NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 17 *サキノハカといふ黒い花といっしょに*B
「なんかねー、歯に詰まってる感じがする」
「…………。まずぅー……」
真面目に貯蔵庫を整頓しているフラウとリサとミリィ。
すぐに飽きて貯蔵庫の外で乾燥納豆を開いているアンジェラとそれを食べさせられているギオとモブ。
乾燥納豆の袋を片手にアンジェラは肯定的な意見を吐き出さない二人にまた無茶を言う。
「じゃあその”まずぅー”なところを一般化して伝えなさいよ」
「洗いたての犬をしゃぶったような味がする」
「すげぇわかりにくい」
ばっさり斬ったアンジェラ。だがモブは頷いて付け加えた。
「…………。洗いたての大型犬。ゴールデンレトリーバー」
「そうそう! 洗いたてのゴールデンレトリーバーの味がする!!」
手にした乾燥納豆の袋をしげしげと見つめるアンジェラ。
そういった犬成分は入ってない。
「洗い途中のゴールデンレトリーバーかな?」
ギオが首を傾げたがどちらにせよ、アンジェラにはわからない。
乾燥納豆を口にしてみるがゴールデンレトリーバーを連想させる味は全くしなかった。
「先輩、ギオ、モブさん!」
貯蔵庫の入り口でフラウが仁王立ち。
これだけ犬がどうのと騒いでいれば怒るのも無理は無い。
「まったく、ジェラードさんが戻ってこなかったらどうするんですか!? このまま飢え死にする可能性だって否定できないんですよ!?」
「ジェラードは死んでも喰いもの運んでくるわよ。こなかったらこなかったで弱肉強食の世界になるだけでしょ?」
マグダリアの生態系でトップであろうアンジェラは自信満々に胸を張った。
本当にそうなった時は全精力が結束してアンジェラを打ち負かさねばならない。
「きちんとやることやってください! 皆さんもですからね」
「皆さんもって……」
アンジェラとギオが声をそろえた。
「パイロットは戦闘機に乗る以外に何が出来る?」
それにモブがこくりと頷く。
「だーかーらー!」
フラウの怒りが爆発したのかと思えるタイミングだった。
警戒警報のアラートが鳴る。
「あら、本職が呼んでいる」
呑気なアンジェラだが、このタイミングは例の攻撃だ。
「SS隊…………」
ギオの呟きと共にアンジェラが走り出す。
それを追って三人も駆け出した。
瞬間、リサの応援の言葉が聞こえてアンジェラは余裕で後ろ手に大きくサインを送る。
「これが本当の終幕ね」
体力に自信のあるアンジェラだが、モブがそれを追い越し、ギオが隣に追いつく。
「どうしたんだ?」
「…………」
急にアンジェラの表情が翳った。
赤いアラートのせいで目の錯覚かと思われたが、違う。彼女の表情に緊張が走っている。
その束縛の名は、ラッセル・レヴヴィロワ。
「アンジェラ」
「なによ」
「それ、どうすんの?」
「…………」
片手に乾燥納豆を握り締めている自分がいた。
「…………ふ」
洗いたてのゴールデンレトリーバーの味。
「あははははは!」
腹筋が痙攣し出す。
よく考えたら笑えた。
減速してゆくアンジェラをフラウが追い越し、とうとうアンジェラは止まってギオも少し先を歩いていた。
「はははは、笑える……! 犬の味……」
先を行くギオが微笑している。
「緊張、とけた?」
「うん」
「ほら、急ぐぞ、<天使の顎>」
「わかってるわよ!」
乾燥納豆を廊下の真ん中に置いて再び走り出す。
「ところで、ギオ」
「ん?」
「前々から聞こうと思ってたんだけど、どうして5年も前の約束なんて覚えてたの?」
「そりゃあ、お前ー……」
「一般化して伝えなさいよ」
「うーん。スキ」
「…………」
照れたのではない。
アンジェラは失笑した。
「お前、本当に可愛くないなー。俺、ガックシだよ」
「面白くなかったんだもん」
率直な意見を述べてアンジェラは艦内デッキのドアを開いた。
赤い世界で誰もがまだ戦闘機には乗らず、艦長のカルヴィンの周りに集まっている。
「よう」
軽く手を上げたカルヴィンの元に駆けつけてアンジェラは現在状況について求めた。
「敵は先攻部隊、咬ませ犬ってとこだな」
「犬……」
「アンジェラ、お前のと俺の機体にはまだMエンジンがついていない。
だが、お前は往ってくれ。俺はMエンジンがつき次第向かうそれまでは司令室からトラップを操作する」
「了解、でも、敵の数は?」
「50機」
「そ、そんなに!?」
「半数はトラップでもぎる。それでも多いかも知れないがこれからはもっと多くなる。
マグダリアの主砲も今、マディソンが整備している。もしかしたら使えるようになるかもしれない。
そのときは連絡を入れる。軌道上から退避してくれ」
「わかったわ」
話を終えて一息つくとアンジェラは艦内デッキの様子がいつもと違っているのに気がついた。
ゾディアック・ブレイズの一部機体が無い。
アクエリアス、サジタリウス、リーブラ、ヴァルゴ、ジェミニ。
「…………」
解体され力に成り代わったものの残骸があるだけだった。
「もはや、ゾディアック・ブレイズ、十二星座とは言えないわね」
「それについてなんだが……」
カルヴィンが困ったような歯切れの悪い口調で告げた。
「そうだろうから、機体は”アクロウル・ブレイズ”と呼ぶようにってあのジイサンが……」
「広告媒体じゃないんだから!! ……っていっても名前なんてどうでもいいけど……。抜け目無いわね、本当に……」
使えるものは何でも使う、そんな強かな姿勢が垣間見える。
パイロットにとっては名前よりもその性能だ。
どれだけ自分に従順か、どれだけ自分に応えてくれるかだ。
「この様子じゃ、ちょっとは時間あるんでしょ?」
「二時間。それが向こうが提示した時間だ。信じるなら時間は少しあるな」
「…………いやな予感がするから急ぐわ」
「そうしてくれ」
警報はやまない。
それぞれが自分の機体に乗り込もうというときだった。
アンジェラはキャンサーの下で振り返る。
「ちょっと、あんたの機体はここじゃないでしょ?」
指を突きつけてギオを注意するが彼はわかりきっていると頷いた。
「再確認」
「何の?」
「俺はさっき言ったとおり。それで、約束したよな」
「そんな昔の……!」
「自分から言っといて忘れた?」
「…………」
とぼけたギオにアンジェラは言葉を失った。
頬が急に熱を帯びる。
両手の甲でその熱を冷まそうとすると逞しい腕に抱き寄せられて周りの目が気になった。
脳は沸騰寸前で身体は熔けてなくなってしまいそうなのにこうして抱きしめられて形をとどめているのが不思議だった。
「俺は卑怯者だから、臆病だから、ラッセルと戦う前に確認したかった。
ここは、俺が帰ってくる場所でいいんだよな」
「……絶対に帰って来るんだよ。絶対にだよ? 意味わかってる?」
「俺、そこまでバカじゃない」
ちょっと見下した目つきでアンジェラの頭に手を乗せるとギオは背を向けた。
いつからそんな風に見下ろされるようになったのだろう。
あの約束をしたときは彼が自分の肩に顔をうずめていたはずだった。
「バカだよ……」
パイシーズに乗り込む姿を見て不安が生まれる。
彼を失ったときの恐ろしさ。
カナコを失ったラッセルの悲しみ。
死出の道をいざなう卓郎の痛み。
今ここで討ち果たしあう運命。
「…………」
怒り。
弄んだのは誰だ。
「…………」
喜び。
巡り逢わせたのは誰だ。
「神様がいたら……」
アンジェラはそれを言い残して機体に乗り込んだ。
広がる宇宙に人間以外に何がいるというのだろう。
地球が目に入った。
あの暖かい場所を捨てて宇宙に手を伸ばそうという人間。
まだ、あのゆりかごの中に入って子守唄を聴いていたほうがいいのかもしれない。
こんな寒くて孤独な場所のどこに神様がいるというのだ。
アンジェラは闇に目を戻した。
死の川<天使の顎>が広がっている。
今日は綺麗に見えた。
もう少し時間があるようだが、アンジェラはただ遠くを見る。
「宇宙に来たけど、今は地球に帰りたい……」
一体誰の言葉だったのだろう。
泣けない涙をこらえながらアンジェラは<天使の顎>を見つめた。
それが誰の棺となるのか、今は考えると目頭が痛む。
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