[携帯モード] [URL送信]

NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 15 *沈める鐘*A

 ソナタを奏でるが如く優雅な動きでキーを叩く。
 小さな部屋に三台のパソコンが起動する。その中の一台を操って卓郎は新たなロジックを組んでいた。
 黒いコートはベッドに投げ、ラフなシャツとジーンズで再度、黒ぶちのセンスの悪い眼鏡をかける。
 銀の眼球はレンズ越しにあらゆる記号を追った。
 指が勝手に紡ぎ上げる呪文。
 度々叩くEnterキーで印を結ぶ。
 築きあげてゆくテキストの魔方陣。文字はただ発生し、並んでいく。
 暗闇に三台分の光。
 そして、自分の鼓動の音を感知できるほど卓郎の神経は研ぎ澄まされていた。

「…………」

 走る指、走る文字。

「アベルは誰だ」

 殺しあう兄弟。死ぬのはどっちだ。
 長い戦いの末に見えるのは偽りの平穏か、純粋な混沌か。

「死ぬのは俺か?」

 NO。

「死ぬのはお前か?」

 NO。

「俺は永遠に彷徨うのか?」

 NO。

「彼は永遠に彷徨うのか?」

 …………。
 NO。
 卓郎の自問自答に答えがあったのだろうか。
 陰鬱な表情の奥に疲労を敷き詰めて卓郎はキーボードに伏せた。
 答えはなかったようだ。
 そのまま立て始めた寝息はすすり泣くように不規則だった。 

 さようなら、さようなら。
 もういない人の声が聞こえる。

                   *             *            *

 滴るような記憶の雫を受け止めて、カナコは、アンジェラはまどろむ。
 医務室のベッドの上だ。
 それはわかっていたが、意識は完全に過去に遡っていた。
 響くアラート、警戒態勢を訴えるその絶叫に身が強張り、落ち着かなくなる。
 連なる足音、追っ手を切り刻む銀色の目をした死神、自分の手を引いた黒衣の少女。
 狭く暗い鉄色の廊下を逃走し、アンジェラは地球軍の研究所を抜け出した。
 地球軍の軍人たちが大勢いて、走らなくてはならないと少女が叫ぶ。
 父の研究の生贄となり、廃棄物としてその一生を終えることを自覚した。
 かと思えば地球軍がバーキー大学を破壊し、自分と弟を連れ去る。
 再び、地球軍の施設で離れ離れになった姉弟。絶望はにも慣れてしまう。
 その矢先、救いが現れた。
 黒衣の二人組みは、目の前に立ちふさがる敵を排除して、そうして、そうして……。

「マグダリアに……」

 迂回と悔恨、そして、未来の末にアンジェラは決めていた。
 彼の懇願は、痛いほどわかる。
 それが、彼がくれた唯一の使命ならば立派に応えるしかない。
 悲しいことには、もう慣れた。

「…………バカな男」

 バカな男だ。
 不器用な男だ。
 その遊戯に鋼の心を持って応えよう。
 それが、アンジェラの決意だった。
 大きく深呼吸して身を起こす。
 気持ちのいい二度寝をさせてもらった。
 だが、休むことが辛すぎる。
 戦い続け、そして、見出さなくては気がすまない。
 本当の敵は誰だ。
 たくさん泣いた。目の周りを何度もこすって、今では手を触れるとしみるほどになってしまった。
 カナコの悲劇は確かに絶望したくなる。しかし、彼女が選んだのはカナコとしての復活ではない。
 アンジェラ・バロッチェの継続だった。
 カナコ・マクレーンを過去とし、解放軍のパイロット、アンジェラ・バロッチェとしての未来を選んだのだ。
 不死身の、不屈の、不滅の魂は再度、灯された。
 廊下に出る。
 そうして、誰もかもが目を丸くする中、彼女は廊下に鉄鎚のような足音を響かせた。
 司令室に向かえば、艦長カルヴィンと、その補佐、卓郎、そして観測員のカオ。
 毅然とした表情のアンジェラに驚きながらも、カルヴィンは挑発めいた笑みを浮かべた。

「おはよう、眠り姫」

「おはよう、パパ」

「…………」

 カウンターを返してくるあたり、彼女は相変わらずな女らしい。
 本当に可愛くない。だが、安心した。

「お前は、それでいいんだな?」

「…………。うん。いいの。私は、戦い続ける」

 本当はいい訳が無いだろう。
 だが、彼女は、ラッセルのために修羅の道を選んだ。想い出をまた殺すことにした。
 彼が開いてくれた未来を、素直に受け取ることにした。
 ある意味、しおらしく、ある意味、猛々しい。
 その矛盾した強さこそがアンジェラなのだ。

「それから、艦長お願いがあるの」

 疲れを悟られまいと無理にかわいこぶるところが似合わない。
 カルヴィンは冷たい視線を送っていた。

「なによ。その不服そうな面は!!」

「可愛くないからかわいこぶるな。気色悪い」

「ムカツクわねー! 女性に対して気色悪いとは失礼な!」

 とは叫ばれてもほとんどの人間がアンジェラを女扱いしていないのが現状だ。
 怪獣、猛獣、珍獣、もしくは、生きた戦車くらいだろう。

「そういえば、そうだったな、忘れていた」

 正直な感想を述べ、カルヴィンは本題に戻す。

「で、お願いとはなんだ?」

「ええと、リサちゃんに謝っといて」

「なんで?」

「だって…………」

 アンジェラが珍しく情けない表情になる。
 そして、カルヴィンの座っている艦長席の横にしゃがみこんでぼそぼそと呟いた。

「酷いこと言ったから……。なんか、一方的にまくしたてちゃって……大人気ないなってさ。反省してる」

「大人気ない!? 反省してる!?」

 カルヴィンの驚愕の声にその場が急にざわめいた。
 アンジェラまでもが目を点にする。

「ああああ、大丈夫か、アンジェラ! まだ休んでいてくれ!!」

「え?」

「お前が反省の言葉を口にするなんてまだどこかおかしいんだろう! いいぞ、休め休め!!」

 心配よりも怯えているようなカルヴィンにアンジェラは反応できなかった。
 本気で憐れんでいる。本気で慌てている。
 冗談では無いあたり、ことさら腹が立つ。

「おかしくない。もういい、自分で言うもん、パパの力は借りないもん」

「パパって呼ぶな。お前が言うと何か別の意味に取れる」

「艦長だって不本意なくせに……」

 アンジェラが立ち上がったところにカルヴィンは声をかけた。

「リサなら、きっとミリィと艦内デッキにいるぞ。まあ、あいつは物分り悪いからあのくらい言ったほうが利くだろう。
 今頃、ケロッとしてるだろうが気の済むようにしろ」

「……ありがと」

 デッキに向かいつつ、ふと思う。
 親子、兄弟、家族、恋人、友達、それ以外。
 それらのために命を投げ出すことが正義では無いだろう。
 だが、それで守れるというのなら、差し出しても構わないものがある。
 守りたいものがある。
 だからこそ、修羅の道を歩く。パイロットをやる理由は、守るため。

「私は……」

 マグダリアを、守るため、そこに生きている人たちを守るため。
 そして、あの大馬鹿と共に生きるため。
 決意を込めて艦内デッキのドアを盛大に開く。
 その音に大勢の目が向いた。
 静まり返る空気と軽い緊張が心地よい。
 カツン、カツンと足音を響かせる。奥にブロンドのツインテールを見つけてアンジェラは呼吸を整えた。
 今日は下手に出なければ。謝りにきたのだ。
 リサの前に出てアンジェラはかしこまった。

「あの、リサちゃん、あの時は……」

 どもりながらの説明がまだ続く予定だった。

「お姉さま!!」

 ツインテールを翻し、リサが飛びついてくる。

「ぐフォオぅッ……!」

 腹部に頭突きを喰らってアンジェラは奇声を上げた。
 さすがはあの傭兵どもをまとめるチビッコだ。アンジェラも認める怪力である。
 リサを杖代わりに耐え忍んだアンジェラは頭突きと同時に彼女が叫んだ言葉にやっと気がついた。

「おねいさまぁ!?」

「どこぞのアホ頭からお姉さまの偉業を聞きました!」

「アホ?」

「お姉さまは、本当はすごい方なんですね! リサは<天使の顎>のファンです!」

「だぁあああ、苦しい、苦しい! うっとーしい!!」

 ツインテールをつかんで思い込みの激しい少女を引っぺがすアンジェラ。
 その様子を、リサ曰くアホ頭のギオが遠目で失笑していた。
 いくらテンションが落ちていてもギオの言動は精神異常者の非じゃない。
 ナルシストで軟派な性格は変わっていないようだ。それだけは天地がひっくり返っても変わらないだろう。
 アンジェラはアホ頭を発見し、同じように失笑を返した。

「どーゆーことよ」

 まだ引っ付こうとしているリサを引き剥がしながらアンジェラが睨む。
 物陰からミリィがひょっこりと顔を出して高らかに説明した。

「リサちゃんは〜、<天使の顎>のファンなんです〜。
 アンジェラさんが毎度啖呵を切ってるってギオ君が教えてくれて〜、ますます火がついたみたいで〜」

「アホ〜ッ!! 人のコードネームをベラベラ人に話すなーッ!!」

「だって名前そのまんまじゃん」

 ギオの反論に何気なくミリィとリサも頷いた。

「でも〜! だいたい、あんた、そんで私が狙われたらどうすんのよ!!」

「頑張れ、お前なら出来るって俺は信じてる」

「無意味にいい感じの台詞吐くな!!」

「入院しても千羽鶴でも万羽鶴でも折ってやる。もう見るのも嫌ってくらい。鶴、折り殺してやる」

 話の意図が見えない。
 アンジェラはただただ眉をひそめた。
 全然、完全に、少しもわからない。
 眼差しが本気なだけあって、入院したら本当にやりかねない。
 ともかく、リサの方は謝る云々の問題ではない。
 カルヴィンの行った通り、何事もなかったようにそのハイテンションで喚きたてている。
 人の話を全く聞かないコなのは散々思い知らされた。なので実力行使でアンジェラは彼女の顔面を押しのけた。

「女の子だからってタダで触ってんじゃないわよ〜ッ!!」

「ハッ、払えばいいのか!?」

 それはもういくらでも払う勢いでギオが飛び出してくる。
 それをリサでかわし、ギオはリサに押しつぶされた形で倒れた。

「うう、ロリータな微熱が……」

「バカ言ってないで」

 頭を打ったのか、ギオは後頭部を押さえながら立ち上がる。
 ついでにリサにも手を貸して起き上がらせようとしたが、その手は突っぱねられてしまった。

「…………。もしかして、嫌われてる?」

 自分の手を見つつ、それが特に変哲の無い、いつもの手であることを確認する。

「…………」

 そして、一瞬翳った表情の意味を知ってアンジェラはわざと声を上げた。

「まだしょげてるの!?」

「あ、いや、そんなこと無い」

「嘘だ」

「…………。でも、大丈夫。今度は…………、迷惑かけない」

 しまった。
 逆効果だった。
 アンジェラが解決策を模索している間にドツボにはまりだすギオ。
 何か真剣な顔つきになり、静かにものを考えている。
 眉間にしわを寄せ気味の様子は様になっていた。

「…………」

 意識しないうちに大人びた印象になり、子供、ではなくなった。
 子供だったからそれ相応に適当に流していたこともあるが、今はそれが出来るだろうか。
 そう考えると随分恥ずかしいことをしたと思う。
 というか、逆にセクハラだろう。そう考えた途端、本当に恥ずかしくなった。

「…………」

「ん? なに?」

 急に顔をあげたギオにアンジェラはむすっとしたまま首をふる。
 見とれていた。
 そんなこと口が裂けても言うものか。

「とにかく!」

 アンジェラはリサに向き直る。

「リサ、これからはヨロシク。ミリィも。マグダリアにようこそ」

「はぁーい」

 女の子たちは返事がいい。
 その傍らで、ギオはぽかんとしていた。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!