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NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 11 *禁じられた遊び*B
 地球軍に追われていた反地球軍バーンの青年を助けたカルヴィンとフラウが帰還する。
 荒れ狂う獅子の加護もあり三人とも無事な状態である。
 中階層デッキにて二時間待機するとレオが帰還。
 後に聞けば、その戦闘の記録は消されて、卓郎が何をしたのか一切わからないが追手は全滅した。
 艦内デッキに収容された機体からそれぞれのパイロットが降り、しかし地球軍の攻撃を受けていたのか損傷の激しい機体からなかなかパイロットが出てこない。
 最後まで艦内デッキで待機していたアンジェラが呟いた。

「死んだ?」

「バカな。さっきまで応答していた」

 カルヴィンの声に賛同するようにハッチが開いて先ほどの青年が顔を出す。。
 戦闘用の黒いボディスーツに身を包んだ長身痩躯のしかし逞しい青年は黒豹の様な華麗な動きでデッキに降り立った。
 その腕には傷があり、ボディスーツが裂けている。
 他にも額や頬に傷があった。

「おい、大丈夫か?」

 そういって青年に近づこうとしたカルヴィンと無意識に軍医として駆け寄ろうとするトリコの前に卓郎が立つ。

「待て」

「どうかしたのか?」

 卓郎は答えずに腰に差した刀に手を置く。

「…………」

 それが答えだ。
 青年を取り囲むようにマグダリアのクルーが見守っている。

「おい、俺はこういう扱いされてなかったぞ」

 場の空気を取り持とうとカルヴィンは自分が捕まったときのことを持ち出した。

「いいや、俺がちゃんと確認した。あのときお前が敵意を見せていれば始末したかもしれん」

「…………。それは初耳だ」

 あとで問いただすべきだろう。
 カルヴィンは横目で卓郎を睨む。
 だが、卓郎の目は無機質な銀色に輝き異様な殺気を放っていた。
 殺す、ではない。
 消す。
 そんな簡潔な殺気だった。
 青年も卓郎の動きをさぐっている。
 どうするのだろう、周囲がそう思ったそのときだ。
 卓郎が刀を抜き放ち、青年の鼻先でぴたりと止める。
 一瞬の出来事に声を上げる者もなく、青年も微動だにしない。
 卓郎の視線は刃先を滑って青年に向けられた。
 締め付けられるようなきりきりとした空気が何秒か続いた。
 そして、卓郎が剣を降ろす。
 それが鞘に納まって彼はやっと宣言した。

「ここは、戦艦だ。しかしここは戦いの場ではない。お前もその闘衣を解いたらどうだ」

「…………」

 その瞬間、空気が戻る。
 突き上げるような目線を去ってゆく卓郎に投げかけつつもそのまま立ち尽くす青年。
 ようやくトリコが気がついて怖気づくでもなく話しかけた。

「私がこの艦の軍医よ。マグダリアはあなたを受け入れるわ。医療室で治療を行うから、ついてきて」

「…………」

 青年はトリコのあとに続く。
 まだ現状を把握しきれていないようでその目にはっきりとした光は見えないが混乱、とまではいかないようだ。
 青年はカルヴィンの前を通り過ぎざま静かに言った。

「…………。感謝、する」

 一瞬、その言葉の意味がわからず、カルヴィンはぎょっとしたがすぐに苦笑に変わる。
 この艦に初めて来たときの自分は妙にうろたえていたがマグダリアは敵であった自分ですらすんなりと受け入れた。
 そう、そのときは卓郎に……。

「ん?」

 逃げたな。
 卓郎のことを思い出して眉間にしわが寄る。

「はぁあ、一件落着ってわけだな。めでたしめでたし」

 ギオの呑気な言葉に心の中で反論するものがカルヴィンの他にもう一人いた。

「めでたくない」

 アンジェラ・バロッチェだ。

「卓郎の奴、一回シバいてほしいのかしら!? 柴だけに! あはははははは、って面白くないわよ!!」

「いてぇ!」

 不幸にもアンジェラの隣に立っていたカルヴィンは稲妻のようなそのツッコミを後頭部で受ける。

「だから、何ギレ?」

 冷静なギオの問いにカルヴィンの怒涛が重なった。

「お前ーッ!!」

 だが、都合のいいことに聞こえないようで一人喜怒哀楽で頭をかきむしるアンジェラ。

「あの野郎、次は何すると思ったら戦闘機に乗りましたよ!!
 だったらもっと早く乗ってろっつうの!!」

「…………」

 フラウやカルヴィンがやってくるまで一人奮闘していた彼女にとってかなりのびっくり情報だったらしい。
 それはご愁傷様、と心の中では思うものの咆えるたびに新艦長をどついていれば声もかけづらい。
 やはり、カルヴィンに同情して誰もアンジェラを止めない、それが暗黙の了解だったようだ。

「艦長! あの男降格! 降格!」

「よくその態度で人を艦長呼ばわりできるな」

 どつきを地団駄に切り替えてアンジェラが暴れる。
 それを観察しつつ、カルヴィンは物憂げな目で遠くを見つめた。

「まあ、俺もそれは考えたんだが、あいつ、もともと最下級の平整備士だからこれ以上降格できない」

「ムカツクーッ!!!」

 雄叫びが艦内デッキを震わす。
 怪獣アマゾネスドラの再来だった。

                     *             *            *

 自分ほど情けない男を知らない。
 自分ほど弱い男を知らない。
 自分ほどバカな男を知らない。
 冷え込む夜だった。
 月が白い。息が白い。
 総督送迎の前夜だった。
 その数時間後にラッセルはユーバーと共にリムジンで送迎に向かうこととなる。

「俺は…………」

 今日限りで自分を、完全に封じる。決意は固まった。
 白い月が沈めば、もう、終わってしまう。
 ラッセル・レヴヴィロワとしての一生のエンドロールが流れていた。
 荒野に冷たい風が流れる。足元をざわざわと砂が舞った。
 夜空は簡潔なほど美しい。紺色の空に月明かりに透けた彩雲。

「罪を償い切れなかった……。償いきれなかった罪は、どこにいくんだ? 誰に降り積もるんだ?」

 他に誰もいない荒野、ラッセルは呟く。
 その白銀の幽霊のような背には背負うべきものがたくさんあった。
 両手に守るべきものがたくさんあった。そのうち、いくつも取りこぼした。未来をつかむこともできない。
 最後に、一つだけ、大切に持っているものがある。
 左手が痛い。よく、カナコはその手をとった。
 痛みに耐えかねて写真の入ったロケットを開く。
 12年前の自分と、カナコ、そしてレイジが写っていた。
 どうしてこうなったのだろう。あのころは、三人で笑っていた。幸せになれると思っていた。
 それが間違いだったとは、思いもしなかった。

 ”君を、守りたい。”

 それは誰の言葉だっただろうか。
 封印していた記憶は古い映画のフィルムのようにざらついていた。
 風が吹く。
 清めるような冷たい風を肺に含んで息を止める。目を閉じて、誰かを捜した。
 あらぶる夏の嵐。
 その名を呼んで胸が軋む。
 ラッセルが口にした言葉は、夜空しか知らない。
 踵を返す。
 死にゆく希望。生き抜く絶望。あの死神は自分が召喚した悪魔なのだろうか。
 悪魔に魂を売ったファウストの物語を思い出しラッセルはどうしてか気分が落ち着いた。
 地球軍基地の出入りを特別に許されていたラッセルは警備も簡単にパスして基地内に戻った。
 正面入り口は夜になると封鎖され、裏口にから入らなくてはならない。
 面倒だが広い基地内を半周してラッセルは裏口にたどり着いた。
 指紋照合のドアとID入力のドアをくぐって薄暗い廊下に入る。
 左右にのびた廊下は転々と非常灯が怪しげな緑の光を放っている。
 かつん、と遠く音がした。

「?」

 自分以外にこの時間帯にうろつくものがいただろうか。
 警備だとしても自分の部署についていなければならないはずだ。
 それでも、かつん、とまた鳴った。
 ラッセルは”死”との接触を思い出す。だが、それとは少し違った。
 ”死”は必ず完全な闇から現れた。そして、その正体をラッセルは目にしている。あの黒衣の男はマグダリアにいるのだ。
 ここで自分を猛襲しているほど暇なはずがない。
 ならば、誰だ。
 かつん、という足音はそれでも近づく。

「…………」

 脳裏に先日のメールの内容がよみがえった。

 ”ヒュプノスに惑わされるな”

 あれだけ脅威を誇った”死”の兄弟、”眠り”。
 今のラッセルに”眠り”は必要ない。安息は敵だ。”死”を妨げられてはこれまでの計画が無駄になってしまう。
 ”眠り”。
 なんと恐ろしい響きなのだろう。
 だが、ラッセルには具体的にその正体がわかったわけではない。
 かつん、と、その姿が遠い廊下に浮かんだ。
 青白い姿にラッセルは神経を研ぎ澄ます。
 十メートルも近寄ってきたところでその姿が鮮明になった。
 ナース服の少女だ。非常等の光を反射し、黒髪が緑の光を放っている。

「あなたがラッセル・レヴヴィロワね…………」

 一文字一文字、ゆっくりと言葉にする口調が怨念のようだ。
 太陽の下なら可憐な少女で通りそうなその少女はくたびれた人形のように首を曲げてそのまま喋る。
 美しいが気味の悪い少女だった。

「何者だ」

「あなたは危険だわ。でも、価値がある」

「何のことだ」

「タナトスを裏切って」

「…………。お前がヒュプノスか?」

「いいえ。私は彼を守ってあげたいの」

「…………?」

「あなたが私たちに力を貸せば、あの死神を簡単に殺すことが出来る。
 神をも殺すあの男に利用されているあなたは滑稽だわ」

 少女の声は聞き取りづらく、さらに廊下に響いて拡散し虚ろに重なっていた。

「”死”は万物の終焉、そんなものに味方してあなたは死んでゆく。
 彼は”生”を約束してくれるわ。確かな力も持っている。あなたは守りたいのでしょう? 生きるべきよ。あの女と一緒に」

 あの女、という言葉に猛烈な蔑みがこもっていた。
 ラッセルは少女の目を覗き込む。
 彼女はラッセルのためでも、「彼」のためでもない、自分のために忠告しているのだ。
 そうでなくては都合が悪い、それが本心だろう。

「表面だけなら立派な言葉だな」

 ロシアの吹雪のように冷たい男の口調に珍しく怒りの熱が帯びた。

「”生””死”の形にこだわるほど幼くはない」

「どうして…………。正しくないわ。”死”は悪よ! ”生”は善よ!! あらゆる歴史がそれを訴えてきた!」

 簡単に狼狽に変わったアリアの声にラッセルは背を向ける。
 この女に利用されはしない。自分はとうの昔に戻れない道に立ったのだ。

「悪に怯えたりしない。かといって善に媚びたりもしない。そしてどちらも拒まない。
 俺たちは自分で選択した。お前の糧にはならない」

「背徳的な! 神に逆らう悪魔の手先が!」

 上からものを言うようなアリアの絶叫にラッセルは笑いながら静かに答えた。
 それはアリアに届いたかわからないほど小さな声だ。

「神様がいたら絶対ぶっ殺す」

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