NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 15 *沈める鐘*B
地球軌道Lv3コロニー。
全面的に地球軍が支配した宇宙都市だ。
銀色に煌めくオフィス街をバイクが駆け抜ける。
擬似時間では昼食時の和やかな時間帯にバイクの唸りが街に響いた。
運転手はレトロな皮ジャンにほつれ、破れたジーンズ、炎が描かれた黒のヘルメット、1900年代後半を意識したファッションは彼の上司の影響だ。
「司令官長…………じゃなかった、総督」
ヘルメットに取り付けられた超高性能のマイクで先を行くリムジンに呼びかける。
「どちらでもいい。ユーバー、爺どもの飼い犬どもは任せたぞ。翡翠とクライヴもそっちに向かっている。
派手に凱旋してやれ。我々、SS隊に歯向かう者は女王とて粉砕しろ」
総督を暗殺し、その地位を横から掻っ攫ったラッセルの所業を正式な後続人の組織が許すはずが無い。
その、排除にラッセルはわざと囮となって派手なリムジンで街を徘徊する。
案の定、敵はここぞとばかりに狙ってきた。
相手はパイロットだ、戦闘機にさえ乗らせなければ陸戦を得意とする我等の勝利、その考え一つで。
だが、その認識が甘い。
SS隊は選ばれた者の集い。
軍人としてのスキルを全て持つ完全な人間の集団なのだ。
「了解しましたー♪」
言うと同時にユーバーは足元に準備していたエレクトリックガン、ケツァコアトルを左腕に装着する。
バットほどあるケツァコアトルはガシン、と頼りになる音を立ててエネルギーチャージを行う。
戦闘準備は整った。同じ道を何度も何度も通り、一般車両はもうついてきているはずが無い。
リムジンを追いかけていた一団がまとまり、背後についていた。
風をも追い越してユーバーは大通りに出て、通りの真ん中でブレーキをかけた。
タイヤが悲鳴をあげるも、従順にその回転をやめる。
道路の真ん中で反転し、止まったバイクに後ろの車両はたたらを踏んで止まった。
ケツァコアトルをハンドルに乗せ、照準を合わせる。
エンジンに震えるものの、その程度、計算すれば問題ない。
「はははははははははッッ!! おっ死ね、雑魚キャラ共!!」
悪魔のような笑い声とともにユーバーはプラズマの弾丸を発射した。
背後に控えた地球軍の覆面部隊は車ごと粉砕するはずだった。
しかし、それが車だけを粉砕する。爆音が響いてあたりが騒然とした。
間違っても、彼らも軍人。
即座に車を乗り捨て、わき道に飛び出していた。
「チッ、ちょこまかしやがる」
逃げ惑う人々をよそにユーバーはヘルメットの中で呟いた。
ボン、と車が音を立てて本格的に炎上する。
そのどす黒い煙の向こうからドッペラー効果のプロペラ音と共にヘリコプターが姿を現す。
シャープなフォルムのそれは軍事用のヘリだ。カーキの迷彩色で小型でありながらもプロペラ音はパワーの違いを見せ付ける。
道の脇の喫茶店のテラスに配置されていたパラソルや椅子、テーブルを風圧で吹き飛ばしながら、ヘリが現場の上空を舞っていた。
「撃て、撃て、撃て!!」
ユーバーに銃口を向ける地球軍の軍人たちに向かってさらに彼はケツァコアトルの二発目を放つ。
平穏な午後はことごとく破壊された。
「あら、マロンちゃん、かっこいいの」
ヘリから高見の見物をしていた翡翠が乙女のように両手を組む。マロンちゃんはユーバーの事だ。
上品な栗色の青年は今や道路の真ん中で放送禁止用語垂れ流しでケツァコアトルを乱射している。
「かっこよく死なれたら困るだろ。早くサポートをしてやれ」
ヘリを操作しているクライヴの言葉に、ゆったりとやれやれ、というリアクションをして、翡翠は奥からずるり、と大きな筒を取り出した。
ガトリングバズーカーだ。
そう屈強でも無い翡翠はヘリの窓から上半身を出し、自分の身長ほどもある鉄の筒を構える。
ヘッドマイクでユーバーに呼びかけて彼をどかすと、狙いも定めずにその場に銃弾の雨嵐をお見舞いする。
殲滅、というよりの派手に地層をえぐっているだけのような攻撃に誰がそれ以上はむかおうという気になるだろう。
「ユーバー回収」
クライヴがヘリの梯子を下ろす。
道路では、その梯子の先端に足を描け、ユーバーがまさに怪盗のような三段笑を上げて宙へ消えていった。
その手がまだケツァコアトルのトリガーを引きっぱなしなのは言うまでも無い。
「あヒャヒャヒャッ!! のたうちまわれ!!」
「ユーバー、いい加減、ケツァコアトルをしまえ。ヘリの中では必要ないだろうが!」
クライヴの一括がなかったら本当にヘリの中にまでそのプラズマ弾を放ちかねないところだった。
ユーバーを翡翠が回収し、チームでそろったところ、クライヴがリムジンのラッセルに連絡を入れる。
モニターにはリムジンの中で本を開いているラッセルが映った。
「こちら歓迎会組み。パーティーは大成功だ、オーバー?」
「ご苦労。派手にやってくれたようだな」
その連絡にユーバーがわって入った。
「総督、僕を足止めに使うなんて酷いですよ〜! 僕を汚れに使いまくるなんて……うう、実家にどう言い訳したらいいんだか……」
情け無い声を上げているユーバーにラッセルは溜め息をついた。
「よくやった。明日のニュースでは放送禁止用語の規制音がピーピー入りまくるピー。
ついでピお前はどう見ても未ピー成年だから顔が映らないピー。よかったピー」
「ピーじゃないです。まじめに取り合う気は無いですね」
「ない」
一刀両断。
ラッセルはそれ以上答える気が無いことを目で示す。
「総督、俺たちは先に基地に戻るピー。ゆっくり前線基地をピー視察してくださいピーポー」
「それじゃあ」
通信がきられるがユーバーは納得いかない。
八割がた利用された形で話が終わっている。
「マロンちゃん、あんまりラッセルのことばっかり追っかけてると頭悪くなるわよ?」
翡翠の言葉に素直に頷いてユーバーは答える。
「よっくわかりました」
部下の信用を失ったところでどうこうする男ではないラッセルはリムジンの運転を任せていたメイシンに話を持ちかける。
「これで、排除するものは排除した。俺たちの前にはだかるものは解放軍だけとなった」
「しかし、総督。我々が目を話した隙に解放軍は多くの勢力と協定を結んだようです。
何より、謎のパイロットも存在します」
「勢力を最前線に持ってきている。開発中の”秋水・改”も量産に向けている。数で勝負だ。
プリマテリアを組み込まばゾディアック・ブレイズも恐るるに足らん。最終決戦に向けて事は着々とすすんでいるが、何か不安ごとでもあるか?」
「いえ」
「…………。メイシン、お前は降りてもいいぞ」
突然、ラッセルの声が勢いを失った。
「え?」
聞き返すメイシンは思わず振り向きそうになり、バックミラーでラッセルを確認する。
ミラー越しに睨んでいる総督ラッセルの目は相変わらずに冷たい。
「お前には息子がいる」
「…………。家族がいるのは、皆同じです」
「お前は家族を守らなくていいのか?」
「軍人として地球を守る、それが私の戦いです」
「そうか」
目的はそれぞれ、しかし、舞台はたった一つ。
そういえば、自分は何のために地球軍に入ったのだろう。
力が欲しいわけでもなかった。
守るものもとっくに失っていた。
なのに、どうして。
「…………」
もしかしたら、そのときから死にたかったのかもしれない。
そのときから”死への衝動”に取り憑かれていたのかも知れない。
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