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NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 14 *pieta*C
 ”エデンの東”が流れた。
 か細いハミング。テンポの悪い、不出来な名曲。
 燃えるような痛みは消え去った。
 だが、胸が痛む。
 愛しい思いに引き裂かれ、散乱した想い出を自分に飲み込ませるように泣く。
 涙を一つ流すたびに、事実を一つ、受け入れた。
 分裂していたカナコが記憶の凪から浮かび上がる。
 狂ってしまった父。救えなかった弟。
 優しかったアシュレイ。黒衣の二人組み。
 そして、ラッセル・レヴヴィロワ。
 たった一つ、過去と今をつなぎとめるものがある。
 歌が途切れた。

「夢を、見ていたの?」

 アンジェラは首を振って答える。

「そう、本当は、忘れたくなかったんだね……」

 まだ、夢うつつ。
 その声だけが、過去と今を繋ぎとめる青い糸だった。

「もう一度、眠ってごらん。今度は、いい夢が見れるから」

 言われるがままに目を閉じる。
 夢は見なかった。
 だが、悪夢もなかった。

                   *             *            *

 とても重要なことを忘れてしまうのも無理は無い。

「いや、無茶したよ、お前ら、十分に」

 ミイラ盗りをミイラにする船マグダリア。
 第二デブリベースからやってきた傭兵たちは帰還不能に追いやられた。
 乗ってきた戦艦のエンジン、部品、燃料、ごっそりなくなっていたのだ。 

「いい情報が耳に入ってきたのでのう」

「おっちゃん、誰から聞いたんだ? 卓郎しかいないだろうけど」

「わかっとるんだったら聞かんでくれ」

「…………」

 帰還できなくなった傭兵たちを会議室に押し込んでカルヴィンはマディソンとカオを問い詰めた。
 だが、原因はやっぱりあの男らしい。
 卓郎……。
 絶望的に頭の中で呟くと、どこからともなく声が返ってきた。

「呼んだか?」

 艦内デッキにて、振り向けば厄札。

「お前なぁ!!」

 さすがにつかみかかろうとしたとき、卓郎が微笑む。
 いつかの、子供のような笑い方だ。

「家族は一緒のほうがいいだろう?」

「……ッ!」

 こいつはリサと自分をマグダリアに置くためにわざとやったのではないか、そう考えた。
 だが、しかし……。

「余計なお世話だ!!」

 やっぱり襟首をつかんでカルヴィンは怒鳴り声を浴びせた。

「大体、あんな思い込み激しいバカ娘はおとなしくさせないと将来見えなくなるぞ!」

「あはははははは」

「何で笑う」

「将来見えないほうがいいじゃないか。面白そうで」

「…………」

 納得しかけてカルヴィンは頭を振る。
 この口だけの男に騙されてはいけない。

「ともかく、これで親子水入らず。離れて暮らす必要もない」

「…………」

「たった二人の家族だろう、離れ離れに暮らしていたら寂しいじゃないか」

「ッ、お前、どうして……!」

 リサが片親だけなのは言っていない。
 だが、彼女のファザコンぶりを見れば母親がいないことはすぐに分かった。
 それでも卓郎は肩をすくめる。

「お節介な死神がいてもいいだろう?」

「…………。お節介が過ぎると迷惑だ」

 とは言いながら、リサを送り返さないでいいことに感謝していた。
 久しぶりに抱きしめた娘は思い出よりもずっと大きくなっている。
 どこからそんな計略をめぐらせていたのか、卓郎にしかわからない。
 ただ、お節介な、優しい死神がいてもいい、カルヴィンはそう思った。

                     *             *            *

 宇宙は今日も無慈悲に暗い。
 それだけがパイロットにとっては救いだった。
 スペースシップの窓から見えるのはオゾン層の端と真っ暗で何も無い場所。
 頬杖にその顎を預けてラッセルは遠く記憶の中から潮騒を聞く。
 海に映える赤い髪を風になびかせ、彼女は遠くを見ていた。
 カナコは海が好きだった。
 アンジェラはどんな思い出地球に降り立ってその場所を受け止めたのだろう。

「…………」

 ふと、目に入った自分の手には、絡めた指の残像が見えた。
 突き刺さったようなしこりが悲しい歌を歌う。
 マイクロチップを埋め込まれたように、そこにあるのがわかっていた。
 心臓の真下だ。
 たくさんの痛みを耐え抜いた。カナコの想い出も振り切った。
 しかし、アンジェラだけは貫通せずに身体に残っている。

「…………」

 笑顔を思い出す。
 暗雲も、北風も吹き飛ばすようなそれは、平凡な喩えだが太陽だった。
 いや、もっと荒々しく、全てを燃やし、清め、暖め、殺しつくし、生み出す存在。

「不死鳥……」

 何度でも生まれ変わる永遠の母性、死の砂漠に住むといわれる炎の鳥。
 そんな女だった。
 ラッセルは太陽を自ら捨てた。
 自分にはもう二度と、暖かな日の光は射さない。
 ロシアの吹雪と暗黒の孤独だけが目の前に広がっている。
 頬に涙が流れた。
 凍りつきはしなかったが、心が音を立ててほころんだ。

                      *            *            *

「とうとう、自作自演の舞台が終わる」

「あの男は黒衣を纏った」

「白、それは戦いの生贄を示す、孤独の凱旋をする男」

「赤、それは戦乱に踊る剣、赤い髪の魔女」

「黒、それは災厄をもたらす飢餓の使い、黒衣の獅子」

 どこでもない場所で誰でもない、しかし、同じ声が交錯していた。
 いくつもの音程に割れた少女の声だった。

「そして、見よ、青い馬を」

「それこそ真の”死”」

「それは”滅び”」

「神は私だ! 邪魔はさせない!」

「神は私だ! 邪魔はさせない!」

「神は私だ! 邪魔はさせない!」

「神を狩る漆黒の盗賊どもに秩序を刈り取らせてはならない!」

 ざわついた声はそれぞれに非難の言葉を叫んだ。
 憎々しげに、恐れ慄く声に微塵の羞恥心もないように。

「私が、生き残るために! そして……!!」

 狂気の恋は神をも喰らった。

「レイジを私のものにするために!!」

 白衣に黒い髪を振り乱し、アリアが叫ぶ。
 だが、それすらも駆逐の一環。
 落ちていく。
 落ちていく。
 落ちていく。
 事態が、収束に、集束に、終息に、落ちていく。
 過去がいばらなら未来もいばら。
 その残酷な世界に絶望せずに、天使は眠った。
 今は、偽りの安息を謳歌するがいい。

 さようなら、さようなら。
 未来にいけない人が歌う。



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あきゅろす。
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