NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編 session 11 *禁じられた遊び*D 白い天井が見えた。 わずかなモーター音とパソコンのキーを叩く音が続く。 消毒液くさい空気だ。 まどろむ中で青年は思い出す。 シエラレオネの基地を襲撃し、戦闘機でここまでやってきた。 途中、地球軍の戦闘機に囲まれたがその危機も脱してマグダリアに着艦、手当てを受けた後、うつらうつらしてしまった。 「…………」 上半身を起こしてあたりを見回す。 仕切りの間から女軍医がパソコンに向かっていた。 その視線がすぐにぶつかる。 「あら、起きたのね」 驚く風でもなくまたパソコンにむかう。 「気分はどう? 吐き気や眩暈はない?」 「…………。悪く、ない」 「そう、なら起きて食堂でなにか食べてくるといいわ。私のオススメはコーヒー以外よ」 まだコーヒーに文句を言っているトリコ。 結局コーヒーメーカーが替えられる前にラッセルはいなくなってしまった。 それだけが残念だ。 「ああ、そうだわ。あなたの名前はなんて言うのかしら?」 「…………。モーンブール・ディアルニア……。モブ、と呼ばれていた」 そう呼ばれていただけで本当にそれが自分の名前なのかわからない。 ただ、それが自分を表しているようだった。 「変わった名前ね」 万条目トリコの方が変わっていると世間一般は言うだろう。 だが、その場には二人しかおらず、誰が口を挟むわけでもない。 「あなたはもうマグダリアの一員よ。ちょっとそこらをぶらぶらしてきなさい。そのうち艦内放送で呼び出してあげるから」 「…………」 そう言われてはぐずぐずしていいものかと考えてしまう。 モブは軽く頷いてベッドから降りた。 再度見回すと、清潔感のある空間には観葉植物が並んでいかにも医療室らしい。 だが、和みすぎだとすら感じられた。 軍艦にあるまじき平和がある。 それは、医療室に収まらなかった。 どこもかしこも、緩く時間が流れている。 「おい、大丈夫か?」 「…………?」 低く逞しい声に振り向く。 艦長と呼ばれているオレンジ色のバンダナをした男だ。 この男からは同族のにおいがする。 モブは気がついていた。 この空気を持つ男がこの穏やかな艦の艦長だとは思えない。 「あの軍医は人が悪いからな、完治するまで用心しろよ」 「…………」 「顔色悪いな。メシ、食ったか?」 「…………」 「そうか、まだか」 頷き、首を振ればそれを自然に受け止めカルヴィンは話を進めた。 「まあ、この艦の雰囲気に慣れるまで時間はかかるだろうが悪いようにはならないからよ」 そういってからカルヴィンは慌てて訂正した。 「軍医と女パイロット二人には気をつけろ。あいつら、魔女だ」 「…………?」 それはどれだけ恐ろしいものなのかと気にはなったがせっかくの忠告なのでモブはそれにも頷いた。 「よし。じゃあ、メシにしよう」 カルヴィンはモブを食堂に連れて行く。 卓郎をまた問い詰めようとは思ったが探すまでも無くそのうち飽きたら絡んでくるだろう。 振り回される日々が続きさすがにカルヴィンも学習した。 艦内デッキで怒りで暴れていたアンジェラをギオとカオと自分の三人がかりで静める時に脳震盪を起こすような強烈なパンチを食らったが。 「いや、あれは凄かった」 「…………?」 突然わけのわからないことを言い出したカルヴィンに当然、皆が目を向ける。 気がついていないのは本人だけだが十分卓郎やらアンジェラやらの影響を受けている。 自覚が無いのが本当に恐ろしい。 そんなカルヴィンはオススメのマグロステーキ定食をモブに出す。 もちろん、自分もマグロステーキだ。 ちなみに、ギオにも勧めたが、マグロは火を通すんじゃねぇ! と漁師魂を見せつけられ失敗に終わっている。 「俺は刺身より当然こっちだな。ほら、食えよ」 ギオが聴いたら喧嘩になりかねない言葉だった。 モブは肌色の物体にフォークを突き刺して口に運ぶ。 「…………」 まずくもうまくも無い。 ピリっと甘辛な味はともかく、冷凍食品なだけあってパサパサしていた。 咀嚼する速度がだんだんと落ちた。 「そうか、まずいならまずいって言えよ!」 困ったことに、まずいわけではない。 ただ、何かで流しこみたいくらい口の中が乾いた。 「…………」 仕方がないので眉間にしわを寄せながらモブはマグロステーキをやっつける。 空腹感と疲労感が満ちた。 本能的にマグダリアでの生活が多難なことを察知したモブだった。 「無理すんなよ、ま、あたりはずれがでかいってことだ」 「…………」 「頷くなよ!」 ではどう反応すべきなのか。 モブはさらに眉間にしわを寄せた。 「あ〜、お腹すいた〜」 腹をさすってアンジェラが食堂に現れる。 時計を見れば昼時だ。 ぞくぞくといつもの顔ぶれが集まった。 言い争いばかりしているのに同じテーブルにつくアンジェラとトリコ。 それを客観視しているフラウとカオ。 とにかく女性陣にちょっかいを出すギオとマディソン。 隅で目立たないようにレモンティーを飲んでいるが十分目立っているジェラード。 「まあ。これがマグダリアなんだよ」 戦艦だということを忘れさせる戦艦だった。 特に誰が見ているでもないようなのでカルヴィンは食堂の壁の中央に取り付けられている大型テレビのチャンネルをかえる。 この時間帯はニュースがやっていたはすだ。 ニュースといっても、地球の放送より三十秒遅れている。 画面には、なにやら演説の映像が流れた。 白い軍服。 [我々は共に力をあわせ宇宙の蛮族を排除するべきである!] 地球軍総督だ。 「チッ、まずいモンに替えちまったな」 と、カルヴィンは言うが皆の視線がテレビに集まった。 背の高い、逞しい中年が地球軍の印の入った演説台を前になにやら難しいことを言っている。 地球軍の力を民に刷り込ませているようだ。 [解放軍を名乗るテロリストから、市民を守るべく行動している我々を妨げることは重罪に値する!] 「あれが私たちの倒すべき親玉ってわけね」 アンジェラが冷たく言い放つ。 誰もが陰鬱な思いで彼を見ていた。 [我らの理想のために!!] その瞬間だった。 パン、と割れた。 「…………は?」 一番に声を上げたのはギオだった。 だが、皆の頭も同じように真っ白になる。 どさっと、白い軍服の男が横に倒れた。 「…………」 叫び声が渦巻く。 映像を映していたカメラが激しく揺れた。 よく見れば倒れた男の頭にどす黒く花が咲いている。 [ああ、あ、あ、あ!! た、大変なことになりました!!] もはやアナウンサーが何を言っているのかわからなかった。 呆然とする一同。 ここまでマグダリアが静かになったことはないだろう。 [地球軍総督が! 殺されました!! 総督が!!] その間にたくさんの白い軍服の男たちが総督に駆け寄って担ぎあげてゆく。 頭が割れていた、即死だろう。どこに運ぼうと助からないだろう。 だが、こんな死に様を晒さないためか、即座に運ばれていった。 その言葉がやっと脳に染み込んでアンジェラは何かを口に出そうとしたが、何もでてこない。 そして。 そして、追い討ちをかけるようにその男は現れた。 [やれやれ…………] その嘲笑じみた言葉をマイクが拾う。 変わらぬ気だるい動きで彼は演説台に立ち、マイクを引き寄せる。 その動きは妖艶ですらあった。 叫ぶようにマイクが耳障りな音を放ち、しかし彼は言う。 [たった今、総督がお亡くなりになりました。それでも、我々は止まるわけにはいきません] 冷たいロシアの吹雪のような男。 冷酷な銀髪の紳士。 「悲しみの十字架を背負い、変わって総督を勤めましょう。この私が」 湛えた笑みは心の底が震えるように冷たい。 「ラッセル・レヴヴィロワ…………!?」 その声がアンジェラから発せられたものとは誰もが思いもしなかった。 彼女が放った声は戦慄に震えながらも天使のそれだった。 「…………!」 ギオが知っている天使の声だった。 そして、それに答えるかのように白魔が歌う。 [これが本当の宣戦布告だ。…………アンジェラ!!] [*前へ] [戻る] |