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NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 15 *沈める鐘*C
「なあ」

「ん?」

 艦内デッキでさっそく子供たちのリーダーとなっているリサを横目にギオは黄昏ているアンジェラに話しかけた。
 周りはやかましいのに、そこだけがシンとなっている。
 互いに、何を言おうか模索しあって、それに飽きたギオは先に声を発してしまった。

「何を思い出したんだ?」

「…………。別に。あんまり大したことじゃなかった」

「……そっか」

「聞かないの?」

「言いたいの?」

「…………」

 また沈黙が支配する。

「…………。座ろうか」

 ギオの提案に答えて階段に腰を落ち着ける。
 アンジェラはギオの遺伝障害を知った。
 ”死への衝動”とは一体なんなのだろう。
 そして、その力とは、卓郎とは、”生への衝動”とは。
 ギオはどこまで自分の身体のことを知っているのだろう。

「アンジェラは、俺のことを思い出した?」

「うーん……。うん」

「約束、したよな」

「うーん……。うーん」

 唸るアンジェラ。
 よく覚えていない。もともとそれほど記憶に無いようだ。哀れ、ギオ。
 どうしてそこんとこピンポイントで聞いてくるかな、こいつは……。
 忌々しげに思っても解決策はなく、アンジェラは追い詰められて形になった。

「本当は覚えてないよね?」

「うーん……」

 覚えていないといえばまた泣くし、覚えているといえば突っ込まれる。
 かといってこれ以上曖昧にできない。

「忘れた」

 どうせなら正直に言おう。
 その言葉に案の定ギオが非難ゴーゴーな目を向ける。

「だって……」

「もういいよ、言い訳されてチョー虚しい」

 ムカツクくそガキめ、と思わず口に出そうになるのを押さえてアンジェラはギオに訊ねた。

「あんた、”死への衝動”って知ってる?」

「”死への衝動”? フロイトのタナトスか?」

「なんだそれ」

「生きることそのものを苦痛と考える破壊のバイアス、方向性。自己破壊的な欲望。諦め、絶望、破滅……。
 その反対に”生への衝動”ってのもあるけどこれは基本的な人間の欲望と考えていい。どうだ、学者の息子の脳みそは」

「それだけ?」

「ん? タナトスはギリシャ神話で”死”の神で、後に心理学用語になったってことか?」

「いや、ええ、まぁ、うん……」

 自分の身に何がおきているのか、彼は知らない。
 彼自身、短命で過剰成長なのは知っていておかしくないが、どういう事なのだろう。

「…………」

 ギオの顔を睨んでアンジェラは考えた。
 もし、もしも彼が”死への衝動”の能力を確かに持っていたなら、自分にも真逆の、不老不死の力があるはずだ。
 だが、不老不死とは程遠かった。
 ギオとであったとき、そしてかばったとき、怪我をしている。
 その痛みは昔と何一つ変わらない。
 そして、ギオは自分の身体の異変に気がついていない。
 どういうことだ。
 まるで、自分たちが授かってしまった遺伝子異常の力が数年前からばったりと消えてしまっているようだ。
 突然、アシュレイの言葉を思い出す。
 ”私たちは、独自に開発をしているわ。ううん、”ネオテロメラーゼ”ではなくて、あなたの身体の激化を抑えるためのワクチン”
 ”あなたの過剰な細胞分裂を殺すわ。”
 ワクチン?
 彼はワクチン?
 もしかしたら、もうすでに効果を示している?
 いや、違う。
 アシュレイはそういった意味で彼と引き合わせたのではない。
 恐らく、それは相殺効果のための引き合わせだった。
 我に返るとギオの顔がやたらと近づいていた。

「油断もすきも無いわね……」
 
 顔面を押しのけられてもギオは反論する。

「なんだよ、見つめてときめいてたじゃん!!」

「ときめいてない。考え事してたのよ」

「こういう時に雰囲気に流されない女、すっげー可愛くない、可愛くない! 照れるくらい嘘でもやってみろ!」

「二回言いやがったわね、ド畜生。残念ながら私には都合のいいオプションはついてないの」

 考えがまとまりつつあるところで邪魔が入った。
 アンジェラは立ち上がり、伸びをする。
 もう一度、出来れば静かなところで考え直そう。
 何歩か歩いて振り返る。

「ついて来ないでね」

 半腰で静止していたギオは腰を戻すことになってしまった。

「よし」

 まるで犬に命令するようにアンジェラは手をかざす。
 そして、そのままあとずさっていった。

「…………」

 なんでそんな扱いなんだろう。
 思わず言うことを聞いてしまったが、ギオは疑問に首をかしげるのだった。
 艦内デッキが一番のスポットなのだが、そこから移動するとなると、自室か食堂だ。
 だが、今は静かな場所がいい。
 そう考えたら用具倉庫への通路階段だ。
 照明も経費削減に向けて暗くなっており、非常等だけが光っている。
 手すりは丁度よく腰を預けられるほど廊下にでしゃばっていた。
 暗闇に目を凝らして考えておこう。
 そう思って所定の位置につこうとした。

「あ」

 先客だ。

「艦長、なにやってんの?」

「お前こそ」

 恐らく、同じなのだ。
 荒々しい戦士であるという共通点のある二人の行動はどこかカブっていることが多い。
 行動パターンも戦略も重なって言い合うことも多かった。

「私は、ちょっとアンニュイな気分になろうと思っただけよ」

「俺もだ。他あたるといい」

「あんたは卓郎から逃げてるだけでしょ!?」

「いいや、今日はそうでもない。ここのところ顔もあわせていないからな」

「あら、倦怠期?」

「それが永遠に続いてくれるといいんだがな。逆にまた何かたくらんでいる思うと胃に穴が開きそうだ。
 お、そうだ、リサにはあったか?」

 アンジェラは急に不機嫌な顔になった。
 それだけで疲れる事態に陥ったことはカルヴィンもわかる。

「あいつの母親はあんなんじゃなかったんだがな……」

 そして、取り付けられた窓から外を見つめる。
 アンジェラも窓に目線を移した。
 デブリの銀河が煌めいている。

「<天使の顎>か……。リサはお前に変なことを言ってなかったか?」

「『おねえさま』呼ばわりよ」

「…………。そうか、ならいい」

「何よ、私が<天使の顎>じゃいけない?」

「よくは無いな……」

「な、ムカ〜……」

 カルヴィンの横顔を見てアンジェラの勢いがしぼんでしまった。
 外を、睨んでいる。
 Lv5軌道を、<天使の顎>を忌々しげに睨んでいる。
 間違いなく、彼は<天使の顎>を嫌っている。

「…………」

 不快なほどの怒気を放っている彼は今までに見たことがなかった。
 あんなに寛容で大雑把で懐深い彼が、こんなに近くの存在にそんな感情を向けているとは。

「お前は<天使の顎>がそう呼ばれる由来を知っているか?」

「…………。うん、完成間近だったLv5コロニーが戦争に巻き込まれて大破したって……」

「リサの母親はLv5コロニーの設計士の一人だった」

「…………」

 眼前に流れる銀色の死の川に目を向けたままカルヴィンは語る。
 アンジェラは正直、耳を塞ぎたかった。

「おかしな話だ。戦争に参加なんかしたくなかった俺が解放軍の艦長なんかやってる。
 本当はな、この艦に来た理由はお前を倒すためだ。もしかしたら俺が戦争を止められるんじゃないかってな。
 だが、いざお前と対峙して思い知らされた。”<天使の顎>では今尚生きているバカな連中がいる”と」

「……バカは、余計だよ」

「はは、すまん。<天使の顎>は墓場じゃなった……。俺にはそれがわかっただけで上出来だ。
 リサは俺が<天使の顎>を毛嫌いしていることを知っていたからあそこまでやったんだろう。迷惑かけたな」

「…………。だから、艦長になるの、あんなに嫌がってたんだ……」

「それもあるな。だが、今はやめる気は毛頭ない」

「頼んます」

 アンジェラのバツの悪そうな言葉にカルヴィンは見下した笑い方をした。

「ぶわはははははは」

「何よ」

「似合わない。お前の過去が洗い浚い出回っているのに自分のことを話さないのはフェアじゃないと思っただけだ。
 面白くなかったら聞き流せ」

「…………」

 聞き流せといわれてさらりと流れてくれるほどならいいが、なかなかヘヴィーである。
 アンジェラは小難しい顔で肩をすくめた。

「好きにしたらいい。いくら仕組まれているとはいえ、それは頭だけの問題だ、手足は本気で殺しに来るんだろう。
 それが俺たちの戦いだ。アンジェラ、お前はどうするんだ?」

「どうするって?」

「ラッセル」

「わからない」

「…………そ、そうか、そうだよな。我ながらバカなことを」

「違う」

 カルヴィンがアンジェラに目線を戻したとき、彼女は少し、泣きそうだった。
 アンジェラが泣いたところは見たことが無い。
 それを悟られまいと顔中の筋肉を硬直させて彼女は無表情を作った。

「あの人は、もう死んだ人。カナコと一緒に……」

「…………お、お前、それでいいのか」

 強烈に手厳しい決断だった。
 ラッセルを切り捨てるような事を彼女が言うとは思えなかった。

「弔われたがっているのよ。それが彼の望んでいること。私は、私なりに、精一杯に、彼に答えるだけだわ」

「…………。お前、すげぇ女だな」

「今更言う?」

「呆れてるんだよ!! なんだ、そりゃ! 笑っていいか!?」

 青筋を立てて笑うはずの無いカルヴィンにアンジェラは苦笑に涙を浮かべて頷いた。

「笑え笑え! ラッセルは私より、カナコが好きだったんだもん、全部、カナコを救うための計画じゃない!
 そこに私なんかどこにもいないんだよ! だから全部、全部、綺麗に演じきって、踊りきって、私はちゃんと、アンジェラに生まれ変わりたいの!
 過去の自分に男取られるなんて、笑えるよね……」

「わははははははは」

「笑うなーッ!!」

 さっそくドツキが飛んでくるあたり、彼女なりに決心はついているのだろう。
 それを確認して笑ってみたカルヴィンだったが、何故か笑いが止まらなかった。
 そういえば、アンジェラのより上の立場に立ったことが無い。
 ここぞとばかりにカルヴィンはわざとらしい大笑いをかました。

「ぶわははははははははは!」

「ダーマーレーッ!!」

「あー、面白い面白い。面白いから、俺は去る。好きなだけそこにいろ、じゃあな」

「ぐう……」

 かろうじてぐうの音は出たらしくアンジェラは手すりに八つ当たりする。
 カルヴィンの背中を見送ってから、ふと考えた。

「あれ? なんでこんなところにいるんだろう?」

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