NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 18 *春と修羅*A
その軌道は数キロも離れれば美しい銀の河に見えるが近づけば凄惨な死者の行列となる戦闘前線だ。
パイロットたちはこの軌道を<天使の顎>と呼んだ。
そして、そこに住まう魔女も同じく、<天使の顎>と呼ばれた。
しかし、恐れることは無い。
所詮、人間だ。
所詮、女だ。
「メス如きに討たれる俺じゃない!!」
銀の死の川が肉眼で捉えることが出来る軌道、もうそこから戦場だ。
秋水改に乗ったユーバーは50の機体を引き連れて突き進む。
そのあぎとに飲み込まれんがため。
「総督、定位置につきました。ご命令を」
調子をつけてユーバーはモニターに向かった。
応えるのは司令官長を務める総督ラッセル。
「<天使の顎>を引きずり出せ。ただし、こちらの命令は絶対だ、ユーバー。帰還命令は絶対だ」
「フン、逃げ腰なんですね」
「今回は敵の全勢力を把握できればいい。<天使の顎>はお前が思うような女じゃない」
「はは、随分と肩入れしてるもんですね。残念ですが総督、お気に入りの彼女はブッ殺しちまいますよ!
ヒャはははははははは!!」
「お前が殺されずに帰還するならそれでいい」
「お土産を期待していてください」
「…………」
彼はアンジェラという女を知らない。
不可能をいとも簡単に可能にし、矛盾をもって成立するその女を。
力はユーバーの方が上だろう。数も勝っている。
だが、それでは潰せない。
説明できない後ろ盾で彼女は生かされている。
悪魔の所業はどこまで最悪を極めるのだろうか。
運命はどこまで残酷になるのだろうか。
「フォトンレーザーブレード展開」
ユーバーの機体は前方に蛍光の光を放ち槍となって突き進む。
そのまま突撃、と思われた。
だが、銀の獅子はそれを許さない。
――”運命機構”、発動。
「止まれ! ユーバー!!」
「!?」
ラッセルの声にユーバーは操縦桿を引き戻す。
すると、すぐ右手側で他の機体が光の綿となって散っていた。
爆音すらなく、燃えていく。
「空間地雷か!?」
即座にユーバーは光子ミサイルのボタンに手をかけた。
「誘爆させる、自分の目の前は自分でやれ!」
それぞれの機体がミサイルを発射し、目の前を開いてゆく。
「畜生、何発も使ってられないぞ!」
舌うつユーバーにラッセルが応えた。
「ゲリラのやり方だ。武装を引き剥がしてからよってたかって打ち崩す。
お前たちは先攻隊だ。ミサイルを使って道を開け。切り抜けた途端、集中砲火を受けるが致し方ない。
穴を開けろ。出来るだけ早く、出来るだけ大きくだ! お前たちが中に入った時点でリヴァイアサンは砲撃による地雷解除に徹する!
いいな、こちらの主砲に気をつけろ。場合によっては巻き込むことになるだろう」
「了解」
恐らく、マグダリアのほぼ360度が取り囲まれているのだろう。
それを切り抜ける特殊なルートはもちろん用意されているはずだが、それを探って待つより突撃してしまったほうがまだ集中砲火を免れる可能性が高い。
虫が葉を食うように目には見えないが侵略してゆく。
レーダーに感知されない空間地雷はどこまで続くのかわからなかった。
何層にも覆われているようで目に見えるマグダリアのところには届かない。
「どうなっているんだ!?」
まるで、一度破った空間地雷が復活してるようだった。
「ユーバー」
モニターから届いたのはメイシンの声だった。
副官として参謀を勤める彼女からの通信ということは何か策を授けられるという意味だ。
「入場拒否されるなんて侵害ですね。チキン野郎どもが、くだらないことしやがって!」
「これから私が言う通りに進みなさい。連中は思ったよりも頭が回るわ」
「チキンで頭だけの偽善者が! 俺の大嫌いな人種だ」
「空間地雷は三面用意されているみたい。三面丸ごと回転しているわ。つまり、特定の穴を開けるには相当な時間がかかることになる。
それはこちらがどうにか主砲で対応するわ。とにかく、今は連中をあぶりだすことか先決よ」
「で? どうやってマグダリアに近づけばいい?」
「前方シールドを展開、ミサイルを発射し、そのまま突っ込みなさい。
ミサイルが三層破ったところを突撃よ。衝撃に巻き込まれて軌道を乱すと他の地雷に触ることもあるわ。
そして、連中は集中砲火の準備もしていることを忘れないで」
「バカみてえに空間地雷まきやがって!! 今すぐ地獄を拝ませてやるぜ! 続け、野郎ども! チキンではないことを示してみろ!!」
ミサイル連射するユーバー。
そうしてそのままシールドを展開し、煙の中を駆け抜ける。
それはあまりに無謀で、危険で、彼の技量をもってしてやっと成しえることだった。
ユーバーの機体が完全に空間地雷区域から抜ける。
だが、他のものはどうだろう。
怖気づく者、その技術を持たず木っ端微塵になった者、最終的にユーバーと同じ戦場にたつこととなったのは半数以下だった。
「連中を調子付かせることになるな。ま、俺が全部始末してやるがな、アヒャっはっはははっはははっはっは!」
高笑いと共に操縦桿を倒す。
黒い鋼鉄の聖女マグダリアはもう目の前だ。
「…………」
いた。
まるでじっとこちらを観察してるような機体がたったの4機。
「…………?」
笑いがこみ上げてきた。
「くっふふふふうふううふっふふふ、あーっはっはははっははっははははっはは!!
どんな戦隊を組んでいるのかと思えば!! 脆弱だよ、君たち!」
数が取られたとて、こちらは20あまり。
何を考えているのか伺いたいくらいだ。
「でも、これでもう終わりってわけじゃないだろうね」
その機体には大きなエンジンが取り付けられていた。
形状はそれぞれなものの同じシステムだろう。
だが、その中の一機だけ違うエンジンである。
イレギュラーな存在。
「お前が<天使の顎>か?」
さらに操縦桿を前に倒すと、4機はそれぞれ散っていった。
「逃がさない! 俺はあの小さいのを追う! あとは好きにしろ!」
追尾を始める。
他の機体は目に入らなかった。
「あのアマァ……! 随分とてこずらせやがって!」
すると、通信の回路が開く。
リヴァイアサンとはまた別の回路だ。
「まさか?」
ボタンを操作するとモニターが開く。
そこに映ったのは赤い髪の派手な女だった。
「お前が<天使の顎>……?」
思っていたよりも若く華やかである。
そして、威圧の強い不適な笑み方をする女だった。
「知ってて喧嘩売ってるんでしょうね、アンタ!」
まるで危機感を感じていない態度に驚きながらもユーバーは余裕の返事をする。
「屠殺業者に頼まれてここにいる家畜を処理しにきました」
「偶然ね、私もなの!」
旋回するキャンサー。今度はアンジェラが後ろをとる。
即効でミサイルを吐き出すがそれを交わしてユーバーは距離をとった。
「ははははははは、そんな攻撃があたったら僕は恥ずかしくて母艦に戻れないよ!!」
「戻らなくてもいいのよ」
睨みあう両機体。スピード戦になりそうだ。
そうして両者が動き出す。
はなっから光子ミサイルをばら撒いて、他の機体を巻き込みながら戦場を縦横無尽に飛び回る。
お互いにミサイルの軌道上にいるにも関わらず全くそれがあたらない。
互いの実力が五分五分だということがわかるがミサイルが当たらず戦闘もほぼ延長戦であった。
何十分もすれば地球軍の機体が減っている。
もとより、パイロットはごく一部で、陸戦の軍人に比べたら数が少ない。
何より、プリマテリアの効果を使いこなせず、また<灰の断頭台>と呼ばれるほどのフラウに怯えるものさえいた。
背を向ければ即、死。
だが、精神をプリマテリアに飲み込まれると判断力が鈍る。
量産ではなく、個々に合った機体に乗ることによって銀翼のアクロウル・ブレイズは更な飛躍を遂げた。
さらに、逃げようときびすを返せばマグダリアの司令室で観測員たちが操作している空間地雷の餌食となってしまう。
近寄らせない、そして返さないクモのような策略はカルヴィン、そしてモブの陸戦の知識と経験によって生み出されたものだった。
結束していくマグダリアの力。
戦況は解放軍に傾いている。
だが、アンジェラと対峙している青年パイロットには状況は関係ないのか、彼は向かってくる。
そして、とうとうそのミサイルがキャンサーを捉えた。装填数の差である。
キャンサーのシールドに正面からぶつかり難を逃れたがその機体は激しく回転しながら軌道を見失ってしまう。
「かかって来い!! どうした、ビッチ! 命乞いでもしてみろ!! ひゃはははっはははっはは!!」
もう一発構えながらユーバーが高笑いを響かせる。
「アヒャひゃはっはははっははは! 地獄で悪魔の靴底でも舐めて来い!!」
「下品な野郎だわ……!!」
キャンサーは方向転換をし、エンジンを吹き返した。
そして追撃を華麗にかわし、ユーバーの前に躍り出る。
こうして探り合って時間を潰してもミサイルを無駄にするだけだ。
再度、にらみ合いながら軌道を移動する。
ユーバーのほうにはミサイルが残っておらずアンジェラもあとニ発となっている。
残る武器は機体に装備されているものだけとなる。これが緊急用の最低限の武器か、攻撃性の高いものになるのかであらゆる勝負を分けてきた。
アンジェラはキャンサーのシールドを全開にし、ユーバーの機体から放たれているフォトンレーザーに備える。
槍と化したフォトンの黄色い光が禍々しく闇を照らしていた。
「ヒャーっははははっはっはっはっははっはは、武器を持たない機体ででかい口を叩くとは余程のヴァカか!
いいぞ、串刺しにしてそのまま凱旋してやるぜ!!」
突撃するユーバー。
しかしアンジェラは動かず応戦するつもりだ。
「調子に乗ってると機体ごと叩き潰すわよ!!」
キャンサーが鳴く。
そのエンジンが酷く泣き叫び、震えていた。
そして、青いフォトンの鎧を何十にも展開し、向かってくるユーバーの秋水改のレーザーブレードをはじく。
「!?」
本来なら貫いていたはずだ。
どんなに硬い装甲の軍機も貫いてきたレーザーブレードが形を失っている。
「残念だけど、お慰み程度のシールドじゃないの。武器はこのシールドよ!」
「!!」
そのままキャンサーが体当たりを仕掛けた。
体当たり、というよりもシールドを押し付けている。
ヤバイ。
プリマテリアの武装をしている装甲に別のプリマテリアをぶつけられたら構造が狂ってしまう。
秋水改のシンクロメーターが急に不安定に揺れ始めた。
「!?」
精神戦だ。
このままでは<天使の顎>に飲み込まれてしまう。
「負けられない! 負けられない!! 私は、帰らなくてはならない!!」
その感情を伝えているのはもはやモニターではない。
プリマテリアを通して直接流れ込んでいた。
このままでは飲み込まれる。
そんな馬鹿げた結果では笑いものにすらなれない。怒涛が口から吐き出された。
「ふざけるなぁあッ!!」
その瞬間、秋水改が応えた。
感情の高ぶりを機体が受け止め、しかし、そのやり場の無い感情が暴走を始める。
「!!?」
アンジェラは本能に近い判断力でミサイルを放った。
甘んじてそのミサイルを喰らいながらもユーバーの機体にはほとんど通用せず、キャンサーは怯えたように下がる。
「まずい……!」
暴走し、ギオが放ったような攻撃をされたらキャンサーはもちろん、その後ろのマグダリアさえ灰にするだろう。
退避の意味が無い。
「…………!」
ここは少しでも自分が盾になり、防がなくては!
いや、その前に叩き潰す!
キャンサーがさらにシールドの展開を許す。
四枚目の甲をかぶってアンジェラは秋水改に突進していく。
「お黙んなさいーッ!」
機体がぶつかり、互いをはじいた。
ゴッ、と何かが動く。
「!?」
すぐ目の前で起きていることにアンジェラは気がついて叫んだ。
「デブリホール……!」
秋水改の船体が大きくへこんでいた。
それも無数のデブリに衝突したようでしかも目の前で軋み変形してゆく。
これ以上近くにいたら危険だ。
「……ッ」
押し切るより先に爆発するだろう。
パイロットはそれを分かっていないようだった。
「プリマテリアに飲み込まれている……!」
キャンサーが距離をとっても今度は追ってこない秋水改。
離れていくうちに大きく、ベコン、と変形してゆく。
全体をよく見てアンジェラは驚愕した。
無数のデブリホールでよくもあんな戦闘を繰り広げていられたものだ。
だが、それもやはり無理だったのだろう。
「この俺が、この俺が、この俺が、この俺が、この俺が、この俺が、この俺が、
この俺が、この俺が、この俺が、この俺が、この俺が、この俺が、この俺が、
この俺が、この俺が、この俺が、この俺が、この俺が、この俺が、この俺が!!
負けるわけがねぇーッッ!!」
「ユーバー!!」
モニターからの声で彼は咄嗟に現実を取り戻した。
その白銀の紳士が一体何者か思い出すのにたっぷり呆けてユーバーは絶句する。
今まで何をやっていたのだろう。
「脱出しろ、機体を捨てろ!!」
「何で……」
機体を捨てれば脱出用のポッドになっている。
リヴァイアサンの主砲によって空間地雷の壁にも大穴が開いており、回収だけならなんとか<天使の顎>の目を盗んで可能だろう。
だが、ユーバーはそれでは納得しない。
「俺が負けるわけが無い、<天使の顎>ごときに! 俺はまだ戦えるんだ、<天使の顎>なんて!!」
「帰還命令だ、ユーバー!」
その間にも軋みが続き、だんだんと形状を変えていった。
このままでは脱出ポッドも壊れてしまうかもしれない。
それでも高ぶり、プリマテリアに精神を喰われたユーバーはそのボタンに手をかけようとはしない。
ボン、と腹に響く音が機体を揺らした。
ユーバーの左の肩口のプレートが外れ、中から火が吹く。プレートが左腕を大きく切り、炎が焦がす。
「うぎゃあああああッ!!」
耳を劈く悲鳴を上げながらもユーバーが唱えたのは執念だった。
「俺はまだ戦える、この俺が負けるわけが無い、負けるわけがあああぁぁぁぁぁぁッ!!
あはははははっはっはっはあはははっははは!! ひゃーっはっはあっはっはあっはっはははは!!」
「脱出しろ、ユーバー!」
もはやモニターからの声は届かない。軋みに掻き消えていく。
「っはっははっはっはははは!!」
高らかに笑う。
まるで、己の勝利を確信したかのように。
そして左腕が燃えている。
痛みをもプリマテリアが喰らっているのだろうか。
そのとき、彼の意思とは無関係に緊急用のポッドが動く。
「!?」
ボタンは押した覚えが無い。
だが、ユーバーの身体はシートに固定され、下降し、甲板下のポッドに詰め込まれ宇宙空間に放り出された。
「な、な、な、な、ななんだ、なんだこれは、なんだ!
おい、一体どうなってやがる!!!」
宇宙に浮かぶ武器も何も無いポッド。
その標的をアンジェラはただ見守っていた。
ミサイルはまだ余っている。追撃しようとそれを押したが、キャンサーが拒んだ。
「…………。優しいのね、あんたたちは……」
ユーバーをポッドに詰め込んだのも秋水改のプリマテリアの意志なのだろうか。
アンジェラにはそう思えてそれ以上ボタンを押すのを諦める。
空間地雷の壁にあいた大穴から偵察用の、しかも何の装備もしていない地球軍の機体がポッドを回収しにくる。
その機体は相当の技量のパイロットを乗せているらしく、攻撃をあざ笑うようにかわすと見事というしかない動きでポッドを回収し、去っていった。
「…………」
失敗した、と思う。
どうせなら完膚なきまでに壊しておくべきだったのだ。
だが、優しいキャンサーでは無理だったのだろう。
「…………」
あの力に、名誉に固執した男のことだ。
自分だけ助かったとあって屈辱に感じるだろう。それでよかったのかもしれないが、ただ気になることがアンジェラにはあった。
彼我にはどんな違いがあるのだろう。
「…………」
爆発が起きた。
キラキラと花が咲く。
どうしても摘み取れない宇宙のゴミとなって。
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