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NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 2 *秘密の花園*A
「焼肉、ハンバーグ、しゃぶしゃぶ、寿司、焼き鳥、カルパッチョ、ナシゴレン、ピザ、ラーメン、お好み焼き、おでん、ロコモコ、パスタ…………」

12時間も戦闘機に乗っているとさすがにおかしくもなる。アンジェラはにやけなが壁伝いに廊下を歩いた。

「救急セット50、消毒液20、包帯60。金欠とはいえ、物資が少なすぎよね。かといってラッセルは話し聞いてくれそうにないし」

医療の物資を確認し、ファイルを読みながらトリコがエレベーターのボタンを押した。

「不運だわ、不条理だわ。私の師があの女だなんて、あの女が<天使の顎>だなんて……」

 未だにアンジェラの奇行に慣れていないらしくフラウはエレベーターの中で愚痴を吐いていた。
 チン。
 フラウの乗ったエレベーターがトリコのいた階につく。何気なく、いつものようにトリコは乗り込んで、駆け込みでアンジェラがドアの隙間をすり抜けた。

「セーフっ! あ、フラウ。あいかわらずミニマムなサイズね」

 上機嫌に笑ってアンジェラがフラウの頭に手を置いた。
 細く艶のある髪をぐちゃぐちゃにして撫で回しているがフラウとしてはたまったもんじゃない。

「気色悪いわよ、先輩」

 アンジェラの腕を頭からどかして髪を整える。
 まったく、スキンシップの激しい人間で迷惑する、フラウは思い切り心情を顔に出すがアンジェラはもっと心情を顔に出していた。
 にやけている。不気味なほどににやけている。
 トリコも冷めた視線をアンジェラに向けた。

「あんた、どうしたの? 精神科なら地球に下りないと診てもらえないわよ」

「失礼な女ね、だから三十路になっても貰い手いないのよ」

「なんですって、万年アマゾネス!! あんたも似たようなもんじゃない!!」

「どっちがアマゾネスよ!」

「…………」

 フラウはしみじみと二人の醜い争いを見守りながら、自分はこんな大人になるのは嫌だ、と再確認した。
 特に心の荒んだ未婚女の言い争いは醜い。
 いつもならお互いの欠点をわめきあっているのだが今回は違うようだ。
 アンジェラは意味ありげにふんぞり返って髪をかきあげる。

「悪いわね、私、春が来たみたいなの!」

「頭に?」

 フラウはつぶやいた。
 だが、それを無視してアンジェラはオーバーリアクションで聞かれてもいない問いに答える。

「ラッセルが」

 その単語が聞こえた途端、言い合わせていたかのようにトリコもフラウもアンジェラから目をそらし耳を塞ぐ。
 むかつく話は聞かないほうが己の精神衛生上よい。

「呪われちまえ、お前らなんか!」

 呪詛の念をこめてアンジェラがぼやくがそれも敢え無く無視された。
 威嚇している犬のような目つきでアンジェラは頬を膨らます。そして、もう一言言葉をぶつけてやろうとした時だ。

 ガッコン。

「はにゃぁ?」

 エレベーターが激しく揺れ、急に目も前が黒くなった。

「停電かしら?」

 トリコの声がため息混じりに重たく響く。
 まま良くあることだ。すぐに予備電灯がついてくれるだろう、そう思っていたがいつまでたっても薄明かりすらつかない。

「…………。あのさぁ」

 アンジェラが気まずそうに口を開いた。

「これって本格的にやばいんじゃないの? いや、エレベーター云々じゃなくて、全体的に。満遍なく」

「先輩、具体的に言えないの?」

「えっと、まず主力パイロットの私が出撃できないのが問題。運転ができないから逃げられないし。それから、レーダーもオチてたら奇襲即死コース。
 あと、この状態が何時間も続いたら酸素供給も遅れてくるはずよ。ついでに…………」

「もういいわ……」

「とにかく、明かりがつかないことには動けないわね〜」

 アンジェラが呑気な調子でいるのはまだ上機嫌だからであって、冷静な判断ができそうだからではない。
 もともとアンジェラに期待はしていないトリコは絶望的にため息をついた。
 ものっそい面子で閉じ込められたものね、そういった意味のため息だ。
 暗闇なだけあって、沈黙は不安要素だった。
 なにより普段騒がしいアンジェラが静かなのが不自然でたまらない。トリコは静寂が支配する前に口を開いた。

「アンジェラ、さっき言いかけたことはなんだったの?」

「何って?」

「ラッセルがどうとか」

「うふふふふ」

 気持ち悪い笑い声を上げてアンジェラは語りだした。

「今日、ラッセルがとうとうディナーに誘ってくれたのよ、ランチじゃなくて! これはいい展開が望めそうだわ」

 トリコにはアンジェラのでれでれとした表情が想像できた。
 暗闇だからとトリコは本心から苦笑する。
 アンジェラは頭は足りないが根本は善人で何故あんな悪名高いラッセルに懸命になるのかが理解できない。
 露骨に騙されているのはさすがにわかっているだろう。
 それでも悪態をつき愛想尽かさないアンジェラをみて腹が立つのは女の沽券に関わるからだ。
 踊らされるだけ踊らされてる彼女が滑稽だ。同じ女として恥ずかしい、そう思っていた。

「本当に馬鹿な女」

 口の中でつぶやいてトリコは考えた。
 いつから人に騙されないように、上手に生きようと思ったんだろう。
 どうしたらプライドが傷つかないように楽できる方法を選ぶようになったんだろう。
 アンジェラ・バロッチェにはそういった損得勘定が見えなかった。
 <天使の顎>は怯えることはなかった。

「アンジェラ」

「なぁに?」

「……。うまくいくといいね」

 言いたい言葉を飲み込んでトリコは自分を納得させる。
 彼女は”そういう”存在なのだ。

「えへへ、なんかトリコがそんなこというとくすぐったいな」

 話が一段落したところでフラウが水を差す。

「でも今、18時ですよ、確か」

「…………」

 長い沈黙が流れた。
 トリコは頭をかかえる。
 戦闘機に乗り続けたアンジェラには時間の感覚がない。

「生あったかい鳥肌なんて初めて……」

 ポツリとアンジェラが泣きそうな震える声でやっと沈黙を破る。
 トリコとフラウのため息が重なった。

「ししししし司令官長ーッ!!」

「無意味に叫ばないでよ!!」

 と、フラウも大声を上げた。

「落ち着きなさい。ここだけ停電ってことはありえないから司令官長もどこかに缶詰にされてるはずよ」

「正当性のバチグーな言い訳さえ通じないからラッセル司令官長なのよ」

「まぁね…………」

 フォローのしようがない。
 マグダリア内ではラッセル・レヴヴィロワという犯罪として認識され、たてつけば翌日狭い艦内で行方不明になるという噂までたっている。
 それが噂であればいいのだが。

「あああー、もう絶対理不尽なこといわれるぅ」

「先輩、司令官長とのディナーの前に私たちの身の安全を考えましょう。宇宙空間とはいえぶら下がった箱の中にいるのはいい気がしないわ」

 まさしく正論だった。
 ハッと顔を上げてアンジェラは首をふり頬を叩く。

「ピンチはチャンス! もしかしたら司令官長と感動的な再開を果たすかもしれないわよね」

 ぐっと拳を握り気合を込めたアンジェラに今度はトリコが水を差す。

「それはないわね」

 それもまさしく正論だった。


                        *            *            *


 獣が憤怒している。
 ”死”という獣が憤怒している。
 電子の回路を操って獣がマグダリアを蠢いている。
 マグダラのマリア、いつしかその聖女、また、その魔女の名をマグダリアと呼んだ。
 聖女に受胎した獣の意思がその首を挿げ替えようとしている。
 ラッセルは身を潜めた。
 狙われているのは自分だけ。
 あの獣が狙っているということは真に恐怖だ。
 暗闇の中、そっと司令官長席を立ち上がり、脳内に納めたマグダリアの構造を頼りに司令官長私室に歩き出す。
 たどり着ければ今回は逃げおおせたことになる。音すら立てないように一歩一歩、進んだ。
 慣れているはずの暗闇が恐ろしい。100メートルほどの道のりがとんでもなく長い。歯が鳴っていた。
 近い…………。
 それだけは本能的に悟った。
 ”死”はラッセルに気づいている。

「…………」

 アレに食われるなら宇宙空間に放りなげられるほうがまだ救われる。
 ラッセルはそんな存在に狙われていた。
 その獣は、しかし、人の形をしていて幻なんかではなく確かに存在している。
 ラッセルは足を止めた。
 ”ピンチはチャンス”と、誰かが再三いって苦難を乗り越えてきたのをふと思い出したからだ。
 ”死”はラッセルの真後ろに立っていた。
 生暖かい吐息が首筋を包む。
 来い。その正体を見せろ。
 ”死”の指がラッセルの首に絡まるが反射的に手を引っ込める。
 内心、舌打ちをするラッセルの手には血の付いたペーパーナイフが控え、それは”死”の手のひらを貫いていた。
 そっと”死”の気配が消える。

「…………」

 所詮、人なのか?
 ラッセルは振り返り暗闇を見つめる。
 そうするといくつか気になる点があった。
 そして、その結果、また恐ろしいことを知った。
 その”死”は強制的な希望。絶望を許さない、安息を許さない、悪意も善意すらも許さない。

「あれが…………」

 ラッセルは息を整えながらうなる様に言った。

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