うのも楽しみな自分がいた。
 戦うものの血というのは濃い。どうしても、抗えない。
 しかし、やはり気が重い。

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