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NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 16 *恋は焦らず*C
「おかしいのう……」

 未だに出しっぱなしの将棋盤を見て今度はマディソンが頭をひねる。

「わしが勝っていたはずなんじゃんがのう……」

「何ぶつくさ言ってるの?」

 後ろからにょっきり出てきたのはギオだった。
 孫と祖父のような年齢の二人はとにかく仲がいい。
 おじいちゃん子なギオにとっては好奇心を満たしてくれるものを提供してくれる存在がマディソンだった。

「いやあのう、卓郎と勝負していてやっと勝ったはずなんじゃが、いつの間にか駒が動いて打ち負かされておった」

「それならアンジェラがいじってたよ〜」

 と、武器輸送をしていたジェラードが通り過ぎざまに。
 自然と視線が、まだあの衝撃的な絵を認めてもらえずに唸っているアンジェラに向かった。

「そりゃないだろ」

 否定するギオに聞こえないようにマディソンは呟く。

「さすが我が同窓ソウジの娘じゃ……」

 その言葉をさらに覆い隠すようにデッキのドアが開いた。
 モブをつれてきた二人が戻ると、ちりぢりになって好き勝手していたクルーももう一度集まる。
 不自然な形の帽子をかぶっているモブに疑問を感じつつ、黙ってマディソンの前に並ぶと彼は全員の顔を見てから口を開いた。

「すまんのう、これからゾディアック・ブレイズをいじろうかというのじゃ、パイロット諸君にはチぃト不便になるかもしれん。
 作業スケジュール自体は三日間じゃ。元は出来ておる。後はMエンジンをつりつけ微調整をするだけじゃ。じゃが、一つ問題があっての。
 プリマテリアの制御装置を外すことになる」

「単刀直入に言って。どうなるの?」

 アンジェラの言葉にマディソンは眉をひそめた。
 今の言葉でそれが危険な行為だというニュアンスを取れなかったのはアンジェラだけだろう。
 しかし、アンジェラらしい。

「暴走を引き起こす。以前のギオのように。あれは精神的負担がかかりすぎるのじゃ。
 一撃放った後に戦闘不能になっては元も子もない。じゃが、今の装備ではSS隊どころかザコの波を越えられるかわからん。
 精神的な戦いになるじゃろう。アンジェラ、モブ、カルヴィン。お前さんらはもう自らの有りどころが見えとるようじゃな。
 フラウちゃん、ギオ。お前さんらは改造をしてはならんのかもしれん」

「おい、何だそれ! 俺はやれるぞ!!」

「お前が一番の不安要素じゃ!」

「……う」

 声を荒げたマディソンに条件反射で背筋を伸ばしたギオ。
 故郷の祖父に叱られたことを思い出す。

「ギオ、お前さんがMエンジンを取り付けるのは勝手じゃが、そのお前さんを心配することで周りが精神的に揺らいだらどうするんじゃ?
 そればっかりはお前さんにはどうしようもないことじゃろうて」

「…………」

 辛辣で正論で反論の余地が無い。
 さすがのアンジェラも口を挟まなかった。
 彼女には守る力があるが、またそこでカバーをするといってもギオのプライドが傷つくだけだ。

「私は自信があります。ダメなら、戦闘機を降ります」

 自信がある、という以上、本当は降りるつもりは無いのだろう。フラウにも、マグダリアを守る理由がある。
 これ以上、親愛なる者を失ってはいけない。
 復讐にやってきて手に入れたものは復讐をしないための戦いだった。
 それを彼女は理性で納得している。
 だからこそ、言葉として紡がれ、口に出た。
 だが、本能で感じ取っていたギオはどうだろう。
 誰もがギオの答えを待った。
 誤魔化すことも出来ない。しかし、虚栄を張ることも出来ない。
 怯えた子犬のようになったギオにアンジェラが声を投げかける。

「約束、したでしょ」

「……あ」

 ギオが目を光らせた。
 ギオが思い出した約束はカナコとした約束であってアンジェラ自信は全く関係の無いことだと割り切っていた。
 だが、それとは別に、アンジェラは誓っていた。
 どれのことでもいい。内容は同じだ。
 答えて!
 そう念じながら見つめた青い目にはそれまでと別人のような光が灯る。

「ここで足踏みしたら余計危ないよ。大丈夫、俺にもちゃんと行きたい場所は見えてる」

「忘れとったくせに」

「へへ……」

 照れ笑いの脳裏には約束の言葉が蘇る。
 カナコとの、では無い。アンジェラとの約束だ。
 夢うつつに再生された言葉に奇跡的な感動を覚える。

 ”君と、生きる”

                  *             *            *

「よく、ゾディアック・ブレイズを許したな」

「とっておいても仕方ないものじゃない。あんなもの、形見にされても洒落がきいてないわ」

「艦長は他に残しているだろう。俺は豊とは長い付き合いではなかったが、あいつは洒落たやつだぞ。
 あんな無骨なものだけを一人娘に残すはずない」

「そね、でも今は父のことを聞いているんじゃないの。あなたのことよ」

「…………」

 卓郎もトリコも近場の椅子に深く腰をかけ、たっぷりと座った。
 卓郎が遠くを見つめてことの発端を探る。

「この世には俺のように運命を弄ぶ力を持った”神”がいる。そいつの力は完全に使いこなせば俺の比じゃない。
 それこそ”神”として支配をする力を持つ。だが、それを良しとしない機関がある。
 それが俺と仲間の属している機関、ネガティヴ・グロリアス機関だ。通称NG。
 俺はその隊員の一人で、今まで何度も神を狩ってきた。正確には”神”の可能性を持つものだが、常人には認識できないレベルで奴らは存在する。
 それを探知し、排除するのに何百年とかかり時に排除に失敗にすることもある。俺はそれを続けてきた。
 俺が何十年と老いを知らぬ身体なのは、プログラムとしてこの世界に介入してるからだ。データ人間といっていい」

「ちょ、ちょっと待って! それって、ええと、この世界のほかにも別に世界があるって前提で言ってるわよね?」

「そうなる。いくつも折り重なった形状をしている。非常に近いが、その狭間には認識の壁があって、互いの世界は交差しない、はずだった。
 俺の世界での時間軸で20年ほど昔に、その認識の壁が魔方陣<天使の顎>によって壊され、隣接する世界にAI――”イエス・キリスト”が流れ込んだ。
 彼らはあらゆる世界を支配しようと成長し、力をつけた」

「<天使の顎>……!? それって……」

「偶然じゃない。俺たちはAIがに接触する運命を持った目標には必ず<天使の顎>というネーミングで呼ばれるように目印をつけている。
 それがアンジェラとなった。<天使の顎>を追えば、”イエス”にたどり着く、そして、討つ。その繰り返しだ。
 俺は今、俺の世界で眠っている。俺を構成するプログラムを”イエス”と同じように流し込み続け、接続している。
 今、この瞬間も、仲間が監視しているだろう、もっとも、NGの力でもログとして行動が吐き出されているだけだが」

「…………。もっとうまく説明できないの?」

「本来、俺たちの活動は隠密だ。緊急の際には俺の仲間が説明をするが、今は緊急事態を通り越して、ゲームオーバーに限りなく近い。
 NGでは俺は見習いみたいなもんだ、一人では何をすればいいのかわからない……だが、俺は離脱するわけにいかなかった……。
 俺は、ラッセルと契約をした。信頼を裏切るわけにはいかない」

「…………。あなたたちの世界から、データとして介入……。この世界はあなたたちの世界が作ったデータの中だっていうの!?」

 難しい顔で卓郎は言葉を選んだ。

「いいや、違う。むしろ、俺の方がデータだ。俺の世界で、プログラムと魔術の融合が世界裏に研究されている。
 その結果、<天使の顎>が世界の狭間に大穴を開けた。ほとんどはプログラミングで完成させた魔術の力だ。
 同じ手順を踏めば能率は悪いが介入が可能だ。安心してくれ。ここは、確かに存在して、確かに意味を成している」

「誰がそんな魔術を……」

 トリコが言い終える前に卓郎が怒るように言葉をかぶせた。

「俺の、父親だ……」

「……え?」

「俺の父が、あの世界最悪な魔術師が、自分の弱さを言い訳するためだけに連動世界に通じる穴を開ける魔術を作った。そして完成間近で死んだ。
 その魔方陣を利用して魔術のスポンサーが<天使の顎>を完成させ、大穴に”イエス”を流し込んだ。俺は父の犯した罪を代わりに背負わされただけだ。
 本当ならな、普通に学校行って、社会に出て、会社員やって、上司に怒られて、結婚して、家庭を持って。
 そんな平々凡々な人生を送るはずだったんだがな」

 卓郎は、うなだれた。
 不本意な使命であることはトリコにもわかったが、それでも彼が戦う理由がわからない。

「どうして、”イエス”を排除することを優先しているの? <天使の顎>を閉じてしまえばそれで終わりだとは考えないの?」

「”イエス”に乗っ取られた世界を見せられた……。何も無い場所で、干からびた生き物の死体が浮いているだけだった。
 奴らは吸い尽くすだけ吸い尽くし、後は自分も消えてなくなる、それだけだ。
 俺の父が寄生虫をばら撒いたおかげで世界が壊れる。俺は、それを黙認しながら生きることは出来ない……」

「…………」

「それに、俺しかいないんだ。俺と、BCしか。
 俺の父が作り、俺の父の……脳で発動した魔方陣は、
 父の遺伝子の一部を持った俺と、俺の世界とはさらに別の世界からやってきたBCしか受け付けない。
 それに、いつまでも父親の脳みそをカプセルの中に入れてさらしものにしておくもの気分が悪い。
 ”イエス”を取り除いて、世界のバランスを取り戻したら<天使の顎>を閉じる、それが俺の……、いや、NGの願いだ。
 俺からすれば、BCを一人で戦わせたくない。俺の、大切な……」

「…………卓郎」

「……なんだ」

 嗚咽と共に泣き伏せたトリコに優しい言葉をかけられず、卓郎は見守った。
 謝罪している彼女の声に何度も頷く。
 そこで自分の弱さを悟る。

「すまないが、話はまだ終わりじゃないんだ……」

「……ええ、聞くわ、聞きたい」

 赤く目を晴らしながらトリコは前髪をかきあげて強く返事をした。

「この世界で俺とBCをこの状況に追い込んだのは”イエス”の進化だった。
 イエスは、規制した世界の少しずれたところに巣を作る。頭の悪い進化を遂げた”イエス”なら直接、巣にウイルスを流し込むだけで駆除できる。
 だが、普通はそうも行かず、人間に紛れ込んでPCの使い方を覚える。そうしたら厄介だ。
 さらに<天使の顎>を開くかもしれない。奴らの狙いはそれだが、今のところそんな境地に達している”イエス”はいない。
 もっとも進化し、力をつけているのは、ここの”イエス”。奴は俺たちが巣への扉を開けないように、別世界プロテクトを組んだ。
 つまり、別世界の属性をもった俺たちは巣にたどり着けないということだ。
 そして、”イエス”を駆除する方法は俺たちNGの持っている”フェニックス・フォーチュン”の力の発動のみ。
 俺たちはこの世界で、”フェニックス・フォーチュン”が生まれるように噂を、伝説をでっち上げ、その可能性を提示し、
 俺たちの力を発動することなくこの世界天然の”フェニックス・フォーチュン”を作ろうと試みた」

「…………その結果、ソウジ・マクレーンが”フェニックス・フォーチュン”伝説に飛びついて、
 カナコ、いいえ、アンジェラを研究に使った……?」

「不本意ながらな。だが、彼女の力が精製されたおかげで俺は”イエス”にたどり着けるかもしれない。
 しかし、その前に戦争を終わらせる。それが道理だろ……」

「そうね」

 完全に言葉が途切れた。
 先に、沈黙に押しつぶされるのに耐えられなくなったトリコ。

「”イエス”を排除したらあなたはまた別の世界に行くの?」

「ああ、そうなる」

「そうしたら、あなたは私たちのことを覚えているのかしら……。
 だって、今までもたくさんの世界を歩いてきて、戦ってきて、いろんなことを覚えたでしょう?
 私たちもただの一瞬にしか感じてない?」

「俺は、誰かを記憶の中にしまうのは苦手だ。命を数で数えるのも、データにしまうのも、データになるのも嫌だ」

「…………そうね、あなたは前にもそんなことを言っていたわね」

 卓郎は以前に「いなくなった人たちを数字で理解するな」と彼女を殴った。
 それはどういう意味だったのだろう。
 トリコは今になってその衝撃が頬に伝わった。あの瞬間は弱々しかったが、その意味を理解して痛烈に痛んだ。
 彼自身、データと認識されるのは嫌なのだろう。
 それが死んだ者だとしても、死んだ者だからこそ、簡単な二寸法で閉じ込めてはいけない。
 その行為は彼がやったような過去を閉じ込めて凍結させて忘れさせようとすることなのだ。
 彼はその愚かさを理解していた。だからこそ辛かっただろう。
 カナコの、アンジェラの封印が解けた今、彼の道理も口から連ね連ねでてくるということだが、そう思うとやはりアンジェラは恐ろしい。
 とじ込められていたにも関わらず、それを破って、なお真正面を睨んで立ち向かっている。
 その脅威を本人は分かっていないだろう。だが本能に近いレベルで彼女は認識している。
 それが”自分”という生き物であることを。

「アンジェラには細かいことは関係ないんでしょうね……。あそこまで陶酔していたラッセルと戦うだなんて」

「…………。恐ろしい」

「?」

「俺は、この世界で暮らした年月でも多くのことを学んだ。あるとき、世話になった人の葬儀に参加してな。
 遺体を薬草で包んで直接火を放った。そのときに、俺はどうしてか名残惜しい気分になったんだ。当然かもしれない。
 だが、もう死は変わりようの無い事実なんだ。身体を取っておいてもよみがえることは無い。
 旅立ちを、素直に送り出すしかないんだ、あの人が立派に逝けるように。
 それを妨げることは”愛”じゃないんだろうな。結局、アンジェラにとってラッセルは過去だったということだが」

「……似合わないこと言って。でも、そうね、物悲しいけれど……」

「あの女は知っている。”其”の形状、表現方法、力。だからこそ恐ろしい。散々怯えてきた。
 だが、俺たちは目をそらすことが出来ない。”其”の行く先を見るまで、俺はここにいるよ」

 突然、卓郎の口調が柔らかいものに変わった。
 少し照れたような、はにかんだような表情は見たこともなければ想像をしたこともなかった。

「…………」

「ありがとう、トリコ。そして、すまない。こんな身勝手な俺のせいで、迷惑ばかりかけたな」

「バカね」

 涙をこらえてやっといつもの悪態がつける。
 アンジェラとラッセルだけではない。
 彼女もこの不器用な魔術師との別れは近づいていた。
 だが、引き止めることは出来ない。
 その誇りを貫き通してあげたい。そうして、共に誇らしくありたい。
 引き下がったわけではない。
 うなだれたわけではない。
 共にあろうと思う、その感情に偽りも無い。

 さようなら、さようなら。
 もう死んだ人。
 最初からいない人。

 蘇った女が、戦火で全てを弔うときが来た。
 戦火にて清め、なぎ払い、再生の宴を奏でよう。







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